お嬢様と私の恋愛争奪戦(前)
玄関から騒がしい音が聞こえてきた。どうやらお嬢様がお帰りになられたようだ。お嬢様付メイドの私は急いでお迎えに上がる。
「ただいま~。遅くなってごめんね。」
お嬢様は酔狂にも、蒸気自動車とやらを好まれる。その騒音のお陰で、お嬢様のお帰りはすぐにわかるのだ。
「着替え手伝って。ドレスが苦しい。」
本日お嬢様は、王太子殿下に呼ばれて王宮へ参内していた。なんといってもお嬢様は、王太子殿下の愛人(!)なのだ。当然服装も豪奢なものとなっている。
「ドレスだけですよ。下着は自分でお着替えください。パジャマはここに置いておきます。」
「アニー冷たい!」
どうもこの方は、私が妙齢の女性だということを忘れている気がする。
お嬢様がドレスを脱ぐのをお手伝いし、早々に部屋を辞すことにする。
「じゃあアニー、おやすみなさい。また明日起こしに来てね。」
「すみませんがお嬢様、明日は私、お休みを頂いております。」
そのためにこそ、今日は早く仕事を上がろうと思っていたのだ。
「え!聞いてない!」
お嬢様が騒ぎ始めた。
「女中頭には許可を得ております。」
「でもアニーは私のメイドなのに!何で休むの?明日何するの?」
「……街に、買い物にでも。」
「じゃあ私も行く!絶対行く!」
言うと思った。だからお嬢様に言うのは嫌だったのだ。
「それでは私の休みになりません。」
「別に世話してくれなくていいから!隣にいるだけだから!約束だからね。置いていっちゃ駄目だからね。」
私は渋々頷いた。明日の分も給与を頂かねばやっていられない。出勤扱いにしてもらえるよう女中頭に交渉、と頭の中にメモする。
「じゃあまた明日ね!」
可愛く手を振るお嬢様に一礼して、退出した。
お嬢様と私、アニー=ワイズマンは、もともとは幼馴染みである。
豪商アンブローク商会に生まれたお嬢様とは、幼い頃はよく泥まみれになって一緒に遊んだ。私の実家はアンブローク商会と取引のある、普通の商家である。
年頃になり、余所に勤めに出されることになった私に、お嬢様は自分のもとで働くよう声を掛けて下さった。
当時は大変感謝したものである。
今は大変後悔している。
翌朝。それでもお嬢様を置いていこうと画策していた私だが、残念ながら玄関には腕組みしたお嬢様が、壁にもたれ掛かって待機していた。
「おはようございますお嬢様。こんなに早く起きられるなら、毎朝私が起こしに伺わなくても大丈夫ですね。」
つい嫌味が口から出る。
「今日はアニーとお出かけだから、張り切って目が覚めちゃった。明日からは絶対無理。」
私は溜め息をついた。
「じゃあ早速自動車を手配し」
「自動車では行きませんよ。」
あんな目立つものでなど絶妙に行きたくない。アンブローク商会のお嬢様ここにあり!と触れ回っているようなものだ。
「乗り合い馬車で行きます。それが嫌ならお嬢様はお留守番です。」
勿論街には乗り合い馬車で行った。
お嬢様は簡素な装いでも、その美しさから大変目立つ。流石は化粧品で王室御用達の称号を持つアンブローク商会の歩く広告塔。行き交う人々の視線を自然と集めている。
だがお嬢様は、群衆の視線を気にも止めず、街を楽しんでいる。
「見て。あのドレス、アニーに似合いそう!買ってあげる。」
「どこへ着ていくんですか。」
「ほらあの髪飾り、アニーの綺麗な髪にぴったり!買ってあげる。」
「付ける機会がありません。」
しかもやたらと物を買い与えようとしてきて困る。
とそこへ、若い男性がやってきた。
「アニー、おはよう。会えると思ったんだ。」
爽やかに片手を上げて挨拶する茶髪の男。彼こそが、私の会いたくて会いたくなかった人、騎士のスティーブだ。今日は彼も非番のため、私服姿である。
「あれ、アニーも今日は非番って言ってたよね。そちらの方は……」
「初めまして、ミスター・スティーブ。私、アニーの主人をしておりますリリーと申します。」
私が口を出す前に、お嬢様がしなを作りながらスティーブに話し掛ける。
「アニーのお友達かしら?素敵な方ですのね。私も貴方とお知り合いになれて嬉しいですわ。」
そう言ってお嬢様はスティーブの手を取り、意味深にわらいかける。
だから嫌だったのだ。
私の恋は、また始まる前に終わりを迎えるらしい。
私がお嬢様と街に来たくなかった理由。それはお嬢様が、私の恋人候補をことごとく奪っていくからなのだった。
次回7/8(水)18:00更新予定。




