ep28 如月リカの思い出 2
◇如月リカの視点◇
「きみ………………だれ?」
シロウくんにそう言われ、私の眼の前の景色が歪んだ。
ショックで倒れそうになる。
「えっ……うそでしょ……シロウくん……」
あんなに一緒に遊んだのに。
私のこと忘れたの?
そんなことって……。
「…………」
泣きそうな私の表情を見ても、シロウくんは何も言わず私の横を通り過ぎていった。
私はただ呆然と立ち尽くした。
その日、家に帰ってずっと泣き続けたのをよく覚えている。
◇
小学校に入ってクラスは違ったけど、シロウくんとはたまに廊下ですれ違った。
けど、以前のように話しかけてくれることはなくいつも暗い顔で一人で彼はいた。
私は何度か話かけたけど、無視されるか、ほとんど会話が返ってくることもなかった。
「アヤお姉ちゃんは……元気?」
と聞くと、完全に無視された。
その話は、したくないかのように。
あんなに一緒に遊んでくれたのに。
(シロウくんは、私のことが嫌いになったんだ……)
小学生一年の時、私は悲しい気持ちで過ごした。
シロウくんが私に冷たいって話をお母さんに相談したけど「まぁ、今はね……ちょっと。そっとしておいてあげて」と曖昧に言葉を濁された。
……今思うともっと詳しく話を聞いておけば良かったと思う。
ただ、当時の私は好きだったシロウくんに嫌われたと思い込んでいた。
幸いクラスは違ったので、同じクラスに友達ができてその子たちと遊んでいるうちに悲しい気持ちは薄れていった。
それでも心の何処かではまたシロウくんやアヤお姉さんと一緒に遊べるのを期待していた。
小学生一年から四年生になるまでは、シロウくんとクラスが一緒になることはなかった。
状況が代わったのは、五年生になった時。
その時、はじめて私はシロウくんと同じクラスになった。
その頃には、私の中でシロウくんの存在は大きいものではなくなっていた。
けど、昔好きだったことは覚えていて。
だから、同じクラスになれたことは嬉しかった。
久しぶりに会って、友達に戻れるかも、と思っていた。
けど…………数年ぶりに会った彼は……………………とても卑屈になっていた。
クラスではいつも一人ぼっち。
掃除やクラスの雑用をよく押し付けられていた。
自分の意見はまったく言わない。
休み時間はいつも机につっぷして寝ている。
クラスの女子たちからは「佐々木くんってなんか……暗いし話しづらいね」と言われてた。
その様子を見た私は……彼に幻滅してしまった。
そして、次に湧いてきた感情は『怒り』だった。
(なんで私はこんなやつのこと……好きになってたの!)
多分、初恋だったと思う。
昔のシロウくんは一緒にいて楽しかった。
なのに、小学校に入って彼は変わってしまった。
私は彼のことが……嫌いになった。
「なぁ、佐々木。ごみ捨てやっといて」
「佐々木ー、ノート写させろよ」
「掃除やっといてくれよな、佐々木」
シロウくんは、クラスの男子からよく雑用を押し付けられていた。
いや、男子だけじゃなく。
女の子にまで、色々と押し付けられていた。
それを見て私は、イライラした。
「シロウ、私の荷物持って」
最初に命令したのはそんなことだった気がする。
私は彼を『虐める』一人になっていた。
小学校五年、六年、中学校も一緒だったのでそれはエスカレートしていった。
「ねぇ、ノート写しといて」
「私の荷物運んでよ、シロ」
「喉乾いた~。ジュース買ってきてよ」
呼び方が『シロウ』から『シロ』になって、彼は私の下僕状態だった。
(私のこと忘れてたんだから、いい気味よ)
そんなふうに思っていた。
私は知らなかった。
どうしてシロウの性格が変わってしまったのか。
◇
あれは中学二年の冬頃だったと思う。
その日は家族で夕ご飯を食べていた。
テレビは付けっぱなしが我が家の風習で。
その日は特別番組が流れていた。
タイトルは『都立東品川高校の神隠し事件の真相』とかだった気がする。
なんでも七年前に、とある高校で大量行方不明事件があったらしい。
それは私の家から近い、近所の高校だった。
有名な事件だったらしいけど、詳細なことは私は知らなかった。
だから私はテレビの内容についてさほど気にしてなかった。
「へー、そんなことあったんだー」くらいに思ってた。
ただ、両親の反応は違ってて。
「あー、毎年この時期になると特集されるな。もう要らないだろう。新しい情報も無いんだし」
父がうんざりしたような声で言った。
「まぁ、大事件だったから。当事者にとっては忘れられないでしょうし」
母の声色は憂いを含んでいた。
「お隣の佐々木さんのところの娘さん……残念だったな」
「ええ、いつも元気に挨拶してくれる明るいいい子だったのに……。リカともよく遊んでくれたし……」
「え?」
私はびっくりして両親の顔を見た。
「どうした? リカ」
「あっ……そっか」
母はなにかに気づいた表情になった。
「あの……さっきの話、どういうこと?」
私が恐る恐る尋ねると。
「リカには言ってなかったのだけど……お隣の佐々木アヤさん。今テレビで特集している『神隠し事件』に巻き込まれたの」
「……………………え?」
母の言葉には私は絶句した。
「何が神隠しだ。どうせ集団誘拐に決まってる。30人以上のクラスが全員居なくなって遺体も発見されないなんてそれ以外に考えられん」
父は神隠しという言葉が嫌いみたいだった。
「でも、場所は雪山でしょ? 誘拐なら大抵は海辺だって専門の人は言ってるけど……」
「そんなことはわからないだろ。山の中に誘拐犯のアジトがあるのかもしれない」
「そんなことあるかしら……。それに誘拐なら何かしらの情報は出てきてもよさそうだけど」
「七年も前だからなぁ。生きてたとしたら23、4歳か。まぁ、でも情報がなにもでないってことは……」
「やめましょう、こんな話」
「そうだな、チャンネルを変えよう」
そう言って父が番組を、適当なバラエティに変更した。
「……ごちそうさま」
私は途中から親の会話を聞き流しながら、ふらふらと自分の部屋に戻った。
(アヤお姉さんが七年前の神隠し事件の被害者…………)
知らなかった。
今まで私に教えてくれなかったのは、ショックを受けると思ってたからだと母は言った。
神隠し事件の話は、たまにテレビでも特集をされていたから名前くらいは聞いたことがあった。
けど、私はそれを身近な人と紐づけたことはなかったし、そもそもアヤお姉さんの通っていた高校の名前も知らなかった。
私が大好きだったアヤお姉さん。
そして、私よりもずっと姉を慕ってたシロウ。
(わたし…………今までシロウになんてことを……)
小学生一年の時、ずっと暗い顔をしていた理由がわかった。
私を無視していた理由までは……わからないけど。
でも、多分あの時のシロウは余裕がなかったんだ、と私は思った。
彼と話したい。
でも、中学二年の冬になるとみんな受験の準備を初める。
シロウはずっと図書館に籠もっているみたいで、クラスの誰とも喋ろうとしてなかった。
私は……避けられていた。
当たり前だ。
私がクラスで一番、シロウのことをイジメてたんだから。
(シロウは……どこの高校に行くんだろう?)
あれだけ勉強してるんだ。
かなり偏差値の高いところだと思うのだけど……。
私はさりげなくシロウの進路調査書を覗いて、第一希望の高校を知った。
(せ、聖青高校!?)
今の私には逆立ちしても合格不可能な高偏差値の進学校。
けど最近のシロウは必死で勉強していて。
その成果が出て、成績上位者として名前が張り出される常連メンバーになっていた。
(多分、シロウは合格する……)
家は隣だけど、最近はまったく近所付き合いはない。
聖青高校は家から遠いから、朝会うこともないだろうし……。
(わ、私も同じ高校に通って……それでもう一回シロウとやりなおしたい!)
そう決意した私は、両親に頼み込んで有名な予備校に通わせてもらい必死で勉強した。
成績のよくない私に聖青高校は、担任の先生と予備校の教師どちらからも無謀だと諭された。
けど、私は諦めたくなかった。
(もし同じ高校に行けたら…………もう一回、仲良くなりたい)
その思いで、私は必死に寝る間も惜しんで勉強をした。
効率もなにも考えず、ただひたすらに。
その結果は――補欠合格。
ぎりぎりの繰り上がりによって、私はシロウと同じ高校に入学することができた。
そして、高校一年の四月。
私はシロウと同じ高校で再会した。
桜の散る校庭を歩いている後ろ姿を発見した。
中学三年の時は、ほとんど会話をしてなかった。
だから話すのは久しぶりだ。
どうやって、声をかければいいだろう。
私は小さく深呼吸をする。
少し勇気を出して、私は話しかけた。
「あら、佐々木? 同じ高校だったのね」
◇佐々木シロウの視点◇
「…………」
如月さんの過去を聞いて、僕は呆然とした。
中学の時は如月さんのことが怖かった。
高校に入ってからは昔と違って随分と優しかった。
アヤ姉さんのお墓の時に、急に謝られた時は驚いた。
そして、過去の話を聞いて。
(そうか……僕は忘れてたのか……)
今の話を聞いても、僕は昔のことを思い出せない。
アヤ姉さんがいなくなったショックで、僕は当時の記憶を忘却している。
もしかしたら一生、その時の記憶は戻らないかも知れない。
けど……。
(それは彼女に申し訳ない)
「リカさん、ごめん。昔のことを覚えていなくて」
そう告げた。
泣きそうな顔をされた。
「シロウ……」
如月さんが近づいてきた。
「リカさん……」
僕が言葉を続ける前に。
「貴方が好き!!! 私と付き合って!!!」
「…………え?」
「え!?」
僕と水無月さんの声が被る。
突然の告白だった。




