大好きなあなたへ
ラブレターというと語弊があるかもしれない。
かといって感謝状だと他人行儀が過ぎる。
それでも、気持ちとしてはお礼という面が大部分を占めていることに変わりはなく、来年からは中学一年生になる津島修治は、初めての手紙を書いていた。
きっかけは中学受験のための勉強中に聞いていたラジオだった。
あるラジオの企画で、『大好きなあの人にお手紙を書いてみよう』という手紙の募集があった。
特に好きな子なんていないしな。
修治は聞き流していたが、企画の趣旨と内容を聞くに、手紙を送る対象は人ではなくてもいいとのことだった。
修治はしばしの間、考えた。
自分だったら誰に、何に、どんな手紙を送るだろうかと。
人、は早々に考えから切り捨てた。
近場で言えば学校の同級生や塾の生徒、先生、両親が候補に上がるのだが、その人たちに向けた手紙を書くというのは、どうしたって恥ずかしさが勝ってしまう。
芸能人やよく見ている配信者なども遠い存在過ぎて、手紙を送る対象にはなりえない。
それに、例え感謝や情愛のような感情があると自覚していても、ついつい「別に好きじゃないし」とへそを曲げてしまう年頃だった。
人以外に送るなら、何があるだろうか。
自分の好きなものは? 趣味は?
考えを巡らせて、ふと、修治の目に本棚の小説が目に留まった。
両親は自分たちの名字が津島で、小説が好きだからという理由から、子どもに太宰治の本名と同じ修治と名付けたのだ。そのせいもあってか、修治は幼いころからよく小説を読んでいた。
年齢を経るに連れて読む量も増え、書店に意味もなく入って新刊を眺めたり、図書館に行って読めもしないのに何十冊と借りたり、中古セールの文庫本を大量に買って積み上げたりするくらいには、修治は小説が好きになっていった。
よし、これにしよう。
ラジオの企画を自分だったらどうするか、ということを考えていたはずの修治は、いつの間にか応募することに何の疑問も持っていなかった。
さっそくとばかりに母親に便箋をねだる。母親は「もしかしてラブレター? 誰に書くの?」などと茶化したが、修治は「そんなんじゃないから」と顔をしかめ、便箋を受け取って、さっさと自室へ戻って行った。
何を書こう。
修治は一枚の便箋を広げ、ボールペンの先をコツコツと机に鳴らしながら、手紙の内容、引いては小説に対する思いを馳せた。
「よし」
頭の中である程度の文章がまとまった修治は、ペンを走らせた。
『 小説さんへ 』
はじめまして。僕は津島修治という者です。
急なお手紙ですみません。「誰?」と思われると思うので、
簡単に自己紹介をさせてください。
先述の通り、名前は津島修治と言います。
お察しの通り、あの太宰治の本名と同じです。
僕の両親が小説好きで、津島という名字と性別が男だったから、
せっかくなら同じ名前にしちゃえってことで、この名前になりました。
その縁もあってか、僕も小説が好きです。
どのくらい好きかと言うと、
ラジオの手紙を書く企画にこうして応募し、
擬人化した小説さんに手紙を書くくらい。
と言えば伝わるでしょうか。
いつも楽しませてもらっているし、元気をもらっているので、
「ありがとう」を伝えたくて、いい機会だなって思ったので筆を執りました。
/
僕が小説を読み始めたのは、とても小さい頃からだったみたいです。
お母さんが言うには、絵本よりも小説の読み聞かせをせがんでいたらしいです。
おかげさまで、小学六年生の今では、ほとんどの小説を読めるようになりました。
暇な時にはいつも、何かしらの小説を読んでいます。
小説を読むと、その物語の世界の主人公になれるんです。
あらゆる神秘的な冒険をして、難解な謎を解き、殺し殺され、
大恋愛をして、また次の世界に旅立ちます。
漫画やアニメや映画では味わえない感動があるんです。
それらは視覚と聴覚情報で完結していて、ただの観測者にしかなれません。
でも、小説は、文章が頭の中の関数に入力されて、
僕が僕だけの世界を生み出し、旅をすることができるんです。
僕はこれまで何百っていう世界を体験してきました。
そして、これからも、たくさんの世界へ行けると思うと、
とてもワクワクします。
ただそれだけで、明日も頑張ろうって思えるんです。
だから本当に、いつもありがとうございます。
/
あ、でも、太宰治の作品は嫌いです。ごめんなさい。
なんで嫌いかというと、女々しいからです。
しかも、その女々しさの否定や批判を覚悟しているわけでもなく、
逆にすごく恐れていて、心のどこかでは、
許して受け入れてもらおうと縋って見えるのが気持ち悪いからです。
あわよくば同情を誘って、施しを受けて、
それなのに「施しをしてくれとは頼んでいない」だの、
「あなたが勝手に私を憐み、可哀そうな生き物と手を差し伸べ、
そういった偽善に酔って自尊心を満たそうとしているに過ぎない恥ずべき行為」
みたいな、あくまで他責を前提とした魂胆が見え隠れ(あえてかも?)するのが、
本当に気持ちが悪くて嫌いです。
僕がまだ子どもで、そういった機微に疎いだけなのかもしれません。
だから、僕が太宰と同じくらいの年齢になったら、もう一度読んでみようと思います。
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なんだか悪口ばかり言ってすみません。
小説さんのことは本当に大好きで尊敬しているんです。
最近では、自分でも書いてみようと思って、挑戦中です。
ぜんぜん下手くそだし、人に読んでもらうのが恥ずかしいので、
誰にも見せてはいませんが、いつかは、誰かに読んでもらって、
今の僕がそうであるように、
読んだ人に楽しんでもらえたらなって思っています。
もしかしたら、読者は僕だけかもしれませんが、
それでも、頑張って書いてみようと思います。
/
長々ととりとめのないことを書いてしまいました。
僕の気持ちが、思いが、少しでも伝わったでしょうか。
今の僕があるのは小説に出会えたからです。
小説があるだけで、毎日が楽しくて、明るくて、パワーをもらえます。
何度でも、本当にありがとうございます。
この思いが伝わっていたら嬉しいです。
これからもたくさんの小説が生まれますように。
人間が滅んでも、物語だけは生き残って、
何年でも、年十年でも、未来に続きますように。
津島修治より
修治は何度か書き直した便箋を丁寧に封筒に入れた。
ゴミ箱には書き損じた便箋の残骸が丸まって捨ててある。
封筒にラジオの企画名と宛名、住所を記載し、母親に「切手買ってくる」と言って外に出かけた。
コンビニで切手を買った修治は、その場で封筒に切手を張り、近くの郵便ポストに投函した。
この手紙が届きますように。
そう、願いを込めて。




