ep.03 佐々木シロウは、怯える
――あなたは聖青高校の佐々木シロウくんですか?
DMにはそう書かれてあった。
(ど、どうして……?)
当たり前のことだが、SNS上で本名を名乗ったことはない。
高校名を告げたこともない。
誕生日、年齢、性別も不詳にしてある。
(別人と勘違い……いや、それはないか)
わざわざ高校名と苗字と名前まで言ってきているのだ。
相手も確信があるのだろう。
DMを送ってきた相手のアカウントを確認する。
(アカウント名は『ジュン』さん……フォロワー数は1053。僕と同じでイラストを上げている絵描きさんだ。絵は……いかにも初心者だな。絵を見るにイラストレーターっていうより漫画家志望の人かな)
印象的な絵ではなかった。
個別のやりとりをした記憶はない。
おそらく僕のイラストにコメントをくれて、相手も絵を書いているから繋がりましょう、というやりとりをもらって軽い気持ちで相互フォローした人だ。
(なんて返すべきか……?)
無視をするか?
とも一瞬思ったが、それは悪手だ。
おそらく相手は僕の個人情報を正確に掴んでいる。
これでバラされたりしたら最悪だ。
10万フォロワーのアカウントを消す羽目になる。
(い、いやだ……)
一年以上続けてきたアカウントだ。
身バレからの削除なんてしたくない。
僕は震える指でタブレットの画面をタップした。
『あなたは誰ですか?』
僕はメッセージを送った。
すぐに既読がつく。
文字が入力されている。
ドキドキを心臓の音を聞きながら、返信を待った。
そしてメッセージが返ってくる。
『佐々木くんと同じ学校の生徒です』
(マジか……)
パッとクラスメイトの顔を思い浮かべるが、それらしき人物に心あたりはない。
学校ではSNSをしてないし、絵を描いたりもしてない。
そもそも親しい友人もいないので、深い会話だってほとんどしてない。
たまに近くの席の男子と会話する程度。
あの中に『ジュン』がいた?
僕の頭の中でぐるぐる思考がこんがらがっていく。
ピコン! と音が鳴った。
(また、メッセージがきた……)
正直見たくない。
が、見るしかない。
恐る恐る画面を覗き込む。
『明日の放課後、学校の近くの喫茶・雪月というお店で会えませんか?』
正体不明のフォロワーさんから呼び出された。
◇
「ふわぁ……」
昨日はよく眠れなかった。
僕のことを知っているという『ジュン』さんのアカウントの過去の履歴を遡ってみたのだけど、たまに自作の漫画をUPしているくらいでプライベートの呟きはゼロ。
手がかりになるようなものは、まったくなかった。
強いていば、イラストの絵柄や好きな漫画のことを呟いている内容から「多分、同い年くらいかな?」という感想をもっただけだった。
相手の言うことが本当なら、同じ高校の生徒らしい。
年齢もほぼ同じだろう。
(なんでバレたんだろ……)
自分のSNSの過去の呟きを見たけど、個人が特定されるようなことはほとんど呟いていない。
僕はクラスメイトの顔をこっそりと見回した。
親しいやつはいないし、個人的なことを話したこともない。
うーん……、と机につっぷしていると。
「佐々木、どうしたの? 体調悪いの?」
誰かに話しかけられた。
いや、振り向くまでもなく相手はわかる……ってこの流れ昨日もあったな。
「や、やぁ、如月さん。元気だよ」
「顔色悪いわよ? 保健室行けば?」
机につっぷしたまま見上げると、如月さんがこちらを覗き込んでいた。
「あー、うん。大丈夫、大丈夫だよ」
「本当? 保健室までついていこうか?」
如月さんが心配そうに僕に話しかけてくる。
……本当に、中学の時の如月さんと同一人物だろうか?
「ひ、一人でいけるから!? 大丈夫!」
なぜか保健室にいく流れになってしまった。
でも、実際昨日はあまり眠れなかったし、朝食も喉を通らなかった。
顔色が悪いというのも本当なんだろう。
僕はゆっくりと立ち上がり、保健室へと向かった。
如月さんからの視線は感じたが、ついてくることはなかった。
「ねーリカ、あいつと仲いいの?」
「べ、別に! 同じ中学ってだけ」
「ふーん、今度紹介してよ?」
「こ、今度ね!」
後ろからそんな会話が聞こえてきた。
如月さんのとその友達の清水さんだったかな。
如月さんと同じく美人で派手で声が大きいギャルの人だ。
(ええ……紹介されちゃうのか)
人見知りとしては気が重くなった。
教室のドアを出て、校舎の端っこにある保健室へ向かう。
(あれ? そういえば保健室に行くって誰かに言わなくてよかったのかな?)
通常ならクラス委員か、保健委員の人に言うのがルールだった気がする。
まぁ、いいか。
クラス内にわりと人が残ってたし、さっきの如月さんとの会話を聞いていた人もいるだろう。
教室に戻るのが面倒だったので、僕はそのまま保健室に向かい保険医の先生に体調不良であることを告げた。
熱を測られ、当然平熱。
「インフルエンザとかじゃなさそうね。佐々木くん、早退する? それともここで寝てく?」
保険医の中野先生が尋ねてきた。
中野先生はメガネをかけていつも少し気だるげな年齢不詳な美人先生だ。
あとヘビースモーカーらしく、よく喫煙所で見かける。
ひそかに男子たちには人気があるらしい。
クラスメイトの噂話を聞いたことがある。
「ここで休んでいきます。落ち着いたら授業に戻ります」
「ん、わかった。あっちのベッドを使っていいよ」
くいっと指差すのは窓際のベッドだった。
僕はシューズを脱いで、ベッドにごろんとよこたわった。
白い天井をぼんやりと眺める。
……結局、誰が謎の人物『ジュン』なのかわからなかった。
(まぁ、放課後になればわかるか)
呼び出してきたということは、会うつもりなんだろう。
何が目的かはわからないが……。
睡眠不足のせいか、横になってしばらくすると睡魔に襲われた。
気がつくと眠りにおちていた。
◇
「しまった……放課後まで寝てしまうなんて」
結局午後の授業は全て休んでしまった。
教室に戻るとすでに人はまばらになっていた。
僕が入っても気づく人はいない。
僕は自分の席で、荷物をまとめた。
(午後の授業のノートどうしようか)
こんな時、親しい友人がいたらなーと思う。
まぁ、先生によってどれくらい授業を進めるかの予想はつくから頑張って教科書を読むか……と思っていたら。
「はい、これノートとっておいたから」
と言われ、僕の机にノートが数冊置かれた。
「え?」
振り向くと、如月さんが去っていく所だった。
「あ、ありがとう!」
「どういたしまして」
振り返らずに返事が帰ってきた。
「リカー、もう帰るよー」
「わかってるって」
如月さんと清水さんの明るい茶色の髪の毛が並んで帰るのが見えた。
(……なんでここまでしてくれるんだろう?)
もしかして、中学まで散々虐めてきた償い……なんだろうか?
その時、ふつふつと湧いてきたのは……怒りだった。
(勝手な……だったら、一言くらい謝ればいいのに)
と思う。
面と向かって「謝れよ」なんて言えないわけだけど。
僕は如月さんから借りたノートをパラパラとめくった。
思ったよりびっしりと書き込んである。
どうやら黒板に書いてあることを丸写ししたノートのようだ。
要点が分かりづらい。
まぁ、読めばわかるだろう。
僕はありがたく使わせてもらうことにした。
ノートをカバンにしまう。
もう教室にはほとんど人が残っていない。
時計を見ると、そろそろ『ジュン』さんに呼び出された時間だ。
(はぁ~、行くか)
憂鬱な気持ちで教室を出た。
門を出たあと、スマホを取り出しSNSで指定された場所を確認する。
呼び出しの場所は、学校から少し離れた位置にあるレトロな喫茶店だった。
看板には『喫茶・雪月』と書いてある。
僕がたまにいく安いカフェではなく、本格的なコーヒーを淹れてくれるお店のようだ。
店に入ると、老夫婦とサラリーマン風の男性が座っていた。
学生の姿はない。
(呼び出した『ジュン』ってやつは、まだいないのか……)
マスターに席を案内され、メニューを見る。
(コーヒー一杯、千円!?)
た、高い……。
高校生には辛い価格設定だ。
仕方なくホットコーヒーを注文して、僕は相手が来るのを待った。
あと5分で約束の時間だ。
……。
……。
……。
……。
……来ないな。
約束の時間は3分過ぎた。
(もしかして、いたずらか?)
……カラン、
喫茶店のドアが開いた。
入ってきたのは同じ高校の制服の女の子。
そして、知っている顔だった。
(水無月マイさん?)
つい先日、LIMEを交換したクラスメイトの女の子。
その後、特に連絡もないからすっかり頭から抜け落ちていた。
お嬢様であるらしい彼女は、この落ち着いた喫茶店が似合う。
よく来る店なんだろうか?
もしかしたら、友達か彼氏を待ち合わせしてるのかな、と思い僕は一口コーヒーを啜った。
(にしても『ジュン』ってやつは、いつくるんだよ!)
あと15分待って、来なければ帰ろう。
DMがこないようにブロックすればいいや、と僕は思った。
水無月さんは、店の中をきょろきょろと見回したあと、僕の顔を見てぱっと笑顔になり
「おーい、佐々木くん!」
といいながらこちらへやってきた。
(え?)
僕は戸惑った。
これじゃあ、まるで……。
「遅れちゃってごめんね☆ 友達に引き止められちゃって」
まるで――水無月さんが、僕を呼び出した『犯人』みたいじゃないか。
「……え?」
まだ事態が飲み込めない。
「佐々木くん?」
大口を開けて驚いている僕に、水無月さんが首をかしげる。
「あ、あの……ジュンさんって……」
「うん、私だよー」
謎のフォロワーはあっさりと正体を表した。




