ep.14 佐々木シロウは、お嬢様と夕食を食べる
「はい、ここだよー。シロウくん」
「え…………?」
僕が水無月さんに連れてこられたのは山の手線のとある駅前。
駅からすぐの高級ホテルの最上階。
建物までは水無月さん家の高級送迎車で送ってもらった。
地下の駐車場からエレベーターを使って到着した場所は、見るからに高級そうなレストランが並ぶ一画。
店の前にはたくさんの胡蝶蘭やスタンド花が飾ってあり、『御祝』の文字と人の名前があった。
どうやらオープンして間もないお店らしい。
入口には黒いスーツを着た大柄な店員さんが、背筋を伸ばして立っている。
僕と水無月さんが入口に近づくと。
「失礼ですが、ご予約はされていますか?」
と聞かれた。
(予約なんてしてないんじゃ……)
と心配していたら。
「予約した水無月です。あとこれはオーナーからの招待状です」
と言ってカードのようなものを店員さんに見せた。
知らぬ間に手配されていたらしい。
それを受け取った店員さんの表情がわずかに変わる。
「失礼いたしました。すぐに案内の者を呼びますので、少々お待ちください」
と言ってすぐに入れ違いで恰幅のいい年配の店員さんがやってきて、僕らを案内してくれた。
店の中は広く、しかし全てが個室になっているようで全体の店の広さはよくわからない。
ただ、店の中に日本庭園っぽいものがあったりと僕が今まで来たことがないようなお店だった。
途中で案内の人が水無月さんに「お父様によろしくお伝えください……」なんて一生懸命話をしていて、僕は若干蚊帳の外だった。
水無月さんと僕は奥の個室に案内された。
大きな窓には東京の夜景が広がっており、黒い高級そうな一人掛けソファーっぽい椅子と大理石のテーブルがある。
(なんだこの店は……?)
いったい幾らするんだろう。
怖くて聞けない。
水無月さんは、教室で椅子に座る時と変わらない雰囲気で椅子に腰掛ける。
「座らないの?」
と聞かれ僕は緊張しつつ座った。
「シロウくんって、お肉って好き? 大丈夫だよね?」
「え、うん。好き嫌いは特にないよ」
「よかった。このお店の招待状、パパから貰ったんだけど一緒に来てくれる人がいなくて。ミオリは今ダイエット中だから焼肉は行かないって断られちゃったんだよねー」
「へ、へぇー……」
ていうか、ここって焼肉店だったの!?
勝手にフランス料理か何かのレストランだと思ってた。
僕が挙動不審に周りを観察している間に、大理石のテーブルの一部が焼き場になっており、水や調味料、サラダなんかが勝手に僕と水無月さんの前に並べられる。
(なんで水がワイングラスみたいなコップに入ってるんだろう……)
緊張で喉が乾いた僕はそのグラスの水を飲み干した。
ただの水だった。
怖いものみたさでメニューを開いてみる。
・シャトーブリアン
・フィレ
・サーロイン
・リブロース
などの文字が並んでいる。
値段は書いてなかった。
「あの……マイさん。このメニューに値段が書いてないんだけど……」
「あー、それはね。接待用で使う店には値段は書いてないんだよ」
「へ、へぇ~」
僕は静かにメニューを閉じた。
庶民は値段を知ることすら許されないらしい。
大人しく夜景を眺めつつ座っていると。
「では本日の料理の説明をさせていただきます」
(!?)
水を呑んでぼーっとしていると、新たな若い店員さんが来て前菜からデザートまでの料理、というか素材の説明をされた。
とりあえず僕はなにもわからず、頷くだけだ。
その後、料理が並べられた。
肉は自分で焼くらしい。
そこだけは僕でも理解できた。
後はなにもわからなかった。
僕は水無月さんの真似をしながらおっかなびっくり食べた。
ちなみに、出された肉は今まで食べたことないほど柔らかく美味しかった。
(……今後食べる食事が物足りなくなったらどうしよう)
そんな不安が浮かぶほどに。
メインの肉を食べ終え、あとはデザートを待っている時間。
食後のドリンクを尋ねられ、僕はコーヒーを頼んだ。
水無月さんは紅茶を飲んでいる。
(何もかも違った……)
お嬢様である水無月さんに夕食を誘われるとこんな感じなのか。
食事代はおそらく彼女の奢りなんだろうけど、本当にそれでいいのだろうか。
一応、絵を教えている立場ではあるのだけど、果たして僕はちゃんと返せているのか。
そんなことを考えていると。
「シロウくん」
水無月さんに話しかけられた。
いや、それまでも会話はしていた。
相変わらず水無月さんは漫画の話題が好きで、週刊飛翔の漫画について「あの新連載は面白いけど掲載順位が下がってる」とか「なんであの作品はあんなに人気があるんだろう?」みたいな、高級店には似つかわしくない庶民な会話をしていた。
ただ、ちょっとだけ水無月さんの声色が変わった気がした。
少しだけ真剣というか。
「どうしたの? マイさん」
僕が聞くと、少しだけ間があってから水無月さんが口を開く。
「シロウくんってさ。リカちゃんと付き合ってるの?」
「は?」
何を言ってるんだ、君は。
「そんなわけないよ」と言ったが、水無月さんは疑わしそうにこちらを見る。
理由を聞いた所、この前一緒の傘で帰っているのを見かけたらしい。
他のクラスメイトもそれを見ていたそうで、風間くんあたりは面白そうに吹聴してるとか。
あいつ!!
「あれは……たまたま如月さんが傘を忘れてたんだよ。流石に雨に打たれて帰らせるのは悪いから」
「でもさ……一緒の傘でもどこかで別れるでしょ? どうしたの?」
「如月さんの家は僕の隣だから、ずっと一緒に帰れるんだよ」
「お隣なの!? お、幼馴染ってこと!」
水無月さんが大きな声で驚く。
うーん、幼馴染かぁ……。
実際はイジメっ子とイジメられっ子なんだよなぁ。
わざわざそんなことは言わない。
「家が近いだけだよ。高校まではそんなに仲良くしてなかったから」
本当に、まったく。
「ふ、ふぅん」
水無月さんは一応、納得してくれたようだった。
もしかして、今日の夕食に誘われたのはそれが聞きたかったのだろうか。
いや、まさかね。
とにかく、今日の食事は今までの人生で一番美味しい肉を食べることができた。
その幸せを噛み締めておこう。
そう思った。
◇水無月マイの視点◇
聞きたかったことを確認できた私は、ほっとしてノンカフェインの紅茶を一口飲んだ。
リカちゃんとシロウくんは付き合ってないらしい。
ちょっと、安心した。
(相合傘で帰ってるのを見た時は、あの二人付き合ってるでしょ! って周りも誤解してたもんねー)
流石に彼女がいる人を部屋に連れ込んで、二人きりで漫画を手伝ってもらうって、彼女からしたらいい気はしないだろうし。
あと、リカちゃんってちょっとだけ気が強そうで怖いし。
でも、ただの友達ってことだった。
一緒に勉強したりするだけ、ってことだった。
というわけで、漫画の手伝いは継続しよう。
せっかく、いいネームも描けたし、シロウくんに教わって絵も上達している……気がする。
シロウくんとは趣味が合う友達って気がして、話すと楽しい。
男子としては……いい人だな、とは思う。
ちょっと、優しすぎる気がするけど。
やっぱり絵が上手いのが一番のポイント。
はぁ~、瞬間記憶とか本当に羨ましいよ。
みたいな会話を、しばらくはシロウくんとして。
そろそろお開きって時間に、私は前々から知りたかったこと……というかお願いをしてみた。
「ねぇねぇ、シロウくん。今度、お姉さんに会ってみたいな」
と私は言った。
シロウくんが描く少女Aちゃんのモデル。
きっと可愛らしい人……いや、綺麗な人だろうと思う。
シロウくんの10歳年上らしいから、いま25歳か26歳かな。
あと、シスコンなシロウくんの大好きなお姉さんというの興味がある。
ただし、シロウくんの返事は。
「うーん、それは難しいかな。姉さんは遠くにいるから」
シロウくんは困った顔で言った。
「えー、なんでー! 会ってみたいのにー」
私は食い下がってみたけど、答えはNOのままだった。
困った顔の中に一抹の寂しさが見え隠れしていた事を……私は気づかなかった。
私は単にシロウくんが照れているだけだと判断した。
まぁ、高校生になってお姉さん同席で食事は恥ずかしいのかな。
――正直、ここでやめておけばよかったと、あとになってとてもとても後悔している。
けど、今日の私はやけに押しが強かった。
まぁ、普段もそうなんだけど。
「ねぇ、シロウくん! じゃあ、せめてお姉さんの写真を見せてよ! それならいいでしょ!」
私が言うと。
「まぁ、それくらいなら」
とシロウくんがスマホを開く。
私はワクワクしながら画面を見せてもらった。
差し出されたスマホの画面を覗き込む。
そこに映っているのは――髪を二つくくりにした瞳のぱっちりした可愛らしい女の子だった。
年齢は私やシロウくんと同い年くらいだろうか。
制服ではなかったけど、そう思った。
それにやけに画像が荒い。
最新のスマホで撮った写真ではないように思った。
「えっと、この人がお姉さん?」
私が尋ねると。
「そうだよ。アヤ姉さん」
シロウくんが答える。
「えっと、お姉さんの年齢って」
「10個上だね」
それは知ってる。
前に教えてもらった。
シロウくんには三人の兄と一人の姉がいて、お姉さんが一番年上だと聞いた。
「最近の写真はないの?」
まさか、女子高生のお姉さんの写真が可愛いから見せてきたとかならちょっとキモいかも……なんて考えてしまった。
馬鹿な私は。
シロウくんが口を開く。
「これが一番新しい姉さんの写真なんだ」
「……………………え?」
シロウくんの言葉の意味が理解できなかった。
「いや……でも」
この写真は明らかに高校生くらいで。
シロウくんのお姉さんは、シロウくんの10個上で……。
――ぞわっ、と。
私は背中を悪寒が走り、とんでもない勘違いをしていたことに気づく。
シロウくんと会話をしていて、お兄さんのことはよく話題にあがった。
一つ上のお兄さんはとてもモテる人で彼女をとっかえひっかえだとか。
シロウくんは似なくてよかった、と私はその時思った。
二つ上のお兄さんは、大学でスポーツ特待生としてプロを目指しているらしい。
今は大学の寮に入っているとか。
一番上のお兄さんは、社会人で三年目にして係長に出世したできるお兄さんと聞いた。
お兄さんの話はたまに語ってくれて、仲の良い兄弟なんだなってちょっとうらやましかった。
そして…………お姉さんとの『近況』は聞いたことがなかった。
今、同居しているのは一つ上のお兄さんだけ、とは聞いてる。
だから、きっと一人暮らしをしているのか、結婚したんだろうって思ってた。
あとは、私が良く「シロウくんはシスコンだねー」ってからかうから、照れてあんまり言ってくれないんだと思ってた。
「あ、あの…………シロウくん」
「どうしたの? マイさん」
シロウくんはキョトンとした顔でこっちを見ている。
違っててほしい。
けど…………どう考えても。
私は恐る恐る、その質問をした。
「シロウくんのお姉さんって、『今は』何をしてるの……?」
私が尋ねると。
シロウくんは、あっさりと。
とても自然に答えた。
「姉さんは10年前から行方不明なんだ」
と言って、困った顔で頬をかいた。
言ってなかったけ? という言葉を私の耳には殆ど届かなかった。
――ぐにゃりと景色が歪んで、
私はソファーの背もたれに深く身体を沈めた。
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次回の更新は、5月10日です。




