6、王弟
自室で朝の身支度をしていると、メルが大きな箱を運んできた。
「ドラセナ様、グレン陛下からの贈り物です」
ドラセナはそっと蓋を開ける。箱の中には、真っ赤な派手なドレスが入っていた。
ドラセナはため息をつき、そのまま箱を閉める。
「……メル、クローゼットにしまっておいて」
「あれ? 着ないんですか?」
「自分が着てるところ、想像つかないわ」
「そうですかー?」
メルは残念そうに、片付ける。
ドラセナは、王宮図書室に向かった。
(あの魔法使い、いないと良いけど……)
廊下を歩いている途中、後ろから声をかけられた。
「お前が、国王の婚約者か……」
身なりの良い青年が、馬鹿にするように見ていた。
「そうですが、何か?」
「聖女なんだってな? もっと、清楚系女子を想像してたんだが……」
「そうですか。それは、想像力が足りなかったのですね。想像力じゃなくて、妄想だったのでは」
「なっ!?」
青年は睨みを利かせる。
「俺が、誰だかわかってての物言いか?」
「あなたに、興味ありませんので」
「俺は、現国王の弟。レオン・アルディアだ!」
「そうですか。ごきげんよう、王弟殿下」
ドラセナの仕草は、マナーとして完璧だが、冷めた言葉が癇に触ったようで、王弟・レオンは顔を真っ赤にする。
「舐めた態度を! 王族を蔑ろにして、罪を問われたいのか!」
「生憎、聖女は独自の地位をいただいておりますので、余程の不敬ではないかぎり、裁くことはできないはずです」
(とはいえ、王位継承権第二位。警戒するに越したことはない)
「十分な不敬だろ!」
「……どこがですか?」
「えーっと……。そうだ、俺に冷たい!」
どや顔で言うレオンに、さすがのドラセナも開いた口が閉まらなかった。
(こんな馬鹿が、私の国を滅ぼした黒幕なわけない! ……いえ、演じてるだけかもしれないわ)
「では王弟殿下が、私に何か御用ですか?」
「用? ……いや、その……、俺の存在、誰も話してなさそうだったから……、覚えてもらおうかと思って……」
(心から、こんな小者が目的の人物じゃないことを望むわ)
ドラセナは小さくため息をついた。
「王弟殿下のこと、しかと覚えました。それでは、先を急ぎますので失礼します」
ドラセナはお辞儀をして、去ろうとした。すると、レオンが付いてくる。
「どこに行くつもりだ?」
「……ただ、散策しているだけです」
「俺が案内してやろうか?」
「一人で探すのも楽しいので」
「なあ、中庭には行ったか? 階段が、ちょっと分かりにくいところにあってな」
「中庭……」
ドラセナは、中庭までの行き方が、わからなかったのを思い出す。
「じゃあ、行ってみるか?」
「王弟殿下……、お暇なんですか?」
レオンはまた顔を赤くする。
「無礼な! お前が客人として招かれたと聞いたから、案内してやろうと思ってだな!」
「お願いします」
レオンは慌ててドラセナを追い越し、前を歩き出した。
中庭は、意外と手入れが行き届いていた。
「あっちには翡翠の噴水があって、その向こうは東屋だ。で、こっちには薔薇園がある。昔は金の温室があったんだが、兄上が金を取っ払ったんだ。この城の目玉みたいなところだったから、三大公爵と揉めてたんだよ。で、公爵達に兄上の行動の真意を聞かれたから、金を売ってダイヤの温室作るんじゃないかって、答えたんだ。公爵達は納得してたけど、結局兄上は国庫に納めて、公爵達には騙されたと怒られたんだ」
レオンは、ずっと喋りながら歩く。
(計算しての言動だったなら、これ程恐ろしい存在はなさそうね。おそらく、違うだろうけど)
ドラセナは薔薇園に入ると、遠くから呼ぶ声が聞こえた。
「ドラセナ!?」
見ると、書記官と従者を連れたグレンがいた。
「こんな所で会えるなんて、何て運命」
グレンは、持っていた書類を放り出しこっちに駆け寄ってくるが、ドラセナは地面に落ちる前に書類を全部拾い集めた従者が気になっていた。
「仕事中じゃないの?」
「少しくらいの休憩は必要さ」
グレンはレオンに目をとめる。
「あっ……、兄上」
レオンの顔が強張っていた。
「何で、レオンといるんです?」
グレンの目が厳しくなり、声のトーンも低くなる。レオンの顔が青くなる。
「暇だったので、中庭を案内してもらってました。使用人達は忙しそうだったので」
「なるほど」
「そんな! まるで俺が暇人みたいな……」
グレンは今度は笑い、レオンも少しホッとした顔をした。
ふと、ドラセナは足元に気配を感じた。
「わん!」
黒い小さな犬が、尻尾を振ってドラセナを見上げている。
「犬? 城で飼ってるの?」
表情を変えずドラセナは、しゃがむと両手で犬をワシャワシャと撫でた。
「ああ。私が即位して間もない頃、気づいたら庭にいたから、特に害もないしそのままにしてる」
「一国の王が、そんなんでいいの?」
「特に、苦情とかないから大丈夫」
「そう。……名前はあるの?」
「あるのか?」
グレンはそのまま、レオンに質問を投げる。
「知らないよ。俺は『犬』って、呼んでる」
グレンは少し考えて、ドラセナの方を見る。
「ドラセナがつけて良いぞ?」
「……じゃあ、私も犬でいいわ」
「そうか。それでいいな」
犬は、少しショックを受けた顔をした気がした。




