ep.23 佐々木シロウは、合宿に向かう
――7月下旬。
僕は待ち合わせ場所である駅前にあるコンビニのイートインスペースで、アイスコーヒーを飲んでいた。
隣には兄からもらった小さめのスーツケース。
そこに数日分の着替えとタブレット、充電器が入っている。
(合宿かー)
今まで部活もしっかりやってないから、こういうのは初めてだ。
ちょっと、楽しみではある。
問題はこれが部活の合宿ではなく、クラスメイトの美少女である水無月さんに個人的に頼まれている漫画の手伝いだ、ということなのだけど。
「おーい、シロウ! はやいわね!」
「僕は時間通りだから、ちょっと遅刻だよ」
僕はリカさんに言った。
そう、水無月さんに誘われた『漫画合宿』なのだけど、リカさんも一緒に来ている。
理由は水無月さんのご両親が『娘と男が二人で泊まりはNG』だったからだ。
まぁ、そりゃそうだよね。
というわけで、別荘には管理をしている大人はいるらしいが、それとは別に友達数名でなら泊まって良いという話になったらしく、水無月さんと僕はそれぞれの『友人』を誘うことになったのだけど……。
(友達がいないんだよなー)
しかし、水無月さんに任せっきりというのもよくないだろうと思い、数少ない友人に声をかけた。
風間くんは今日は用事があるらしく遅れて参加。
そしてその会話を聞いていた如月さんが「私も行きたい!」と参加表明してきた。
(こ、この前ケンカをしてたのに!?)
もう気にしてないのだろうか? と思ったら、水無月さんは若干、顔が引きつっていた。
あとは、水無月さんの友達の加藤ミオリさんと、如月さんの友達の清水キョウコさんも来るらしい。
ただし、彼女たちも今日は予定が入っていたから遅れての参加。
つまり、初日参加は水無月さん、僕、如月さんの三人だ。
(大丈夫かなぁ)
少し心配だったけど、僕ができることはない。
「ねー、シロウ。コーヒー一口頂戴」
隣に座っている如月さんが僕に寄りかかってくる。
「いいけど、ブラックだよ?」
嫌いじゃなかったっけ。
「なんか、ブラック飲める方がかっこいいじゃない…………うぅ……ニガイ」
案の定、如月さんは目を『><』としている。
口直しに甘そうなミルクティーを飲んでいる。
平和だ。
ぼんやりコンビニの中から駅前のロータリーを眺めていると、黒い高級車が止まるのが見えた。
見覚えがある。
水無月さんのところのハイヤーだ。
降りてきたのは水色のワンピースに大きな麦わら帽子を被って、いかにもお嬢様な服装の水無月さんだった。
僕と如月さんに気づいたようで、手を振っている。
僕はアイスコーヒーをゴミ箱に捨て、如月さんに声をかけた。
「マイさんが迎えに来てくれたよ」
「じゃ、行くわよ!」
如月さんが、元気よく腕をあげる。
僕はコンビニを出る。
顔に熱気がかかり、太陽の光の眩しさに思わず目を細めた。
(暑いな……)
今までの僕なら絶対に外に出たりしない猛暑だ。
それが友達と一緒に泊りがけで出かけるなんて、随分と高校に入って変われたと思う。
「おまたせー! シロウくん! リカちゃん! やー、今日は渋滞に巻き込まれちゃって。遅くなって、ごめんね」
と可愛く謝られた。
「いいわよ、シロウと一緒だったし。ねー」
と言って、僕に腕を絡めてくる。
最近の如月さんからのスキンシップは、ますます激しい。
「私はペットなんだからこれくらい普通でしょ!」などと言っている。
普通とは一体……?
水無月さんの顔が若干、引きつっていた。
「今日からよろしくね、マイさん。あと運転よろしくお願いします」
僕は水無月さんと運転手さんに挨拶をした。
「はい、佐々木様。安全運転で向かわせていただきます。荷物はトランクに入れておきますので、どうぞ車内にお入りください」
と言われ、僕は自分のスーツケースはトランクに入れた。
運転手さんは、如月さんのピンクのスーツケースを持ち上げている。
随分、重そうだ。
「ねー、シロウ。運転手の人と知り合いなの?」
と耳元で如月さんに囁くように聞かれた。
「何回か送ってもらったことがあるだけだよ」
僕が答えたが、まだ不審そうだ。
「そんなに何度もマイの家に行ってるの…………?」
「まぁ、僕がマイさんに絵を教えてるからね」
と僕は答えた。
ということになっている。
『漫画を描くのを教えている』というのは、いったん秘密になっている。
「ねー、シロウくん。忘れ物はない? 何かあったら、言ってね。私が買うから」
「う、うん。ありがとう」
如月さんと反対側、僕の隣に座った水無月さんが僕に身体を預けてきながら話しかけてくる。
なんか、最近は水無月さんからのスキンシップも激しくなってきている気がする。
「では、出発しますね」
運転手さんはそう言って車は静かに発進した。
「楽しみだねー、シロウくん」
と言って水無月さんが身体を寄せてくる。
ふわりと甘い香りがした。
「う、うん。ところでマイさん家の別荘って海の近くにあるんだっけ?」
僕はドキドキするのを誤魔化すために、適当な疑問を口にした。
「うん、そうだよー。プライベートビーチで泳ぎ放題だからね☆ 水着、持ってきたよね?」
「一応……でも泳ぐと疲れて、絵が書けなくない?」
合宿の目的は絵の上達のためでは?
「真面目ねー、シロウ。折角、海に行くなら泳ぐでしょ。私、水着を新しく買ったんだー」
リカさんが会話にはいってきた。
「リカちゃん、どんな水着?」
「えっとねー、これかな」
と言ってスマホを見せてきた。
それはセパレイトの真っ赤な水着で、可愛らしいデザインの水着だった。
そして……とても、露出が多いように思った。
「どう? シロウ」
「か、可愛いと思うよ」
僕は目を逸らしながら答えた。
如月さんが水着を着ている姿を想像してしまったから。
「ねー、マイはどんな水着にしたの?」
「私のはこれかな」
と言ってスマホを見せられた。
「「え?」」
僕と如月さんは、同時に小さく驚きの声をあげた。
それは鮮やかな空色の可愛らしいデザインの水着で…………如月さんのよりもさらに露出が多そうに見えた。
「…………変じゃない、かな? シロウくん」
「い、いいと……思うよ」
清楚な水無月さんがそれを着たらどんな姿になるのか……、はっきりとイメージできてしまった。
邪な想像を忘れようとしたが、残念ながら瞬間記憶のせいでよりはっきりと脳内に二人の水着姿が思い浮かんでしまう。
「へー……、マイもやるじゃない」
「リカちゃんもね」
僕を挟んで水無月さんと如月さんが、相手のファッションを褒め合っている。
この前のケンカのような感じはなく、いつも通りの二人だ。
ただ、少し背中がゾワゾワする。
冷房が効きすぎているのだろうか。
そんな感じで、僕ら三人を乗せた車は水無月さんの別荘へと向かった。




