ep.08 佐々木シロウは、紹介される
「なぁなぁ、佐々木! 如月さんと何があったんだ!?」
「いや……普通に一緒に帰ったりしただけだよ」
「本当か~、実は付き合ってたり……」
「しないって!」
隣の風間くんの言葉に、思わず語気を強める。
そんな恐ろしい冗談はやめてほしい。
こっちはやっと恐怖を覚えずに済んだところなのに。
それから先生がやってきて皆が席に付く。
授業は昨日、如月さんと一緒に勉強した範囲で予習のおかげかスムーズに理解できた。
そう思うとあの勉強会は悪くなかったかもしれない。
勉強の理解を深める一番の方法は、人に教えることだと言うし。
ちらっと如月さんの方を見る。
(あっ)
目があった。
その目はとても悲しそうだった。
(全然わかんないんだけど! たすけて!)
と目で訴えてきた。
どうやらまた勉強会をする必要はありそうだ。
如月さんは難しい顔をして黒板を睨んでいる。
(如月さんは基礎が疎かになってるっぽいんだよなー)
もう一度、中学の勉強から復習をしたほうがよい気がする。
なんて本人には絶対に言えないけど。
授業はつつがなく終わり、休み時間。
隣の席の風間くんからは、相変わらず質問攻めにあっている。
その時だった。
「ねーねー! 佐々木くん☆」
僕の机の上に誰かが座った。
スカートを短く着こなしている、ポニーテールの美人な女の子。
ダークブラウンの髪は地毛なのか、脱色しているのか判断がつかない。
少し日焼けした肌にすらりとした体躯とぱちっとした大きな目は、まるで猫のような印象を受けた。
彼女のことはもちろん知っている。
クラスメイトだ。
名前は確か……
「清水さん?」
如月さんと仲が良い女子だと記憶しているが僕が会話した記憶はない。
「清水キョウコ! 話すの初めてだっけ? よろしくねー☆」
「よ、よろしく」
僕の机に腰掛けたまま話しかけられる。
あのそんな場所に座ると下着が見えそうなんですが……。
「リカに紹介してって言ってるのに、全然紹介してくれないんだよねー! だから私から話しかけに来ちゃった☆」
「紹介?」
ナンデ?
「リカと仲良しなんでしょ? だったら私とも仲良くしようね☆」
「えっと」
謎理論を展開された。
なぜ如月さんの友達なら仲良くしないといけないのか
そもそも如月さんと仲が良いかどうか、まだ僕はわかっていないのに。
(……そんな面倒なことを考えているから僕は陰キャなのかもしれない)
仲良くしようと言ってくれてるのだ。
素直に受け取ればいいか、と思い直した。
「清水さん、よろし……」
言いかけた時。
「キョウコ! なにしてんの!?」
如月さんがやってきた。
やけに慌てている。
「やっほー、リカ☆ 佐々木くんと話してたよー」
「なんでよ!?」
「だってぇー、リカが全然紹介してくれないじゃん? だったら私から話しかけるしかないでしょ?」
「だからって私が居ない時にしないでよ! 何を話す気だったのよ!」
「とりあえず佐々木くんの好みの女の子のタイプとか?」
「や、やめなさいって」
え?
そんなこと聞くつもりだったの?
ちょっと距離の詰め方がはやくない?
初めて話す人に好みのタイプとか聞かれても、困るだけなんだけど。
「ごめんね、シロウ。うちのキョウコが」
如月さんに謝られた。
「いや、別に……いいよ」
特になにかされたわけではない。
机の上には座られたままだが。
「ほら、そこから降りなさいよ」
「えー、まだ佐々木くんと全然話せてないんだけどー」
「今度にしなさいって」
「えぇ~」
如月さんが清水さんを引っ張っていく。
(はぁ~、助かった)
初めて話す人相手だと、緊張する。
清水さんのようにガンガン距離を詰めてくる人だと特に。
僕はほっとして机につっぷした。
ふと視線に気づく。
水無月さんがじぃ~っと、こっちを見ていた、気がする。
一瞬だけ目があった。
けど、すぐに友達と会話し始めた。
……気のせいかな。
◇昼休み◇
僕は中庭にあるベンチで昼ご飯を食べていた。
普段は教室でパンを食べることが多いのだけど、今日は教室にいるのは危険な気がした。
また清水さんに絡まれてはたまらない。
ここは中庭の池を囲むように置かれている木陰のベンチ。
人通りが少なく、静かにご飯を食べることができる僕の隠れ家的な場所だ。
そのはずなのだが、こっちに近づいてくる足音が聞こえた。
(またどこかの恋人同士かな?)
以前、イチャイチャしている男女がベンチを占領している時があった。
学校でやらずに家に帰ってからにしろよ、と毒づいたのを覚えている。
とはいえ男女の逢瀬を邪魔する趣味もないので、その場合は場所を変えようとか考えていると。
「おーい! シロウくんー!」
名前を呼ばれた。
まさかの知り合いだった。
そして、僕を『シロウくん』なんて呼ぶのはこの学校に一人しかいない。
「水無月さん? どうしてここに」
振り向いて気づく。
水無月さんだけじゃなく、もう一人女の子がいた。
「こんにちは、佐々木くん」
その子は黒髪のショートカットに色白な女子生徒だった。
儚げで清楚で、大人しそうな美人な女の子。
初めて見る。
クラスメイトではなさそうだ。
「は、はじめまして」
僕はたどたどしく挨拶した。
「紹介するねー、この子は私の幼馴染で親友の加藤ミオリ! で、こっちが私の漫画作りを手伝ってくれる佐々木シロウくんです!」
「えっ!?」
僕はびっくりした。
漫画を描いてるのは秘密じゃなかったの!?
僕の表情に気づいたのか、水無月さんが慌てて説明してきた。
「ミオリは私の趣味を知ってるから! この子以外は誰にも言ってないから! 気をつけてね!」
「そうなんだ」
だったら僕よりも加藤ミオリさんに手伝ってもらったほうがよいのでは? と思った。
「よろしく、佐々木くん。正直、マイのつまらない漫画を読まされるのは大変だったから、手伝ってくれてとても助かる」
「ミオリ!? それはひどくない!?」
加藤さんのあまりにもストレートな言い分に、水無月さんが情けない顔になった。
流石、親友だけあって言い方に遠慮がない。
「正直な読者の意見。今のマイの漫画の腕だと一生プロにはなれない」
「なんでそんなこと言うのよ!!」
「昔の漫画は理解することすらできなかった。最近は内容だけはわかるようになった」
「………………」
加藤さんの言葉に水無月さんが黙る。
どうやらかなり昔から、加藤さんは水無月さんの漫画を読んできたらしい。
(理解できない漫画を読むのは大変だよなぁ……)
僕がぼんやり考えていると。
加藤さんが僕の手を掴んできた。
「佐々木くんはとっても絵が上手いって聞いた。私は絵がかけないから尊敬する」
ずいっと顔を近づけて、無表情で言われる。
(ちょっ!? 近いって!!)
人形のように整った顔がすぐ正面にある。
「何やってるの!? ミオリ!」
水無月さんも焦っている。
が、当の加藤さんは涼しい顔だ。
「マイの友達なら私も友達。だから、仲良くしよう」
「は、はい……」
僕は首を縦に振るのがやっとだった。
清水さんといい、なんで友達と仲いい人とは友達判定になるんだ?
これが陽キャの距離の詰め方なのだろうか。
僕にはできそうにない。
「えっと、水無月さん。ところでここに来たのはなにか用があったの?」
見たところ、僕のように昼食を食べにきたわけでもなさそうだ。
「そうそう! 今日なんだけど、空いてる!? これからどんな作品を作るか一緒に話し合うよ!」
「今日?」
随分と急だな。
まぁ、予定はなかったけど……。
午前の授業で如月さんが勉強を教えてほしそうにこっちを見ていたけど……。
約束はしてないんだよな。
「もしかして、予定があった?」
「いや、大丈夫だよ。何時にどこ集合?」
「放課後に私の家ね! ミオリも来る?」
「行きたいけど今日は予定があるからまた今度」
ナチュラルに水無月さんが加藤さんを誘っている。
女子二人と同じ空間とか普通に緊張してしまうので、加藤さんが来れなくてほっとしている。
その後、二人は食堂に行くということで去っていった。
中庭に静寂が戻る。
僕はホットドッグ風の菓子パンをかじりながら、コーヒー牛乳を飲んだ。
ぼんやりと空を眺める。
梅雨が明けて、最近は快晴が続いている。
(今日から漫画作りが始まるのか……)
なんとなくワクワクしてきた。
◇放課後◇
(さて……水無月さんの家にゆっくり向かうか)
間違っても一緒に帰ったりはしない。
漫画づくりを手伝うことはクラスメイトには秘密だからだ。
僕はカバンに教科書とノートを詰め、帰宅する準備をしていると。
「ねー、シロウ!」
バン! と背中を叩かれた。
相手は振り返るまでもなく。
「如月さん、どうしたの?」
「今日ひま?」
ひまでしょ?
わかってるんだから!
という表情だった。
しかし、あいにくと……。
「今日は予定があるんだ」
「……そう……なんだ」
一瞬で、しょぼーんとする如月さん。
ちょっと罪悪感が。
いや、なぜ罪悪感をもつ。
こんな急に誘うほうが悪い。
「えっと、明日なら大丈夫だよ」
ついそんなことを言ってしまう僕はお人好しなのかもしれない。
「明日かー、うん! わかった。じゃあ、明日ね!」
そう言って如月さんは清水さんと一緒に帰っていった。
こうして僕は如月さんと明日の約束をして、水無月さんの家へと向かった。
明日、更新します。
そろそろストックが尽きそうです。




