ep.04 佐々木シロウは、脅される
僕と水無月さんは、現在タクシーに乗っている。
水無月さんが、場所を変えようと言ってきたからだ。
ちなみに喫茶店の一杯千円のコーヒー代金は、水無月さんが払ってくれた。
「あの……どこに向かってるの?」
「んー、私の家だよ」
「水無月さんの家!? なんで!?」
「まぁまぁ、いいからいいから」
聞き返したが、水無月さんは意味深な笑みを浮かべるだけだった。
女の子の家に行くのなんて初めてなんだけど……。
そもそもどうしてこうなったんだっけ?
僕のSNSのアカウントが身バレして、僕のことを知ってるという謎の人物が水無月さんで。
そして現在、水無月さんの家に連れて行かれている。
急展開過ぎて、まだ頭が混乱している。
途中、いくつか質問をした。
「どうして、あのアカウントが僕ってわかったの?」
「んー、この前の美術の授業で私、全員の絵を見たの。その中で見覚えのある描き方だったから、もしかしたらって思って」
「そ、それだけで…………?」
名探偵過ぎる。
というか、無理だろ。
「何の絵だったか覚えてる?」
「えっと、林檎とか果物のデッサンだよね?」
そんな特徴的な絵ではなかったはずだ。
個人が特定できるようなものではない。
「すっごく上手だったじゃない? だから密かに佐々木くんのこと気になってたの。で、佐々木くんって授業中にたまに落書きしてるじゃない? その時、佐々木くんの絵がSNSの絵と同じって気づいたんだよねー」
「落書きか…………失敗したな」
確かに僕は学校の授業中にたまに落書きをしている。
その時の絵は、SNSにUPしている時と同じ絵柄……というか、無意識で描いていた。
まさか、そんなところでバレるなんて……。
(もう落書きはしないようにしよう)
かたく心に誓った。
そんなことを思っている間に、タクシーは小丘になっている閑静な住宅街をゆっくり走って行き、止まった。
「着いたよー。どうぞこちらへ」
水無月さんが先に降りた。
「は、はい…………え?」
僕はタクシーを降りて、目を見開いた。
目の前に広がるお城のような屋敷に。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
出迎えの人が水無月さんのガバンを受け取った。
噂には聞いていたが、水無月さんはガチのお嬢様だった。
(こ、こんな世界があるのか……)
恐れ慄いていると。
「佐々木くん、行くよー」
「う、うん」
すたすたと歩く水無月さんへついていく。
大きな玄関で靴を脱ぐと、ホテルのロビーのような広間があった。
(本当にこれが個人の家なのか……?)
自分の住む世界と違い過ぎてクラクラする。
水無月さんの部屋は3階にあるようで、エレベーターで上がった。
「どうぞー、佐々木くん」
「お、おじゃまします……」
部屋に入ると、ほのかに甘い香りがした。
フワフワの絨毯に、高級ホテルのような家具が綺麗に並んでいる。
テレビにでる有名芸能人の住む豪邸をさらに豪華にしたような部屋だった。
(そういえば女の子の部屋に入るのって初めてだっけ……?)
想像とだいぶ違ったが。
もっとドキドキするかと思ったけど、別世界すぎてずっとおどおどしている。
落ち着かない気持ちで、立っていると。
コンコン、とノックされた。
「どうぞ」
水無月さんが返事をすると、若い女性が入ってきた。
「お嬢様。お茶をお持ちしました」
紅茶とお菓子を乗せたお盆を持ってきてくれた。
そして、部屋にある低テーブルの上に置いて去っていった。
所謂、使用人というやつだろうか。
昔の貴族でいうメイドさんのような。
「佐々木くん、どうぞ座って」
「う、うん」
と言われクッションに正座して、紅茶を飲んだ。
今まで飲んできた紅茶とは別モノの良い香りがした。
紅茶を飲んだら心が落ち着いてきた。
じーっと、水無月さんがこっちを見ている。
可愛らしい水無月さんに見つめられるとドキドキする。
「どうしたの……?」
「いや、佐々木くんが10万フォロワーの白おおかみ先生なんだなーって」
「今さら……?」
「だって、私って結構昔から佐々木くんの絵のファンだったから。知ってる? 白おおかみ先生のSNSのフォロワーが500人台の頃からフォローしてるんだからね」
「古参じゃん」
かなりの白おおかみ先生のガチファンだった。
「だからね! 私の好きな絵描きの先生がクラスメイトだってわかってすごくドキドキしたの!」
目をキラキラさせて言った。
「別に、たまたまちょっと絵が描けるだけだよ」
お嬢様な水無月さんのほうがずっとすごいよ、部屋を見回しながら心の中で呟く。
前世でどんな徳を積めば、ここの家の子になれるんだろう。
「とーこーろーでー」
水無月さんが大きな瞳と顔を近づけて、覗き込んでくる。
この人、パーソナルスペース狭いな!
陽キャの距離感だ。
「佐々木くんに、これを読んで欲しいの!」
と紙の束を渡された。
そこには漫画が書いてあった。
表紙のイラストを見る限り、あまり上手じゃない。
「これは……?」
僕が聞くと。
ちょっと顔を赤らめた水無月さんが
「私が描いたの……」
と言った。
「へえ…」
パラパラとめくる。
「意外だね。水無月さんが漫画を描くのが好きだなんて」
「クラスメイトには秘密だからね!」
「わかったよ」
気持ちはわかる。
僕だって、普段よくみる女の子がいっぱいでてくるアニメとかの話はクラスではしない。
人は誰しも秘密を持っている。
漫画を読む人は男女問わず多いが、漫画を描くとなるとそれなりにマニアックな趣味だろう。
僕はゆっくりと水無月さんが描いたという漫画を読んだ
内容はよくある少年アクション漫画だった。
平凡な少年が、ある時不思議な力に覚醒する。
そしてたまたま遭遇したヒロインを助けて、悪人をやっつける。
めでたしめでたし。
(一応、話の流れはわかるけど)
面白いかと言われると首を捻る。
「ど、どうかな?」
「…………面白かったよ」
無難に答えておく。
が、水無月さんが僕を疑わしそうな目で見てきた。
「本当にそう思ってる?」
「う、うん」
本当はあまりおもしろくなかった。
「私ね。この漫画で次の雄英出版のWEB漫画大賞に応募しようと思うの」
「えっ……これで!? あ……いや、違」
僕は思わず大声で驚いてしまい、失言した。
「これで」はないだろう、僕。
「やっぱり面白くなかったんじゃん!」
水無月さんがツッコむ。
まぁ、正直このクオリティで漫画賞を取るのは厳しいんじゃないかと思ったさ。
兄が3人もいるせいで家にはたくさんのアクション漫画がある。
おかげで僕の漫画を見る目は肥えている。
水無月さんの漫画は、雑誌に掲載されるようなレベルのものではなかった。
「ごめん、でも、用事って漫画の感想が聞きたかったってこと?」
多分、違うんだろうなーと思いながら尋ねる。
「佐々木くんって絵が上手いよね?」
「うん、……まぁ、それなりに」
嫌な予感がした。
「謙遜しちゃってー。神絵師って言われてるでしょ?」
「いやいや、僕より上手い人なんてたくさんいるよ」
「おねがい!! 私の漫画を手伝ってほしいの!!」
「む、無理だよ。漫画を描いたことなんてないから!」
僕は迷わず断った。
やっぱりそういうお願いだったかー。
けど、僕に漫画を描くようなスキルはない。
あくまで一枚絵しか描いたことがない我流の絵師だ。
水無月さんにはそのへんをご理解いただきたい、と思ったのだが。
「ふーん、そう言うこと言うんだ……」
水無月さんがスマホをいじり始める。
声色が冷たい。
なんだ?
「ねぇ、これって佐々木くんが描いたんでしょ?」
「げ」
それはある人気アニメのヒロインが、裸のエッチなポーズを取ったイラストだった。
(SNSでファンの人に言われて描いたやつだ)
『いいね』が1000ごとに女の子のスカートが短くなっていくというポストで、5万いいねを記録して、大バズリしたあとに描いたイラスト。
描いてて楽しかったし、いっぱいコメントで褒められて気持ちよかった。
が、まさかクラスメイトに見られているとは想像もしなかった。
「ほかにも佐々木くんってこんなの描いてるんだねー」
「い、いやそれは……」
恥ずかしい。
僕はSNS上では年齢不詳で通しているが、未成年として書くのはきっと本来駄目なイラストだろう。
色んな意味でアウトな絵だった。
見た目は清楚な水無月さんが、僕の描いたエッチイラストをこちらに向けているギャップで、くらくらとした
それ以上に水無月さんの表情が……こちらを追い詰める肉食獣の目をしていた。
「ねぇ、佐々木くんって絵が上手いよね?」
「は、はい……」
さっきと同じ質問をされる。
「私の漫画を描くのを手伝ってほしいの」
「そ、それは……」
水無月さんの手には、白おおかみの描いたエッチなイラストが表示されたスマホ。
「駄目、かな?」
にやりと笑う水無月さんは、完全にいじめっ子の目だった。
(こ、この女……)
清楚なお嬢様に見えた水無月マイさんの本性。
それは中学時代の如月さんと同じタイプの……とんでもない女だった。




