ep.07 佐々木シロウは、頼られる
結論から言うと、特に学校生活は終わらなかった。
「これってどういう意味?」
「あー、ここはね……」
僕は今、カフェで如月さんと一緒にいる。
如月さんにカフェで勉強を教えている。
(何でこんなことに……?)
と不思議でしかたがなかったが、そうなってしまったのだから仕方がない。
勉強を教えているのは、如月さんに頼まれたからだ。
如月さんは高校の授業の内容が難しくて、困っているらしい。
「ノートを写させたのだから助けて!」と言われて僕は断れなかった。
というか、如月さんにお願いをされて断れるはずがない。
今日はスタバではなくコーヒーが一杯290円の安いカフェだ。
ちなみに如月さんの奢り。
勉強の教え代金らしい。
律儀だ。
ノートを借りる(借り)
↓
勉強を教える(借りを返す)
↓
奢ってもらう(借り)
なんか、ループしてない?
「やった! できた!」
如月さんが数学の答え合わせをして正解していたらしく喜んでいる。
その様子は可愛いな、と思った。
半年前の僕なら間違いなく彼女を怖いと感じていた。
この状態だって一刻も早く終わってほしいと願っていただろう。
今は別に気にしていない。
人は変わるものだ。
「よかったね」
僕は数学が解けて喜んでいる如月さんにそんな言葉をかけられるほど気安くなっていた。
「佐々木がいて助かるー♪」
中学の時、あれだけ僕をいじめていた女が僕を頼りにしてくれる。
立場が逆転している。
その事実に奇妙な満足感を得ていた。
(僕は……気分がいいのか……?)
自覚すると微妙な気持ちになった。
どうやら如月さんに頼られることに幾分かの快感を得ているらしい。
我ながら趣味が悪い…………、とは思う。
「ねー、佐々木。次はこの問題なんだけど……」
「えっと、これはね……」
如月さんはパーソナルスペースが近い。
水無月さんもかなり近い人だったが、如月さんはそれ以上だ。
なんせ質問をしてくる時には、肩を僕の身体に預けてくる。
端から見れば、恋人同士にすら見えるかもしれない。
(まぁ、釣り合わないけど)
たまに街でモデルにスカウトされることがあるという如月さんといつも教室の端っこで読書をしている地味な僕じゃ……。
「佐々木、聞いてる?」
すぐ間近で如月さんが僕の顔を覗き込んでくる。
顔が近い。
如月さんが喋ると息がかかる。
ふわりと花のような香りが鼻に届いた。
(女の子ってこんないい匂いがするのか)
などと一瞬、馬鹿なことを考えていた。
「聞いてるよ、如月さん」
「なんだか上の空っぽいけど……」
ちょっと不満そうに言われた。
以前ならそんな言葉だけで震え上がっていたはずが、今は落ち着いて会話できる。
「この問題はこの公式を使うんだよ。ちょうど、このページに似たような問題と解説が……」
僕は如月さんに聞かれた問いに答える。
確かにやり方を知ってないと解きづらい問題だろう。
僕は参考書を開いて類題を使って如月さんに説明した。
「なるほどねー! 佐々木って教えるの上手よね」
ニカッ、と笑顔で顔を近づけてくる如月さん。
(だから顔が近いんだけど)
ドキドキするのでやめてほしい。
それからしばらくは、
如月さんが自力で問題を解こうと頑張る。
↓
解けなくて助けを求めてくる。
↓
僕が参考書をもとに解き方を教える。
という時間が続いた。
そして……。
「あー! 集中力が限界! 休憩しよう! きゅーけー!!」
如月さんが大きく伸びをした。
「じゃあ、休憩にしようか」
僕は言って教科書をめくる。
如月さんが休憩している間、僕は明日の授業の予習でもしよう。
ふと視線に気づいた。
如月さんが奇妙な生き物を見る目を向けている。
「佐々木ってさぁ、そんなにずっと集中して疲れないの?」
「んー、絵を描く時は何時間でも集中できるからその時に鍛えられたのかな?」
僕は無意識でポツリと言った。
「へぇー、佐々木って絵描くんだ」
(しまった!)
何を口走っているんだ僕は。
きっと次に言われるのは「ちょっと描いて見せてよ」に決まっている。
この前、水無月さんに落書きからのSNSアカウントバレしたのに、僕はなぜ学習しないんだ!
と後悔していたら。
「じゃあ、気が向いたら今度見せてよ」
とだけ言われた。
その場で描けとは言われなかった。
僕はきっときょとんとしていたんだろう。
「私、甘い物買ってくるねー」
と言って如月さんはケーキが並んでいるガラスケースのほうへ歩いていった。
そのまま真剣な表情でケーキを選んでいる。
(本当に甘い物が好きなんだな)
この前も甘い飲み物を美味しそうに飲んでいた。
迷った末、如月さんが選んだのはモンブランだった。
お皿には小さなフォークが2つ乗っている。
(あれ?)
と思う間もなく。
「はい、佐々木も食べていいわよ」
とまだ口をつけていないケーキを差し出された。
「いや、それは悪いよ! 余ったら食べるから」
「そう?」
と言って如月さんは一口モンブランをフォークで削って口に運ぶ。
「んー♪」
幸せそうに食べている。
僕はそれを横目で見ながら明日の予習をしていた。
「食べないの? 甘い物って嫌いだっけ?」
如月さんから顔を覗き込まれた。
大きな瞳がこちらをまっすぐ見つめてくる。
「い、いや! 甘い物は好きだよ! ありがとう」
実際、甘い物は好きだ。
コーヒーはブラック派だけど、一緒に食べるものは甘いものがいい。
如月さんはケーキと一緒に甘いミルクティーを飲んでいるので、僕とは好みが違うようだけど。
僕は慌ててフォークを手に取り、ケーキに突き立てた。
(あれ? 如月さんの食べかけを食べてもいいのかな?)
ケーキを一口、二口と食べてから気づく。
普通、そういうのって女子は嫌なんじゃなかろうか。
「やっぱり頭を使うと甘いもの欲しくなるよねー♪」
如月さんは僕が食べたところも気にせず、パクパクとケーキを食べている。
二人で食べるとすぐにケーキは無くなった。
「あの、如月さん。ケーキ代は……」
「いらないって。勉強教えてもらってるんだから」
こっちも奢ってもらえた。
なんだか、女の子に全部お金を出させる悪い男になったような気分だ。
このあともしばらく如月さんに勉強を教えて、お開きになった。
「今日はありがとうね」
「こっちこそ、ご馳走になったから。ありがとう」
「じゃーねー☆」
大きく手を振って如月さんは帰っていった。
家に入っていく如月さんを眺める。
不思議な気分だ。
入学時に再会して、恐怖した如月さんはもういなかった。
イジメっ子だった如月さんに怯える僕はいない。
僕はなんとなく、如月さんの考えを予想した。
(中学までのことは水に流して……これからは仲良くしようってことかな)
そういうことだと理解した。
たかだかカフェのコーヒー数杯やデザートを奢ったくらいで、あの地獄の日々がなかったことにはならない。
けど、情けないことに僕は今の状況にそれなりに満足してしまっていた。
僕を虐めていた女の子が、今は僕を頼ってくれている。
(まぁ、いいか……)
生来、僕はあまり過去のことを考えるのは好きじゃない。
たった一つだけ、忘れられない辛い苦しい記憶があるけど、それ以外は深く気にしないことにしていた。
だから、僕は…………如月さんから虐められたことを忘れようと思う。
高校で三年間、一緒なのだ。
モヤモヤはするけど……僕は如月さんと仲良くしようと思った。
◇翌日の朝◇
いつもの時間に僕は登校する。
満員電車が嫌いなので、僕の朝は早い。
教室に着くと人はまばらで、僕はその間読書をしている。
教室には人が増えていき、静寂が失われていく。
運動部の朝練を終えた人たちがくると一気に騒がしくなる。
その一団の中には水無月さんの姿もある。
彼女はテニス部に所属していたはずだ。
「おはよー!」
始業ギリギリ組が教室にやってきた。
如月さんはそのうちの一人だ。
たまに遅刻して、先生に睨まれているが笑顔とノリで押し切っている。
強い。
そんないつもの朝。
……のはずだった。
「おはようー、シロウ!」
如月さんが、誰かに朝の挨拶をした。
相手はシロウという人物らしい。
如月さんの視線の先には、僕がいた。
僕の名前は佐々木シロウ。
ようするに挨拶の相手は僕だ。
(は?)
頭が混乱する。
混乱しているのは僕だけなく、クラスメイトたちもちょっと興味深そうに僕と如月さんを見ている。
「お、おはよう」
挨拶を返せたのは、僕の成長だろう。
如月さんはさも当然のように自分の席に着席する。
「なぁなぁ、如月さんと何があったんだよ!? いきなり呼び方が変わったな!?」
隣の席風間くんがワクワクした顔で尋ねてくるのに、僕は答えられなかった。
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