5、過去
「それでは、今日は帰らせてもらいますー」
メルは、ヨロヨロしながら、戸口に向かう。
「そういう時は、おいとまさせていただきます。あと、語尾は伸ばさない。明日は茶葉の蒸らし時間を間違えないように」
「はいー」
「だから、伸ばさない!」
メルは半泣きで部屋を出ていった。
ドラセナはため息をつき、ベッドに横たわる。メルが替えてくれた、パリッとした白いシーツが、心地よい。
ドラセナは胸元に硬いものが当たり、懐に入れていたナイフの存在を思い出した。
ドラセナは、錆びたそのナイフを握りしめながら目を閉じた。
幼いドラセナは、ローゼンベルク公爵の屋敷に走って帰ってきた。
「お父様、お母様、ただいま!」
「まあ、ドラセナ! また国境の森に行っていたの?」
「はい!」
「最近、隣国がきな臭い。危ないから、しばらくは控えなさい」
「……はい」
ドラセナが頷くと、公爵は首を傾げる。
「今日は、やけに素直だな?」
「実は、今日森で怪我をして追われてる貴族の男の子に会ったの」
「何だって!?」
公爵と婦人は顔を見合わせる。
「あなた、この情勢で命を狙われる幼い貴族って……」
「隣国……アルディアの王子か……」
そう話している時、城下町の警鐘がけたたましくなった。
「何!?」
婦人は、ドラセナを抱き寄せる。
「まさか、アルディアの奇襲か!?」
剣を握った公爵を、婦人は不安そうに見つめる。
「あなた……」
「私は、城へ行く。お前は、ドラセナと逃げなさい」
「あなたも……」
「私は、エルシア王に忠誠を誓った身。この国を離れる訳にはいかない」
「お父様……」
ドラセナは、震えながら声を掛ける。公爵は笑って、ドラセナの頭に手を置いた。
「私は大丈夫だ。……いいか、ドラセナ。お前はエルシア王家の血を少し引いて、人を癒し助けられる治癒魔法が使える。しかし、その反対に人を傷つけることがあれば、その力は失われてしまう。その力はとても希少で大切なものだが、もし……お前に危害が及び、人を傷つけなければいけない場面がくるかもしれない。その時は、まず自分を優先するんだ。私は、お前の無事が一番大切だ」
公爵はそう言って、ローゼンベルク家の紋章が入った、銀のナイフをドラセナに握らせた。
「愛してる」
公爵はそう婦人とドラセナに言い、屋敷を出ていった。
ドラセナ達は準備をし、馬車に乗り込もうとした。しかし、いきなり婦人がドラセナを庭の茂みに突き飛ばした。
「お母様?」
「ドラセナ、守護魔法はマスターしてるわね?」
「はい」
「それを自分にかけときなさい。そして、安全が確認できるまで隠れておきなさい。賢いあなたなら、できるわね」
「お母様?」
いきなり、馬車が倒れた。敵国の兵が雪崩れ込んでくる。
「ローゼンベルク家を見つけたぞ!」
「急げ! 本隊が来る前に終わらせるぞ!」
「おい! 誰かいるぞ!」
兵達が、婦人を見つける。
「夫と娘の不在時に、とんだお客さんだこと」
「公爵婦人か!?」
「構わん、やれ。我々の動きは、バレるわけにいかないのだ」
兜で顔は見えないが、一人の男が指示を出した。
ドラセナは、その目で公爵婦人が敵に刺されるのを見てしまった。体が震え、動くことができない。幸い、兵達は茂みのドラセナに気づくことはなかった。
屋敷を荒らされ、使用人達も皆命を奪われ、金品を持ち去られていく。
幸い、兵達は茂みのドラセナに気づくことはなかった。
「おい、王軍が着いたようだ。さりげなく、合流しろ! 証拠を消していく」
そう言って、指示者は最後に屋敷に火を放っていった。
ドラセナは、その男の剣に薔薇の紋章を見た。
(エルシアでは見たことない紋章……?)
その日、エルシア王国は、隣国・アルディア王国との戦で滅んだ。国民も、生き残った者はほんの一握りだった。
ドラセナは、ナイフを握り締めた。
(許さない、許さない、許さない、許さない!)
ドラセナは、幻影魔法で髪と瞳の色を変えた。
復讐のために。




