ep.02 佐々木シロウは、戸惑う
僕は如月さんと一緒に教室を出た。
校門を出たあたりで、如月さんが口を開く。
「佐々木って、このあと何か用事あるの?」
「いや、何も……ないけど」
これは本当だ。
僕の毎日は、自宅と学校の往復だけ。
用事はない。
だからさっさと帰りたい。
もっとも「用事があるから今日は先に帰るね」なんてとても言えない。
言えるはずがない。
「ふーん、じゃあ一緒に帰ろうよ。電車よね?」
「う、うん……」
僕は大人しく従う。
中学の頃を思い出す。
如月リカの奴隷だった頃の苦い思い出。
「ほら私のカバン持ちなさいよ」とか言われるかと思ったがそんなことはなかった。
僕と如月さんは、50cmくらいの距離を保って並んで駅まで歩いた。
途中、如月さんは「あの先生の授業はわかりづらい」とか「はぁ、高校ってもっと楽しいと思ってたのに」なんて言ってた。
僕はそれに愛想笑いをしながら、「へぇ」「そっかー」と適当な相づちをうつだけだ。
電車に乗り、ドアの近くに立ったまま乗車する。
基本的には、如月さんがしゃべりっぱなしだ。
僕はそれをへらへらと聞いている。
最寄りの駅についた時、僕はどっと疲れた。
あとは家に帰るだけだ。
(やっと帰れる……)
「ねぇ、ここ寄らない?」
「え?」
如月さんが緑色の看板のカフェを指さしていた。
スターバックスだった。
僕はあまり入らないお店だ。
僕がよく行くのはもっと安いカフェだ。
「嫌ならいいけど」
「ぜ、全然嫌じゃないよ!」
条件反射で答えてしまった。
如月さんは、さっさとスタバに入って行った。
え……、僕も一緒にいくの……か?
(い、行きたくない!!)
と心底思ったが、後の祭りだ。
如月さんを放置して先に帰ったりしたら……想像するだけで恐ろしかった。
僕は憂鬱な気持ちを抱えてスタバの入り口へ向かった。
「ねえ、こっち」
店に入ると如月さんが二人用の席を取っていた。
如月さんがテーブルにハンカチを置いて席を確保してくれた。
列はなくて、すぐに注文をとることができた。
僕はアイスコーヒーのトールサイズ。
如月さんは、新作のフラペチーノを注文していた。
(フラペチーノって高いんだよなぁ……)
きっと支払いは僕だろう。
財布の中身には、千円札が二枚。
一応、足りるとは思うけど……。
今月は節約しないとな、とぼんやり考えた。
が、如月さんは自分の財布からお金を取り出した。
「こっちが誘ったから私が支払うわ」
「……………………え?」
如月さんが僕の分まで支払ったのを見て、僕は完全に混乱した。
当然のように奢らされると思ったので、馬鹿みたいに大きく口を開いて驚いた。
「何よ? その顔」
「い、いや……、自分の分は自分で払うよ!」
ぱくぱくと口を開きながら、僕はなんとか返事をした。
「別にいいから。私が出すっていってるでしょ! 文句あるの?」
「いえ…………ありがとう」
強い口調で言われて、僕は大人しく従った。
それ以上は逆らえなかった。
商品を受け取って、如月さんが確保しておいてくれた席につく。
ボクらは向かい合ってテーブル席に腰掛けた。
相変わらず如月さんから一方的に話しかけてくる。
が、僕は混乱しっぱなしだった。
(なんで奢ってくれたんだろう?)
中学の時と全然違う。
あまりにもありえない。
あとで10倍になって請求されたりしないだろうか?
「……ねぇ、佐々木。私の話聞いてる?」
「も、もちろん、聞いてるよ!」
全然聞いてなかった。
僕は誤魔化すように、アイスコーヒーを一口すすった。
「あんたって、水無月マイと仲いいの?」
「……今日初めて話したよ」
どうやら昼休みに水無月さんと会話した時のことを聞かれていたらしい。
「ふうん、でもLIMEを交換してたじゃん」
「いや、それくらいは誰でも……」
と言いかけて気づく。
そういえば僕のLIMEの登録数は少ない。
家族以外に繋がっていない。
「ふーん、じゃあ、はい」
如月さんが、スマートフォンの画面を差し出してくる。
(え?)
それが『友だち追加』のQRコードだと、一拍遅れて気づいた。
「ちょ、ちょっと待って」
僕は慌ててそれを読み込む。
ピコン、と音がして僕の友だちリストに如月リカ、という名前が追加された。
(…………何で?)
どうしてLIMEの連絡先を知る必要があるんだろう。
一体、どんな連絡がくるのか。
僕は恐怖にふるえていたが、目の前の如月さんは満足気にメロンのフラペチーノを飲んでいる。
どうやら6月のフラペチーノはメロン味らしい。
美味しそうだな、と少し思った。
「これ、いる?」
「え?」
如月さんが、フラペチーノを僕のほうに差し出す。
(こ、これは……?)
もらってもいいのか?
如月さんの飲みかけのフラペチーノ。
「い、いただきます」
迷った末に、僕はもう一本あったスプーンで一口救って口に入れた。
甘い味が広がる。
めっちゃ美味しかった。
「どう?」
「お、美味しいよ。ありがとう」
「ふーん、私にはちょっと甘すぎると思ったんだけど」
げ、如月さんは甘いのが好きじゃなかったのか。
回答ミスった?
と思っていたら
「ちょっと、コーヒーもらっていい?」
如月さんは僕のアイスコーヒーを指さした。
「い、いいけど」
僕が口をつけてるよ?
と思ったが、如月さんは気にすることなくミルクもシロップも入っていないアイスコーヒーをすすった。
「苦っ!」
そして顔をしかめる。
「だ、大丈夫?」
「よくこんなの飲めるわね」
どうやら甘すぎるものは苦手でも、ブラックコーヒーが好きというわけではないらしい。
「んー……」
如月さんは、甘いフラペチーノで口直しをしている。
満足そうに、生クリームを舐めている。
モデルのように整った顔を見て思う。
(……美人だなー)
ついそんな感想が浮かぶ。
中学の時にさんざん虐められたのに。
ちょっと優しくされただけで、如月さんへの印象が変わりかけている。
(……単純だな、僕も)
その後、普通にコーヒーを飲み終わり二人で店を出た。
駅から商店街を歩き自宅に向かって歩く。
隣には如月さんがいる。
彼女は家の前まで歩いて、こっちを向いた。
「じゃあね、また明日」
「う、うん。またあした」
如月さんがさっと、隣の家へ帰っていった。
約1分ほど僕はそれを見送ったままだった。
狐に騙されたような気分で、僕は自分の家へと入った。
◇
「はぁ……マジで緊張したぁ~……」
家に帰って自室のベッドに倒れ込んだ。
あんなに長く如月さんと話したのは久しぶりだ。
いや、普通に会話をしたってだけならはじめてかもしれない。
もしかしたら、幼稚園や小学校の低学年頃は普通に会話したかもしれないが。
彼女とは住んでいる家が隣なので、通学で会うことはあっただろう。
近所のお祭りなんかでも、遭遇していた気がする。
ほとんど覚えていないが。
これを機に、普通のご近所さんに戻れるのだろうか?
(いや、そりゃないか)
僕は完全に如月さんにビビっているし、正直お近づきになりたくない。
なるべく関わらない方針は継続しよう、と思った。
今日は気を使って疲れた。
(よし、こんな時は!)
僕は、兄から貰ったボロいタブレットを起動する。
そして、SNSを開く。
「通知が溜まってるな……」
昨日、SNSにアップしたイラストの反響だろう。
僕は満足感をえながら、自分のアカウントを眺める。
アカウント名は『白おおかみ』。
アカウント名の由来は、自分の名前の『シロウ』→『白狼』→『白おおかみ』と適当に名付けた。
そこには――フォロワー数『10万』と表示されている。
プロでもない素人のアカウントとしては、なかなかのものだと思う。
きっかけは受験勉強の時だった。
もともと絵を描くのは好きだったが、それはオフラインでの話。
適当な紙に、受験勉強の合間の落書きしていたら
「シロウの絵上手いな」
一番上の兄に言われた。
「そうかな?」
「俺は絵が描けないからなー。絵が上手いのは羨ましいよ」
「受験の役には立たないけどね」
「これだけ上手いならSNSに上げてみたら人気でるんじゃないか? ほら、俺の使ってないタブレットをやるからさ」
と言って型落ちしたタブレットをもらった。
アナログとデジタルの違いに最初は戸惑ったが、紙よりも表現の幅は広がった。
なにより簡単に消せたり、やり直せたり、好きな色を塗れるのは楽しい。
適当に作ったアカウントに、好き勝手描いたイラストをアップした。
勿論、受験勉強の息抜き。
勉強の合間での話だ。
ある時『とあるキャラ』を気合い入れて描いてSNSにアップしたところ、大いにバズった。
いいねが、2万以上。
コメントもいっぱいついて、『神絵師』なんて呼んでくれる人もいた。
当時、中学では辛い生活を送っていた僕にとって、たくさんの人が褒めてくれるSNSは心地よかった。
それ以来、勉強の息抜きにイラストをUPして、またそれがいいねやリポストを重ねて……
気がつくとフォロワー数が10万を超えていた。
僕はイラストについたコメントをざっと眺めた。
どれも僕を称賛してくれるコメントが多い。
中には批判や、意味不明なコメントを付ける者もいるがごく僅かだ。
概ねイラストの反応を見て満足したら、あとはなにかおもしろいニュースがないか探す。
特に気を引くものはなかった。
その時、ふと気づく。
ダイレクトメッセージが届いていた。
フォロワー外からのDMは受け取れない設定にしてあるので、相互フォローの誰かだ。
僕は、イラストを描いてる人を中心にフォローしているのでおそらくイラストレーターさんだろう。
あと考えられるのは、以前にWEB漫画やゲーム会社からイラストの発注依頼のDMを受け取ったことがある。
もちろん、断った。
受験生が、仕事なんて請け負えるはずがない。
アカウントに、『依頼は受け付けません』と書いておくと、仕事のDMは来なくなった。
(なんだろうなー?)
僕は何気なくDMを開いて…………固まった。
「…………え?」
思わず口から間の抜けた声がでる。
DMには、こんなメッセージが書いてあった。
『はじめまして、白おおかみさん。私はジュンと申します。いつもイラスト拝見してます』
ここまではいい。
『あなたは聖青高校の佐々木シロウくんですか?』
……ど、どうして?
なんで僕の名前がバレてるんだ!?
僕の目の前が、真っ暗になった。




