ep.13 佐々木シロウは、再び家に行く
「ただいまー。うわー、服がビショビショ」
如月さんが制服のスカートをつまんでいる。
ポタリと、水滴が玄関に落ちる。
「お、お邪魔します」
大雨の中、僕は再び如月さんの家にやってきた。
前もそうだったけど、如月さんの家は共働きで両親は帰りが遅いらしい。
だから家の中は静かだ。
「先に部屋行ってて。タオル取ってくるから」
「う、うん」
と言われ僕は階段を上がって如月さんの部屋に入った。
(気軽に部屋に入れるんだな……)
男を一人で部屋に入れて気にならないんだろうか。
そんなことを考えながらドアを開く。
前と同じくモノは多いが、整頓された部屋だ。
僕はカバンから取り出したハンカチで、雨で濡れた髪や制服を拭く。
(僕の折り畳み傘で二人入るのは無茶だったなぁー)
結局、僕も如月さんも身体半分は雨に打たれて傘の意味がなかった。
「シロウ、はい」
部屋に戻ってきた如月さんが、大きな白い何かをふわりと投げてきた。
バスタオルだった。
(これ……使っていいのか?)
投げてきたってことは使っていいのだろう。
もし、普段如月さんが使っているものだとしたら、このバスタオルは如月さんがお風呂に入ったあとに裸体を拭いているわけで。
雨に濡れて制服が身体に張り付き、身体のラインがはっきり見えている如月さんの裸を想像しそうになってしまう。
(邪念……どっか行ってくれ)
僕は無心で自分の身体を拭いた。
如月さんも僕と同じようにバスタオルで身体や制服を拭いていたが。
「やっぱりダメね。ねぇ、シロウ。ちょっと、窓の方を向いてくれる?」
「えっ? うん、わかった」
意味がわからなかったが、僕は言われた通り窓の方を向いた。
……シュル、
という衣擦れの音がする。
(ん?)
頭が追いつかない。
如月さんは今、なにをしてるんだ?
「シロウ、こっち向かないでね。着替え中だから」
「はっ!?」
思わず声が出た。
「どうしたの?」
という声と「ジー…………」というチャックを降ろす音が聞こえる。
え……、まさかスカートを脱い……。
「こっち向かないでよ? 今、下着姿だから」
僕はコクコクと頷き、決して振り返らないようにまっすぐ前を向く。
そして、気づいた。
「っ……」
息を大きく呑んだ。
今僕は、窓を見ている。
そしてその窓にはカーテンがかかっておらず、うっすらと後ろで着替えている如月さんの姿が窓ガラスに映っていた。
(や、ヤバい…… これがバレたら……)
「この! ヘンタイ!」
と言って足蹴にされる自分の姿が脳裏に浮かんだ。
だったら、目を逸らせばいいのだがそれができない。
釘付けになったように如月さんの姿を目が追ってしまう。
とはいえガラスに映る姿は鮮明ではない。
如月さんの下着がピンク色であること、想像通り胸が大きいこと、想像以上にスタイルが良くまるでモデルのような……って、けっこうはっきり見えてるな!?
結局、僕はガラスに映る如月さんの姿が視界に入ってくるのを止められなかった。
「もう、いいわよ」
と言われて振り向く。
そこには制服をから赤いタンクトップと黒いミニスカートに着替えた如月さんが立っていた。
如月さんの白い肩の肌とスラリと伸びた健康的な太ももが視界に入る。
僕は一瞬、見惚れていた。
「シロウも着替える?? お父さんのTシャツくらいしかないけど」
「い、いや! 大丈夫だから!」
反射的に断った。
如月さんが僕を心配してくれているのに、僕が邪な目で見てしまった罪悪感があったのかもしれない。
「そう? 風邪引かないようにね」
「大丈夫だよ。バスタオルで拭いてだいぶ乾いたし、今日は暖かいから」
と答えた。
実際、雨が降っても気温は高い。
最近の初夏は暑い。
「じゃあ、勉強しよっか。座って」
如月さんが教科書とノートを広げる。
「わかったよ」
僕はいつものように如月さんの隣に座り……固まった。
「どうしたの?」
「い、いや……」
いつもの制服姿と異なり、今日の如月さんの格好はラフだ。
隣に座ると僕よりやや身長の低い如月さんの上から覗き込むことになり……どうしても胸元に目が行ってしまう。
(落ち着け……冷静に)
僕は邪念を払って、参考書に視線を落とした。
が、数分も立たず。
「シロウ~、わかんないー! 助けてー」
如月さんが泣きついてきた。
「わ、わかったよ」
本当はもっと自分で考えた方がいいよ,と言いたかったけど如月さんが抱きついてくる今の状況じゃ正常な思考ができない。
「この問題は……」
「うんうん」
僕の教えは真面目に聞いてくれる如月さん。
(か、顔が近い……)
息がかかるくらいの位置。
けど本人はいたって真面目なので注意するのも忍びない。
それからしばらくは、僕は如月さんにくっつかれながら勉強を教えた。
◇
「飲み物取ってくるねー」
40分ほど勉強を教えて、如月さんが休憩したいと言った。
僕も少し休みたかったのでいいよ,と言った。
(はぁ、緊張した)
40分、如月さんからくっつかれて変に体力を消費した気がする。
もしくは精神力か。
如月さんが戻るまで暇だった僕は部屋の中をなんとなく見回した。
部屋の中には小物が多くて、特に本棚や化粧台の上にモノが多い。
小さな人形はマスコット、化粧品や香水の小瓶が並ぶ中一つ変わったモノがあった。
ガラスの欠片だった。
ガラスの周囲は丸く削り取られ、よく海の浜辺に落ちているようなガラス片だ。
他の可愛らしい小物と比べてやけにそれだけが、薄汚れていてあまり可愛くなかった。
(なんでこんなものを並べてるんだろう?)
思い出の品なんだろうか?
勝手に触るのは良くないな,と思い顔を近づけて見ていると。
「何してるの?」
後ろから話しかけられてビクッとした。
「ご、ごめん! ちょっと見てただけで!」
慌てて謝ると。
「別にいいわよ。好きに見て」
気にする様子もなかった。
そしてトレーに乗せたコーヒーとオレンジジュース。
そして苺のショートケーキがテーブルに並んだ。
「シロウ、食べよ」
「うん、ありがとう」
僕と如月さんは並んで座ってケーキを食べた。
(休憩中までこんなに近くで並んで座らなくても)
と思ったが、如月さんに「ちょっと離れてよ」とか言えるはずもなく。
「〜♪」
隣には幸せそうな顔でケーキを食べる如月さんがいる。
僕はそれを横目に眺めながら、コーヒーを一口啜った。
(あれ?)
やけに美味しいな。
インスタントじゃない?
僕はちらっと如月さんの方を見ると。
「…………」
如月さんもこっちを覗き込んでいた。
「ど、どうしたの?」
「どう? 私の淹れたコーヒー」
「お、美味しいよ。上手だね」
「ほんと☆ やった」
ニカっと笑う如月さん。
ドキッとした。
(やば……)
一瞬、本当に好きになりそうな気がして僕は視線を逸らした。
ショートケーキの上に乗ってある真っ赤な苺をフォークに突き刺す。
それをかじると酸っぱい甘みが口の中に広がった。
はぁ~、落ち着け僕。
それから僕と如月さんはショートケーキを食べ終えた。
(休憩をいつまでとか、決めてなかったな)
弛緩した空気が部屋に満ちている。
なんとなくまったりする空気になってしまった。
そろそろ勉強再開をこっちから言い出すべきか、と思い如月さんの方を見ると。
「…………」
じぃっと、こちらを見つめられていた。
「ど、どうしたの? き……リカさん」
苗字で呼びそうになったのと直前で止め、言い直す。
それを聞いて如月さんは少し満足げだった。
が、すぐには口を開かずしばらく間があって。
「シロウってさ」
「うん」
大きなぱちっとした目がまっすぐこちらを見つめる。
「マイと仲いいよね?」
「えっ!? そ、そんなことないよ!」
先日と同じ返事をしたら、今度は信じてもらえなかった。
「じゃあ、何で急に呼び方が苗字から名前に変わってるのよ」
「それは……」
水無月さんに言われたからです、とは言いづらい。
というか聞かれたのか。
教室内ではなるべく呼ばないようにしてたはずなのに。
「もしかして…………付き合ってるの?」
「ち、ちがうよ! それは絶対にないから!!」
僕は大きな声で否定した。
彼女とはあくまで漫画の手伝いという仕事の関係だ。
バイト代だってもらっている。
それ以上の関係では断じてない。
「ふ、ふーん。そんなに否定するってことは違うのか……」
如月さんは納得したらしい。
よかった。
誤解は解けた。
ついでに、ちょっと気になったことを聞いてみた。
もう随分と気軽に如月さんとは会話できている。
ちょっとした雑談くらいなら問題ないだろう。
「ところでリカさん」
「なに? シロウ」
僕はオレンジジュースをストローで呑んでいた如月さんに質問した。
「リカさんは彼氏っていないの? 確か他校に年上の恋人がいるとかって……うわさ……が」
僕はその言葉を最後まで言えなかった。
如月さんの眉が釣り上がり、みるみる般若のような怒り顔になったからだ。
(ひぇっ!)
中学でもこんな顔はみたことがない。
なんだ!?
地雷だったのか!
まさか、最近、別れたとか?
僕が青くなっていると。
「誰がそんなこと言ったの!! 私は彼氏なんていたことないんだけど!!!」
大きな声で怒鳴られた。
「あ、あれ?」
中学の時には付き合っている人いなかったっけ?
高校でも仲の良い男子生徒もいっぱいいるように見えたけど。
「なに?」
文句あんの? と低い声で言われ。
「いえ、なんでも……」
僕は黙った。
久しぶりに中学の時のような感じになった。
それを如月さんも思い出したらしく。
「い、いや! 別に怒ってはないんだけど! ちょっと、びっくりしただけで!!」
手をパタパタと振って慌てた様子の如月さん。
いや、あれで怒ってないは無理があるよ。
「ごめん、変なことを聞いて」
僕は素直に謝った。
んー、でも僕も水無月さんのことを聞かれたから聞き返しただけだよなー。
そんな怒ることだろうか
(にしても意外だったな……)
今は彼氏がいない、ではなく『いたことがない』とは……。
もっと遊んでるイメージだったんだけど。
ちらっと、横目で如月さんを見てみる。
明るい茶髪に大きな瞳。
モデルのように整った身体と長い脚。
細身なのに胸は大きく、腰は細い。
「どうしたの? シロウ」
僕の視線に気づいたのか目が合った。
「リカさんって綺麗でモテそうなのに、彼氏いないの意外だなーって」
「…………っ」
僕が素直な言葉を口にするとなぜか、如月さんが目を丸くして、赤くなった。
(あれ? また怒らせた?)
やっぱ僕のコミュニケーション力は壊滅してる。
黙っておこう、と思ったがどうやら怒ってはいないらしい。
如月さんは赤くなったまま静かだった。
その日の勉強会ではいつもより大人しかった。
◇数日後◇
――水無月さんの自宅にて。
「これどうかな!?」
水無月さんが短編漫画のネームを僕に見せてきた。
結局、賞に受賞するよりももっと簡易な短編漫画をWEB投稿してみて反応を見るという方針になったからだ。
ページは16ページほど。
主人公とヒロインの出会いのシーンに特化させた。
主人公とヒロインのキャラを強烈にしつつ、保管し合うような関係にして、かなり続きが気になる漫画になっている。
(ストーリーはいい……。あとは良い絵をつけられるか……)
僕の腕次第だ。
って、これだと原作が水無月さん。
作画が僕みたいな状態だな。
アシスタントとしては、役割が逸脱している気がする。
水無月さんもそれはわかっているようで、少なくとも主役とヒロインのキャラは自分で描こうと頑張っている。
まだ、腕が追いついてないけど。
今は、デッサンやバランスを崩さない人の描き方を水無月さんにレクチャーしている。
(如月さんといい、最近は人に教えることが多いな)
と思った。
そして、それはそんなに苦じゃない。
水無月さんの絵は、そこまで上手というわけじゃないけど、僕の言うことは素直に実践してくれるし一人でも絵の練習をしているらしい。
おかげでここ最近だけでも、随分上達したように思う。
「あーー! ダメ! 今日は手が動かない! 今日はおしまい!」
水無月さんが宣言した。
時計の針は夜の8時を指している。
今日はかなり遅くまで頑張った。
「じゃあ、僕は帰るね」
荷物をカバンにまとめる。
今日は帰りにどこかファミレスにでも寄ろうかな、と考えていると。
「ねぇ、シロウくん。よかったら晩御飯一緒に食べない?」
水無月さんに夕食を誘われた。
何度か家に来ているけど、はじめてのことだ。
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えようかな」
と答えた。
(水無月さんの家の食卓……ちょっと、いや、かなり気になるかも)
お嬢様の食事ってどんな感じなんだろう?
と密かに期待していたら。
「じゃあ、車を回してもらうから一緒に出よ」
と言われ。
「?」
僕が首をかしげてると、どうやら外食にするらしい。
なるほど。
庶民の感覚で考えるとダメか。
お金持ちは家でご飯を食べないんだな(偏見)。
というわけで、僕は水無月さんに連れられ繁華街に車で移動した。
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次回の更新は、5月7日です。




