ep.05 佐々木シロウは、観念する
「佐々木くん、どうかな?」
にっこりと。
ただし、威圧的な声で最終確認してくる水無月さん。
「くっ……」
弱みを握られて脅されるなんて最悪だ。
教室で声をかけられた時に清楚で可愛らしいと思った僕の気持ちを返してほしい。
けど、アカウントの身バレだけじゃなくて、エッチなイラストを描いていることをクラスでバラされると僕の学校生活が終わる……。
僕はリスクを天秤にかけ、水無月さんに屈した。
「わかったよ……。好きにこき使ってくれ。なんでもいうことを聞くよ。僕は水無月さんの奴隷だ」
「え?」
僕の言葉に、水無月さんがきょとんとする。
そして、焦ったように言ってきた。
「ちょ、ちょっとまって。こき使ったりしないって。奴隷ってなに!? ちゃんと、手伝ってくれた分のお礼だって支払うよ!」
「…………え?」
今度は僕がきょとんとした。
あれ?
弱みを握られて、脅されて、これからずっとタダ働きさせられるんじゃないの?
中学時代みたいに。
「えっと、漫画のアシスタント料金って私はよくわからないからネットで調べたんだけど……。これくらいの金額でどうかな? 時給換算で」
「こんなにっ!?」
提示された金額を見て僕は、驚愕した。
何だこの金額。
普通にアルバイトをするより3倍は稼げるんだけど。
「ちなみに口止め料金込みだから」
「……な、なるほど」
悪くないんじゃないか? と僕は考えた。
もともとアルバイトでもしようと思っていたところだ。
けど、コミュニケーション能力に難がある僕ができる割のいいバイトというのは探すのが大変だと思っていた。
その点、水無月さんからの提案だと僕は得意な絵を書くことでお金が稼げる。
しかも金額も良い。
理想的ではなかろうか。
「わかった。引き受けるよ。手伝いの頻度や期限については相談させてほしいけど」
「本当! やったー。ありがとう、佐々木くん!」
脅しておいてよく言う、と思ったがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ水無月さんは、やっぱり可愛かった。
アカウントが身バレした時にはどうなるかと思ったけど、思ったより良い話だった。
ここで気なることがある。
「ところで水無月さん」
「なに? 佐々木くん。やっぱりやめるとか、なしだよ」
「そんなこと言わないよ。ただ、僕は漫画を描いたことがないからできるかどうか自信がなくて」
「えー、大丈夫だよ! 白おおかみ先生は10万フォロワーがいる神絵師だよ?」
「アカウント名で呼ぶのはやめて……恥ずかしいから。一応、漫画を描いてみるから水無月さんにチェックしてほしいんだ」
これが僕からの提案だった。
さっき提示されたアルバイト代金はかなりの高額だった。
ならそれに見合う作品を作らないといけない。
「佐々木くんは真面目だなー」
といいつつ、水無月さんは紙とペンを用意してくれた。
本当はデジタルのほうがいいんだろうけど、手早く書くならアナログのほうがはやい。
「題材はどうするの?」
水無月さんに聞かれ。
「この原稿を使って描いてみるよ」
僕は水無月さんに渡された漫画を指出した。
「じゃあ、ちょっと描いてみるね」
僕は水無月さんの描いた原稿をみながら、コマ割りを考える。
とりあえず、ずっと単調なコマ割りだからもっと動きをつけたほうがいいな、と思い自分なりに良さげなコマ割りを描いた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうしたの?」
線を引いただけで、水無月さんに驚かれた。
「な、なんで定規も使わずにまっすく線がひけるの?}
「水無月さんはできないの?」
「できるわけないよ!」
「慣れたらできるよ」
「え、えぇ……」
僕の言葉を疑わしそうに言う水無月さん。
本当なのになぁ。
(このセリフはちょっと削って)
(このポーズはこう変えて……)
(ここはあえてコマを無視して……)
ざっと下書きをした後、ペン入れをする。
僕は、30分ほどで水無月さんが描いた原稿を、書き直してみた。
漫画を書くのは生まれて初めてだったけど、イラストと違って考えることが多く難しかった。
けど楽しかった。
(さて……水無月さんに評価してもらえるかだけど)
僕が原稿を渡して、「どうかな?」と聞くが水無月さんからの返事はない。
ただ、呆然と僕の渡した紙を見ている。
「こ、これが30分で……?」
「なんでこんなアングルで書けるの? 何も見ずに」
「え……私の漫画……下手すぎ……?」
ぶつぶつと声が聞こえた。
「どう? 合格かな?」
返事のないのに心配になって聞いたところ、
「ごうかくだよ!! 当たり前でしょ!」
その返事にほっとする。
「ねね! あと、もう一つイラスト描いてほしいな! 佐々木くんの絵でよくバズってる女の子のキャラ。少女Aちゃん」
「あー、あれ。いいよ」
僕は二つ返事で、別の紙にペンを走らせる。
「何も見なくても書けるの?」
「そりゃ、何万回も書いてるからね」
といいながら、手早く描いていく。
『少女A』というのは、僕がSNSでよく描くオリジナルの女の子キャラだ。
髪を二つ括りにした目が大きな女の子で、よくSNSでは元ネタを聞かれるけど、完全なオリジナルキャラ……ということになっている。
「うわー、やっぱり上手! 佐々木くんの絵ってどれも上手だけど、特に少女Aが一番上手だよね。この子のイラストは他のキャラよりも愛があるというか」
「そうかな?」
そんなに褒められると照れくさい。
「少女Aってモデルとかいるの?」
「………………」
その質問に僕は、押し黙った。
SNSでよく聞かれる質問だ。
その時は「モデルはいませんよ」と毎回答えている。
答えるのが恥ずかしかったからだ。
「あれ? ……聞いちゃまずかった?」
「そんなことはないよ。笑わない?」
「笑わないって! もしかしてアニメのキャラとか? 私アニメには詳しくないけど」
「いや、そうじゃないんだけど…………。このキャラのモデルは『姉さん』なんだ」
「え? おねーさん?」
水無月さんがきょとんとする。
「佐々木くんってもしかして…………シスコン?」
「そーだよ!」
僕は言い返した。
やっぱり、こういう反応になるかー。
まぁ、兄からも散々からかわれているから慣れてはいるけど、クラスメイトの女の子相手は恥ずかしかった。
「ふ、ふーん……そーなんだー。おねーさんが好きなんだねー」
水無月さんがちょっと引いていた。
「シスコンに漫画を手伝ってもらうのが嫌だったら、他当たって」
「待って待って待って! 別に変な意味じゃないから! 一緒に頑張ろうー、佐々木くん!」
「ところでこっちも質問があるんだけど」
「なになに? なんでも聞いて!」
身を乗り出してくる水無月さん。
胸元が見えそうになる。
目を逸らしつつ口を開く。
「水無月さんの好きな漫画を教えて。一緒に漫画を描くなら好みを知っておきたいから」
僕が言うと。
「そうだね!うちの図書室に来て! 私の漫画コレクション紹介するね」
「図書室!?」
家に図書室ってあるもんなの!?
案内された図書室は、その辺の区営図書館並み大きな本で埋め尽くされた図書室だった。
◇
「すっかり遅くなったなー」
水無月家の図書室の蔵書量に思わず長居してしまった。
呪術廻戦や鬼滅の刃、ワンピースなどはもちろんドラゴンボールや北斗の拳。
果てには手塚治虫作品まであった。
どうやら家族みんな漫画は好きらしい。
ちなみに漫画の手伝いの時は好きに参考資料として読んでいいよと言われている。
やはりこのアルバイトに決めて正解だった。
水無月さんから「ハイヤーで送るよ?」と言われたけど、そんなので帰ったら家族が何事? と驚かれるので駅まで送ってもらうことにした。
家の前に着いた時には、20時を過ぎていた。
親には友達といるから遅くなると連絡はしている。
そういえばご飯食べてなかったな……、まだ残ってるかな? なんて考えていると。
ピコン! とスマホから音が鳴った。
見ると水無月さんからのメッセージだ。
「家着いた? 今日はありがとうー♡」
可愛らしい水無月さんの顔を浮かんで、思わず笑みが出た。
家の門を開けようとしたその時。
「あれ、佐々木じゃん。今帰り? 遅いね」
隣人から声をかけられた。




