ep29 エンディング
「貴方が好き!!! 私と付き合って!!!」
如月さんの大きな声が夜空に響く。
「「えっ?」」
僕と水無月さんの声が被った。
今、告白された?
まぁ、以前の『ペットになる』に比べると普通の告白だけど。
「ちょっと……リカちゃん?」
水無月さんが不機嫌そうな声で言った。
「いや……マイ、これは違っ」
如月さんがしどろもどろになる。
「シロウくん!」
水無月さんが俺の肩を掴み、ぐいっと顔を近づいてくる。
「ま、マイさん? どうしたの?」
彼女の真剣な表情に気圧された。
さらにずいっと僕に顔を近づける。
整った清楚な美女の吐息がかかるほどの近距離。
5センチ前にでれば、キスをしてしまいそうな距離。
「マイ!?」
如月さんが焦ったような声を上げる。
水無月さんはその声を無視した。
「私はシロウくんが大好き。彼女にして」
「……え?」
急に日本語が理解できなくなった。
いま、水無月さんはなんて言った?
シロウクンガダイスキ?
「マイ! どういうつもりよ!」
「先に抜けがけしたのはリカちゃんでしょう!」
如月さんが水無月さんに詰め寄り、二人は間近で睨み合う。
その様子はいつかの二人が喧嘩になった時を思い出させた。
「待って、二人とも。その……喧嘩は……」
ダメだ、と言う前に水無月さんと如月さんはこっちをまっすぐに見つめてきた。
明るい茶髪にパッチリとしたツリ目美人の如月さんと。
長い艷やかな黒髪に大きな瞳の清楚美女な水無月さん。
(この二人が僕を……)
中学の時なら、間違いなく罰ゲームで告白されているか、からかわれているだけだと思ったはずだ。
けど、二人からは冗談の空気はまったく感じない。
完全に本気の眼だ。
「シロウ、愛してる♡」
「シロウくん、大好き♡」
美女二人に詰め寄られる。
この上なく嬉しいシチュエーションのはずなのに、冷や汗が止まらない。
僕はゆっくりと後ずさっていた。
けど、二人は僕よりもはやくこっちに詰めてくる。
「シロウ!!」
如月さんに抱きつかれた。
柔らかい身体につつまれ、くらっとした。
「り、リカさん……」
「昔みたいにリカちゃんって呼んで」
抱きつかれたまま耳元で囁かれる。
「リカ……」
思わず呼び捨てしてしまった。
そもそも昔のことは、まだ思い出せない。
如月さんが俺を見つめ、俺も如月さんを見つめる。
無言で見つめ合う時間が数秒続いて。
「シロウ君!」
水無月さんが如月さんを押しのけて抱きついてきた。
「わっ……」
水無月さんの大きな胸が押し付けられる。
「マイさん……?」
「し、シロウくん……んっ!」
「っ!?」
水無月さんに抱きしめられ……キスをされた。
「なっ!」
遠くから如月さんの驚く声が聞こえたが、それどころではなかった。
「…………んっ」
「…………」
僕は抱きしめられ、キスをされたまま動けない。
蛇に拘束されたカエルのように、固まっていた。
眼の前に整った水無月さんの顔があり、柔らかな唇が自分の口に押し付けられている。
身体が熱い。
僕の体温が上がり、水無月さんの身体はもっと熱いように思った。
なにより、彼女の顔が真っ赤だ。
多分、時間にすると10秒もなかったはずだけど、僕には永遠に感じた。
「なにやってるのよ!!」
長い10秒は、如月さんによってストップされた。
「……シロウくん♡」
水無月さんは熱っぽい目で僕を見つめたまま。
僕がその視線を外せずにいると。
「し、シロウ……」
如月さんに無理やり、視線を変えられた。
眼の前、ほんの30センチほどの眼前に如月さんの顔がある。
それが勢いよく近づいてきて。
「んんっ!?」
如月さんにキスをされた。
身体は抱きしめらて、身動きがとれない。
猫がネズミを押さえつけるように、両腕が僕の身体を固定している。
如月さんのキスはずっと続いた。
ただ、唇を押し付けてくるだけではなくて、彼女の舌が口の内に侵入してくる。
(なっ……)
頭が真っ白になりながら、僕はなされるがままだった。
このまま永遠に続くかと思ったけど、
「ダメ!!!」
水無月さんに引き剥がされた。
「シロウ……♡」
「リカ……」
如月さんのとろんとした目に見つめられ、僕も意識が朦朧としていた。
何も考えられず、僕はふらふらと如月さんの身体を……。
「シロウくん!!」
再び、水無月さんに抱きつかれた。
「ちょっと、邪魔しないで!」
如月さんにも抱きつかれて、もみくちゃになる。
(ふ、二人とも、力が強い……)
身長なら僕がギリギリ勝ってるはずだけど、身体能力はおそらく完敗してる。
確か水無月さんと如月さんは、どっちも運動神経よくて体育祭でリレー選手に選ばれてたはず。
「シロウ! 私と付き合お!」
「シロウくん! 私だよね!」
耳元で大声で呼びかけられる。
二人のどちらかを選ぶということは、どちらかを振るというわけで。
(この場でそれを選ぶ……? 僕が……?)
まったく決められる気がしない。
なにより、僕の頭はすでに情報過多でパンクしている。
おろおろして二人顔を見比べるのが関の山だった。
「やっぱり、シロウは優しいから決められないわよね」
如月さんがため息を吐いて、僕から離れた。
「そうだね。ちょっと、急過ぎたわね」
水無月さんも僕から手を離す。
「シロウが決められないなら、私たち二人で話し合うしかないか」
「そもそもリカちゃんは、シロウくんのペットなんでしょ? だったら、恋人にはなれないんじゃないの?」
「はぁ? 別に愛玩動物として何でも言うことを聞く彼女がいたら、シロウはうれしいでしょ」
「シロウくんはそんなタイプじゃないよ。女の子に命令とかしないし」
「なに、シロウのことわかった気になってるのよ」
「少なくともリカちゃんよりはわかったると思うよ」
「ふーん、言うわね。ちょっと、こっち来なさいよ、マイ。話があるから」
「いいよ。私もリカちゃんとじっくり話をしたいし」
如月さんと水無月さんは、間近で不敵な笑みで見つめ合う。
いや、睨み合っていた。
そして、二人は手を繋いで僕に背を向けた。
「シロウ、私はマイにわからせてくるから」
「シロウくん、リカちゃんをやっつけるからね☆」
僕のほうに顔を向けて、如月さんと水無月さんは言った。
「………………え?」
二人の口から不穏な単語が漏れる。
わからせる?
やっつける?
話し合うんじゃなくて?
よく見ると、如月さんと水無月さんがお互いを握る手が、小刻みに震えるほど強く握り締められている。
まるで、お互いに逃さないかのように。
(このまま二人きりにするのはまずい!)
そう確信した。
以前、屋上で取っ組み合いになっていた二人だ。
気の短い如月さんは勿論、水無月さんもかなり好戦的な性格をしている。
確実に、喧嘩になる。
「リカさん、マイさん。話し合いなら『ここ』にしよう。僕も……一緒にいるから」
と告げた。
それなら喧嘩にはならないはず、と思ったから。
如月さんと水無月さんは足を止める。
「…………」
「…………」
そして、二人は無言で見つめ合っている。
空気がピリピリしている。
なかなか『話し合い』が始まらない。
「マイ、引く気はないんでしょ?」
「当たり前だよ。シロウくんをイジメてたリカちゃんなんかに渡さない」
水無月さんの言葉に如月さんの表情が僅かに歪む。
「あんただって、シロウを脅して一緒にいるくせに」
「それはっ! …………そうだね。私もズルいんだったね」
一瞬だけ、水無月さんが目を伏せ、すぐにまっすぐに如月さんを見つめ直す。
「マイ、恨みっこなしね」
「わかってるよ、リカちゃん」
如月さんと水無月さんが、50センチくらいの距離で睨み合う。
(……あれ? 話し合い……だよね)
剣呑な空気に僕が飲まれていると。
「マイ!!」
「リカ!!」
二人は名前を呼び捨て合い、利き手を大きく振りかぶった。
(まずい!!)
反射的に僕は動いた。
前回は二人が取っ組み合いになった。
あの時は衝動的な喧嘩だったけど、今回のはもっと酷いことになりそうな予感があった。
二人ともとことんやり合うつもりのような。
「止まって!!!」
だから、僕は二人の間に無理やり身体をねじ込んだ。
バシ!!バシ!!
と両側から思いっきり、引っ叩かれた。
「痛っ~~!!」
めっちゃ、いたい!
けど、止められた!
二人の喧嘩を、今度は止めることができた。
「シロウ、止めないで!!」
「シロウくん、決着つけさせて!」
如月さんと水無月さんに詰め寄られる。
確かに、喧嘩を止めても解決しない。
この二人は『僕が』が好きなんだ。
だから、争っている。
(にしても、二人ともやり方が暴力的過ぎる……)
なんでこんなに好戦的なんだろう。
けど、二人を止められるのは僕だけだ。
僕が自分の気持ちを告げれば、二人が争う必要はない。
僕が言うしかない。
「リカさん、マイさん……さっきの告白の返事をするよ」
僕は厳かに告げた。
「…………え?」
「…………っ!?」
リカさんがぽかんと口を開き、マイさんが息を呑む。
二人とも予想外だったんだろう。
けど、これ以上二人が争うのを僕のせいで引き延ばせない。
だから、きちんと答えるしかない。
「……シロウ」
「……シロウくん」
如月リカさんが、泣きそうな顔で僕を見つめる。
幼い頃から知っている女の子。
昔一緒によく遊んだようだけど、僕にその記憶はない。
思い出せるかどうかも怪しい。
中学の時は、僕を虐める彼女のことが苦手だった。
高校に入った当初もそうだった。
気がつくと、最近は苦手意識は消えていた。
そんなリカさんは僕のことがずっと好きだったらしい。
僕が彼女を好きかどうかと言われると……好きになりかけているような気がする。
まだ、好きではない。
でも半年後は怪しい。
それが本音だ。
水無月マイさんが、頬を赤くして僕を見つめている。
高校で出会った清楚系美人の女の子。
お嬢様で友人が多いクラスカーストの頂点。
けど、以外にも趣味は漫画を描くこと。
陰キャな僕と、同じ趣味を持っていた。
高校に入って、人見知りな僕に積極的に踏み込んできてくれた子。
二人で好きな漫画の話をしながら絵の練習をするのは楽しかった。
高校に入って、最初にできた友達。
そして、マイさんは僕のことが好きらしい。
僕が彼女を好きかどうかと言われると……きっと好きだと思う。
部屋で二人きりの時に告白されていたら、きっとOKしていただろう。
僕の本音だ。
二人がこっちを潤んだ瞳で見つめてくる。
(どちらかを振って、どちらかと付き合う……か)
今僕が好きなのは、おそらく水無月さんだ。
けど、さっきの過去の話を聞いて如月さんを無下に扱うことはできない。
(どちらかは選べない。けど、二人がこれ以上争うのは止める……そのためには)
僕は二人に嫌われる決意をした。
これから言うことは、きっと二人を失望されるだろう。
友達ですらなくなってしまうと思う。
けど、それでも。
どちらかを選んで、どちらかが泣く選択肢を僕は選べなかった。
僕はゆっくりと口を開く。
緊張で声が震えないよう、唾を飲み込んだ。
そして、その告白の答えを言った。
「リカさん、マイさんの二人のこと好きだ。両方彼女になって欲しい!!」
僕は最低の返事をした。
◇合宿が終わって◇
「シロウ、一緒に帰ろうー」
「待って私も」
教室でリカさんとマイさんに声をかけられる。
夏休みが明けて一週間。
教室中の視線を集める。
これでもマシになったほうだ。
数日前まで、毎回教室がざわついていた。
今は見慣れた光景になったらしい。
僕とリカさんとマイさんは、三人で学校を出た。
そのまま三人で公園に立ち寄った。
9月といえ、まだ暑い。
木陰にあるベンチに座る。
右隣にはリカさん。
左隣にはマイさん。
「シロウ~♡」
リカさんにキスをされた。
「あっ!? ズルい。次は私ー」
マイさんに顔の向きを無理やり変えられ、キスをされる。
その後、リカさんとマイさんにしばらく交互でキスをし続けた。
落ち着いたのは30分後くらいだろうか。
「ねー、シロウくん。やっぱり私の部屋に行こうよ」
マイさんが僕にしなだれかかる。
「昨日はマイの家だったでしょ。今日は私」
リカさんが僕に抱きつきながら言った。
(……なんで、こんなことに)
今のリカさんとマイさんは、二人が僕の彼女だ。
――まさか、あの最低の告白が成功するとは。
「シロウ?」
「シロウくん?」
ぼーっとしてたのか、二人が僕の顔を覗き込む。
「いや、何でもないよ。今日はマイさんの部屋にしようか。そろそろ賞応募する作品作らないとだし」
僕は言った。
ちなみに、マイさんが漫画を書いていることはリカさんも知っている。
だからこそできる会話だった。
放課後はたいてい、三人で集まっている。
こうして、僕には二人の彼女ができた。
(なんで、こーなったんだろ?)
最低の告白をして、僕は二人に呆れられて振られるはずだったのに。
「シロウ、疲れちゃった?」
僕の顔を覗き込んでくる幼馴染。
「いや、ちょっと寝不足だけど、大丈夫」
僕は答えた。
「ふーん? ちゃんと寝なよ?」
リカさんの整った顔が近い。
幼い頃、アヤ姉さんと一緒に遊んでいた頃の記憶はまだ戻らない。
いつか思い出せるだろうか。
「シロウくーん。ハイヤー呼ぼうか?」
さらっとお嬢様発言をする水無月さん。
「平気だよ、マイさん。ありがとう」
「もうー、シロウくん。私のことは呼び捨てでいいって」
「わかったよ、マイ」
最近の水無月さんからの距離の詰められ方がエグい。
幼馴染のリカさんに対抗してるらしい。
「…………」
「…………」
一瞬、僕に気づかれないように、一瞬だけリカさんとマイさんの視線が交差した。
この二人はまだ仲が悪い。
決して、解消したわけではない。
ただ、今の状態で露骨に争うことはなくなった。
三人で付き合うことで、休戦のような状態だ。
多分、一番得をしているのは僕だ。
まさか、こんなことになるなんて。
(今度、アヤ姉さんのお墓に報告を…………いや、されても困るか)
でも、何となく言いたい気がした。
一応、僕も頑張ってると。
正しい方向なのかは、よくわからないけど。
「シロウ、行こ☆」
「シロウくん、行くよー」
「わかったよ、リカ、マイ」
僕は返事をした。
~おわり~
これにて完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
思ったより時間がかかりました。
恋愛モノは、私にはまだはやかったのか。
このあと1話だけ、アフターストーリーを更新予定です。
■最後に大切なお願い
『面白かった!』と思った読者様。
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