お嬢様と私の恋愛争奪戦(後)
あれは、お嬢様に支えはじめて数ヵ月後のことだった。
仕事にも少しは慣れてきた頃、私はある出入りの商家の使いの男性と仲良くなった。私より少し年上らしいその男性は、私と顔を合わせるたび、はにかみながら花を1輪渡してくれた。
なんてロマンチック。多分私達は互いに淡い想いを抱いていた。
だがある日、彼は屋敷でお嬢様に出くわした。
お嬢様の笑顔に顔を真っ赤に染めた彼は、次回からお嬢様宛ての花束を持ってくるようになった。
こうして私の恋は、あっけなく散った。
その後、街で仲良くなった青年、他家の使用人など、相手は違えど同じような事が何度か起きた。
中には、最初からお嬢様と親しくしたいがために近づいてきた者もいた。
そもそも私の初恋は……いや思い出したくもない。今も心の傷である。
とにかく、お嬢様のお陰で私は嫁き遅れようとしているのである。
「リリー殿、私はアニーに会いに来たんです。今日彼女は非番なんでしょう?彼女をお借りしても?」
スティーブの言葉で我に返る。
お嬢様がぴくりと眉を上げた。お嬢様の微笑みに陥落しない男を初めて見る。私の彼への好感度は鰻登りだ。
「あら、私は彼女の主人です。彼女が私を置いてどこかへ行くはずがないでしょう?」
珍しく居丈高に振る舞うお嬢様。頑張れスティーブ!
「非番にまで彼女を縛る権利が?彼女が気の毒でしょう。リカルド=アンブローク殿。貴方がたぶらかしている殿下も悲しまれますよ。」
スティーブが私の手を取り、ぐいっと引っ張った。
「ひっ……!」
「アニー!」
青ざめて硬直した私を、お嬢様が咄嗟に庇う。
二人が何か言い合っているようだが、私の意識はそのまま過去に飛んでいた。
小さい私が、お嬢様とかくれんぼをしている。
あの頃は、お嬢様をリーと呼んでいた。
隠れたリーを探して広場をうろうろしていると、見知らぬおじさんがやってきた。
「おじょうちゃんが探しているのは、ふわふわした金髪の子かい?さっきあっちで見たよ。」
おじさんの顔は逆光で見えない。
「ほら、こっちだよ。連れてってあげよう。」
おじさんが私の腕を掴む。べたべたした手が気持ち悪い。
「じぶんでさがすからいい。おじさん、はなして。」
だがおじさんは腕を掴んだまま私を引っ張る。
「はなして!リー!リーむぐっ」
ついに私はその男に抱え込まれた。
もうだめだ、お父さんお母さん、と思ったその時。
「ギャーッ!」
男が叫んで私を落とした。
「アニー、逃げよう。」
幼いリーが男にかみついたのだ。幼心にも、男の狙いがリーだとはわかっていた。
「リー、リーが危ないよ!」
「だから早く逃げるんだ。こっち!」
そのまま二人で大通りまで逃げた。
この日、リーは私のヒーローになった。
だがこの一件以来、私は男性恐怖症になったのだった。
気が付いたら屋敷にいた。
「あ、あれ?いつの間に……。あ、スティーブ、スティーブは……」
「開口一番他の男の名前?」
お嬢様が氷点下だ。
「あ、す、すいません。ありがとうございます。男性にはもう馴れたと思っていたんですが、いきなり引っ張られたりするとどうにも……。スティーブにも悪いことをしました。」
お嬢様がますます寒い。目から凍てつく波動が出ている。
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ。なんなのさっきからスティーブスティーブって。アニーを連れて帰ってきたのは私なの。」
「はい、ありがとうございました。」
バン!
とお嬢様が床に手をついた。これはいよいよ怒っている。何故だ。ちゃんと謝辞を述べたのに。
「もう!だから私が言いたいのは、いい加減他の男ばっかり見るのは止めろってこと!」
お嬢様は何を言っているんだろうか?
ぽかんとしている私に向かって、ついにお嬢様が叫んだ。
「だから、私はアニーが好きだって言ってるの!いい加減気付くでしょ!?」
そんな馬鹿な!気付く訳ないでしょ!
次回7/9(木)18:00更新予定です。




