7、王宮図書室
犬が、どこかに駆けていくのを見送り、グレンはドラセナの方に向かい直った。
「ところで、ドラセナ。今朝、君に贈ったドレスはどうだった?」
「……ありがとうございます。大切に保管しております」
「着てくれないのか?」
「……分不相応ですわ」
「そんなことない! 君には、それだけの価値がある」
「……勿体ないお言葉です」
「今度、着てるところを見せてくれないか?」
「……」
「兄上は、女心分かってないなー」
言葉を濁したドラセナの代わりに、レオンが言う。
「ドラセナは、遠回しに着たくないって言ってるんだよ。きっと、好みじゃなかったんだよ」
にこやかに言うレオンとは対照に、周囲は固まった。
(褒めてやりたくなるけど、あまりにもコイツ直球過ぎる!)
グレンはゴクリと唾を飲む。
「ドラセナ……、ひょっとして装飾が足りなかったか? やはり、宝石を散りばめた方が良かっただろうか?」
(間違ってる!)
「兄上、着たくもないってことは、色が好きじゃないとか、ドレスのデザインが好みじゃなくて、着ている自分を想像できないやつだって」
(間違ってはいないけど! てか、何でコイツはわかってるのよ!?)
ドラセナは平静を装う。
「失礼しました。大切にしているのは、本当です。ですが、好みとは違う物でしたので、いつか機会があれば……」
「そっ、そうか。ドレスがないのは困るだろうから、また別の物を贈ろう」
グレンは、ショックを受けたように、足取り重く去っていった。
「兄上も馬鹿だなー。こういう時は、一緒に選びに行こうとか言えば、ポイント高いのに」
「あなたも、大概よ」
「えっ? 俺、変なこと言ったか?」
ドラセナは、レオンを振り払って、一人で図書室まで来た。
「おや、聖女様。またいらしたのですね」
中には、この間あった魔法使いがいた。
「ええ。調べ物をしたくて」
「どういったものでしょうか? 棚まで、ご案内しましょう」
「ありがとう。この国の貴族について、何かないかしら?」
「それなら、こちらです」
魔法使いは、奥の棚から分厚い本を引き出す。
「これが、立国してから現在までの貴族を総まとめした物です。初代の4大公爵家を初め、男爵まで漏らさず書いております。他は、年代ごとに分けられておりますが、王妃となられるお方なら、全て知っておく方がよろしいかと……」
(やっぱり、グレンとの婚約の話は知っていたのね)
ドラセナは頷き、本を受け取る。
「ええ、これでいいわ。部屋に持っていってもいい?」
「構いません。いつ頃、読み終えられますか?」
「……5日後には返すわ」
ドラセナは、探るような魔法使いに背を向け、颯爽と戻っていった。
「ドラセナ様、最近あまり寝てないのですか?」
朝の身支度に来てくれたメルは、心配そうに声を掛ける。
「問題ないわ」
「寝心地良くないですか?」
「まあ、枕はそば殻の方が好きだけど……」
「買ってまいります!」
「あっ、ちょ……」
止める暇もなく、メルは戸をバタンと出ていった。
「戸は静かに閉める、でしょ。それに、今から行ってもまだ開店してないでしょうに……」
ドラセナは一人呟いた。
図書室には、また魔法使いがいた。ドラセナが本を返しに来たのを、目を細めて見る。
「5日で全部、読まれたのですか?」
「ええ」
「507年、ある公爵に就任した者の名前を言えますかな?」
「クロイツェル公爵家ですね。エドガー・クロイツェル。公爵家の子息で次男だったけど、長男が病気で亡くなり急遽継ぐことになった」
魔法使いは目を見開いたあと、ニッコリと笑った。
「さすがです。こんな、難しい字も難なく読めるなんて、ドラセナ様は高度な教育を受けてらしたのですね?」
ドラセナはハッとする。
(そういえば、古い年のものは旧字体が使われてた)
「聖女の力を持つ者は、エルシア王家の血筋に現れることが多いと聞きます」
「その血以外にも、治癒魔法の使い手はいますよね?」
「ええ。ですが、貴族では稀です。……何故、陛下に近づいたのですか?」
「私を見つけたのは、グレン……陛下の方よ。婚約の交渉も、彼からしてきた」
「誘惑したのでは?」
「私みたいなのが、誘惑できるとでも?」
「ですが、陛下は端から見てもあなたにメロメロです」
「その理由は、私も本当にわからないわ」
「恋は盲目なのでしょうか」
ドラセナは苦笑した。
「で、あなたは何者なの?」
「私は、この王宮の魔法使い兼、執事長を務めております」
「この城の使用人達の態度は、あなたが指示したからなのかしら?」
「私は、あなた様の言動に注意を払うよう指示しただけです。態度については、各々の意思でしょう」
「まあ、いいわ。でもね、グレンは、私に惚れている。だから、グレンに何を言おうと無駄よ」
「陛下に危害が加わるようであれば、この身を捨てようとも、あなたを放り出します」
魔法使いが険しい表情で言うと、ドラセナは微笑んだ。
「グレン、良い部下持ってるじゃない」
魔法使いはそれを聞いて、目を見開いた後、少し表情を緩めた。




