8、部屋
「ドラセナ様」
部屋に戻る途中、町や中庭でグレンの側にいつもいた従者が声を掛けてきた。
「あなた……」
「私は王宮近衛兵長ガレス・クロイツェルと申します。名乗るのが、遅くなりました」
ガレスと名乗った従者は、大きな箱を持ちながら、深々と頭を下げた。
「いえ。私に何か用?」
「グレン陛下から、ドラセナ様への贈り物を預かって参りました。お部屋まで、ご一緒してもよろしいですか?」
「いいけど、……贈り物って」
「その……またドレスを選んだと……」
ガレスの歯切れの悪い言い方と表情で、ドラセナは嫌な予感がしたが、頷いて歩き出した。
ドラセナについていくガレスの表情が、険しくなる。
「ドラセナ様のお部屋は、本当にこちらなのですか?」
「そうだけど?」
「ですが、こちらにある部屋は……」
「ドラセナ様ー! 枕、買ってきましたー!」
メルの大きな声がガレスの声をかき消した。メルは枕を抱えて、走ってきた。
「大声出さない。バタバタ走らない」
「ごっ、ごめんなさい」
「ごめんなさいではなく、申し訳ありません」
「はっ、はい」
メルはドラセナに指摘され、体を直立させる。
「あの、こちらの方は?」
「王宮近衛兵長。グレンからの贈り物を、届けに来てくれたの」
「それなら、それ私が持ちます! お疲れ様です」
メルは素早くガレスから箱を奪い取ると、ドラセナの部屋へ入っていった。ドラセナはため息をつき、呆然とするガレスに頷いてみせる。
「とりあえず、グレンにはお礼言っといて」
そして、ガレスを置いて部屋の戸を閉めた。
ドラセナは、箱の中身を開けて、頭を抱える。中には、リボンだらけのショッキングピンクのドレスが入っていた。
「センスどうなってるの……」
「わあ、可愛いドレスですね」
「センスないのが、もう一人……」
真っ黄色の枕カバーを広げているメルを横目で見ながら、ドラセナはため息をついた。
魔法使いの執事長に、勘づかれてから、数日経った。ドラセナは、構わず図書室に通い詰めた。
「レイモンド王の時代、裏切ったり、反感持ってた勢力はないの?」
ドラセナは歴史書を捲りながら、執事長に聞いた。
「そんな畏れ多いこと……」
「秘密裏に動いてたら、一介の使用人風情が把握するわけないわよね」
「よくおっしゃいますな。それに、あの時代はヴァルドール家を筆頭に、四大公爵家がこぞって貧民救済や病院設立に力を入れていた時代です」
「外面は良くて、中は内戦でズタボロだったのにね……」
「……そんな怪しい発言をされていて、私が陛下に密告すると思われないのですか?」
「あら? あなたは私にきまりが悪いはずよ?」
(使用人の部屋に住まわせてるんだから)
しかし、執事長は不思議そうに首を傾げた。
「ドラセナ!」
王宮図書室から出ると、グレンが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「やっと会えた! 仕事が片付かなくて、ガレスが逃がしてくれなかったんだ」
「……そういえば、お久しぶりですね。会えなくて寂しかったです」
「ああ! 私もだよ! 丁度、ドラセナに見てもらいたいものがあったんだ!」
「何ですか?」
「君の部屋で話せないか?」
「良いですけど、何もおもてなしできませんよ?」
「構わない」
急に、グレンは真面目な顔になった。
ドラセナは、グレンを部屋に入れた。
「そちらにお座りになって下さい」
ドラセナは、メルが作ってくれた座布団が乗せられた木の椅子を示す。しかし、グレンは立ちすくんでいた。
「この部屋は……」
「ああ、メルが絨毯替えましたが、私は了承済みです」
「いや、そうじゃなくて……」
「座布団も、針がないか隅々まで確認させたので、ご安心下さい」
「だから、そうじゃなく、この部屋は使用人用の部屋じゃないか!」
「そうね」
「知ってたのか!?」
「雨風を凌げれば良いので」
「ガレスに聞いて、まさかとは思ったが……。誰だ!? 君をここに連れてきたのは!?」
侍女長も含め、メル以外の使用人皆視線を逸らす。
「それは……」
ドラセナは言いかけて、考える素振りを見せる。メルは不安そうにドラセナを見る。
「ドラセナ様、隠さずありのままを話されるべきでは……」
「当たり前でしょ。私が、彼らをかばってあげる義理はないわ」
ドラセナは、青ざめた使用人達を指差していった。グレンは、彼らに向き直り、怒りを露にしていた。
「残念だよ。私の婚約者をこのような扱いをしたのか……」
グレンは深呼吸して、ガレスの方を見る。
「後で、執事長も呼べ……」
ガレスが部屋の扉を開け、近衛兵達を呼び、使用人達を連れていかせた。
グレンは、メルの方を見る。メルはビクリと硬直する。
「この侍女は? 今まで見かけたことないが……」
「2週間前に、城で雇われたばかりらしい町娘よ」
「そんな者を、ドラセナの侍女に?」
メルはうつ向く。
「礼儀もなってないし、不器用で物覚えも悪いけど、今後投資したら化ける人材だと思うわ」
ドラセナはそう言って、椅子に座り机の花瓶を見つめていた。
メルは目を潤ませる。
「わかった。このまま、ドラセナ付きの侍女を任せる」
部屋がノックされ、執事長が不思議そうに入ってきた。
「陛下、使用人の部屋で何かありましたか?」
「ほう。その使用人の部屋に、我が婚約者を住まわせていたのか?」
「ここが、ドラセナ様の部屋!?」
執事長は、驚いた顔をする。
(あら、これは侍女長の独断だったのね)
「お前が指示したのではないのか?」
「めっそうもありません! ドラセナ様の部屋は、賓客用の部屋を用意させました」
「だが、ドラセナはこの部屋に住んでいた。それを、お前は把握していなかった」
執事長は青ざめる。そして、ドラセナの方を見て、土下座をした。
「申し訳ありません! まさか、こんな仕打ちを受けられたのに、私にあんなに穏便に接していただいていたとは……」
「別にいいわ。今後同じようなことが起きないなら」
「ドラセナ!?」
驚くグレンを無視して、しゃがんで執事長と目線を合わせて、執事長にしか聞こえない声でそっと言った。
「今回は庇ってあげる。だから、今度過去の国の帳簿を見せなさい」
「そっ、それは私の権限では……」
「あなたの人望と、魔法があれば上手く持ち出せるはずよ」
執事長は口をパクパクさせたが、ドラセナの目を真っ直ぐ見つめ、小さく頷いた。
「ドラセナ、君を侮辱したようなものなんだぞ?」
「間違いは誰にでもあります。それで、あなたの忠臣を一人失うのは勿体ないです」
そう言うと、グレンは感動していた。




