ep.24 合宿、初日
「皆様、到着いたしました」
と運転手さんに告げられ、僕らは車を降りた。
「うわ……」
「凄っ……」
僕と如月さんは眼の前の建物を見上げながらあっけにとられた。
『別荘』という響きから、てっきり海辺にあるログハウスのようなものをイメージしていたのだが……。
「……普通のホテルじゃん」
「……だね」
三階建ての白亜の壁が美しい巨大な建造物。
海辺にあるにもかかわらず、広い庭にプールまでついている。
個人の別荘というよりリゾートホテルのようだ。
「マイさん、僕たちの他に誰か泊まるの?」
「ううん、私たち三人だけだよ」
「……うそでしょ」
あっけらかんという水無月さんに僕と如月さんはちょっと引いた。
100人くらいは余裕で泊まれそうな規模だが、今日は僕たちの貸し切りらしい。
「パパが会社の人たちを連れてきたり、接待でも使うからこれくらいないとダメなんだって。いこうー」
水無月さんは慣れた様子で門をくぐる。
僕と如月さんはそれについていった。
別荘には管理人さんが数名いて、僕は1階にある部屋を案内された。
ドアを開いて最初に感じたこと。
(広……)
自宅の自室どころか、学校の教室くらいの広さがあった。
僕はスーツケースを部屋の端において、二つ並んでいる大きなベッドに横たわった。
天井を見上げると、天井扇が無音で回転している。
(あれってなんのためにあるんだろ……?)
少なくとも風はこっちまで届かない。
ベッドは綺麗にメイキングされてあり、シワ一つない。
空調は寒すぎない程度に涼しく、昨日遅くまで絵を描いたり動画を見ていて寝不足だった僕はうとうとしていた。
あと1分もしないうちに眠りに落ちるだろうと思っていたら。
「シロウくんー! 入ってもいい?」
「シロウ! なにしてるのー?」
水無月さんと如月さんの声が聞こえた。
僕はぱちっと目を開き、ベッドから立ち上がった。
「鍵は空いてるよ」
と言いながらドアに近づく。
僕がドアを開く前に、ガチャリとノブが回った。
二人の女の子が入ってくる。
「……え?」
僕は二人の格好を見て、言葉に詰まった。
「シロウくん、着替えてないの?」
「荷物もそのままじゃない」
二人は水着の上に薄い羽織をしただけの、無防備な格好だった。
真っ赤なセパレートの水着を着た如月さん。
淡い空色のの水着を着た如月さん。
普段教室で見慣れた二人の、見慣れない肌色に思わず目を逸らした。
(えっと……これは僕も水着に着替えないといけないんだよな?)
二人が水着で来たということは、そういうことなんだろう。
「き、着替えてくる」
僕はスーツケースから水着を取り出し、シャワールームのほうに移動した。
脱衣所のドアを閉めて、僕はいそいそと服を脱ぐ。
「ねー、マイ。日焼け止め塗って」
「いいよー、あとで私もお願い」
「オーケー」
女子二人の会話が聞こえてくる。
落ち着かない。
僕が下着を脱いで、水着を履こうとした時。
「シロウ、もう終わった? 開けるよー」
如月さんがこっちにくる足音がした。
「ま、まだだから!」
今は全裸だ!
慌てて水着を履いた。
そして脱衣所のドアを開く。
「あれ? それって学校指定の水着?」
水無月さんが驚いた顔をした。
「これしか持ってないから」
そもそも海にきたのがいつぶりか、覚えていない。
昔、兄さんたちに連れてこられた記憶はある。
「ま、いいわよ。いこうー☆」
如月さんが僕の手を掴む。
ドキリとした。
「い、いこう!」
反対の手を水無月さんにも掴まれた。
別荘の裏手にはすぐにビーチが広がっていた。
泳ぎ疲れたら休めるように大きなビーチパラソルとビーチチェアが並んでいる。
そして真っ白な砂浜には誰もいない。
ここはプライベートビーチらしいから。
(贅沢過ぎる)
僕の知ってる海水浴は、人混みでごった返していた。
だから海はあんまり好きじゃなかった。
「わーい☆ 貸し切りだー!」
如月さんが、ピンクの羽織りを脱ぎ捨てて海にダッシュして行った。
「シロウくん、いこうー」
水無月さんも羽織を脱いで、水着だけになっている。
白い肌が太陽に照らされて眩しい。
「う、うん」
僕は手を引っ張られ、波打ち際までやってきた。
海水は太陽の熱で随分、ぬるくなっている。
「シロウー!」
頭から水を浴びせられた。
「リカさん、元気だね」
「シロウは大人しいわね。もしかして、泳げない?」
失礼なことを言われた。
「泳げるよ」
昔、兄さんたちに散々叩き込まれたからな。
アヤ姉さんが雪山で行方不明になったトラウマから、僕ら兄弟は自然からのサバイバルに対しては強いこだわりがある。
散々、海での泳ぎ方を鍛えられたのはそのせいだった。
「へぇー、じゃあ勝負する?」
如月さんが挑発的な笑みを向ける。
「海は危ないからダメだよ」
僕は却下した。
「……わかった」
意外にも、如月さんは僕の言うことを聞いてくれた。
こういうときは、従ってくれるらしい。
「ねー、シロウくん。私は泳ぐの苦手なんだー。教えてよ」
水無月さんが後ろから僕の肩に手を置いて、身体を寄せてきた。
柔らかい胸が僕の背中に当たる。
「い、いや、教えるほど上手なわけじゃ」
動揺して口が回らない。
「いやー、シロウくんは教えるの上手じゃない? いつも私に優しく教えてくれるし」
水無月さんが僕の腰に手を回す。
いや、それは絵の話でしょ。
僕は運動が得意じゃないし、テニス部でエースの水無月さんのほうが絶対に泳ぐの上手いと思うんだけど。
「マイー、シロウの代わりに私が教えてあげるから」
如月さんが僕と水無月さんを引き剥がした。
た、助かった。
「ちょっとー! 邪魔しないでしょ、リカちゃん!」
「あんたは遠慮なさそうぎなのよ、マイ!」
ちょっと、二人がギスギスし始めた。
これはまずいか。
「ま、まぁ三人で遊ぼうよ」
僕はいつもの日和見な提案をする。
「いいよ」
「なにする?」
水無月さんと如月さんは、僕の意見に合わせてくれる。
それから夕方くらいまで、僕は海で遊んだり浜辺で休んだりして一日を過ごした。
◇
(つ、疲れた……)
夕食を終えて、部屋のシャワーを浴びた僕はベッドで大の字で倒れた。
もともと、インドアであまり身体を動かすタイプじゃないのに、今日は1週間分くらいの運動をした。
美人な女子二人に囲まれて、はしゃいでしまったらしい。
今日の絵の練習は、水無月さんに謝ってキャンセルしてもらった。
どのみち、水無月さんも疲れているようだったし。
時計の針は21時過ぎ。
普段なら、だらだらとネット見たり絵を描いたりしている時間。
けど、今日はそれをする体力がなかった。
(寝ようかな……)
そもそも海に行く前すら少し疲れていたのだ。
多分、RPGでいうところの今の僕の体力は残り『HP:1』だろう。
ザザ……、と遠くから波の音が聞こえる。
それが余計に眠気を誘った。
まぶたが重くなる。
そのまま眠りにつこうとした時。
……コンコン
とドアをノックする音がした。




