18、復讐
ドラセナは、中庭に向かって走っていると、誰かとぶつかった。
「うわっ。ドラセナ、もう大丈夫なのか?」
グレンが、体勢を直しながらドラセナに優しく聞いてきた。
何も言わないドラセナの手に、ナイフが握られているのを見て、眉間に皺を寄せる。
「ひょっとして、犯人がわかったのか?」
「ええ」
「誰なんだ!?」
「……アーヴィン・ヴァルドールよ」
グレンは目を見開いた。
「うそ……だろ……」
「アルディアの英雄、ずっと疑ってなかった。だけど、資料で家紋を見たの。あの日、私の屋敷を襲った奴の剣の紋章と同じだった!」
「知らなかった……。ドラセナ、すまない。そんな人だったとは……。本当に申し訳ない……」
グレンは目を伏せる。
「あなたが謝ることじゃないわ」
「ドラセナ、ヴァルドール公爵は亡くなって、家ごと廃門になっている」
「知ってるわ」
「だから、復讐は……」
「するわよ」
「えっ?」
「この手で、息の根をとめるわ!」
「まさか!」
ドラセナはまた走り出した。グレンは慌てて追いかける。
中庭につくと、ドラセナは大声を出した。
「犬! 出てきなさい! 私を、アーヴィン・ヴァルドールが生きている時代に連れていきなさい!」
「……くーん」
ドラセナの足元に、不安そうに見上げてくる犬が現れた。ドラセナは、犬に魔力を送ると魔法陣になった。
グレンが追い付いてきた。
「ドラセナ! 人を傷つければ、聖女の力を失うんだろ!? そして、その魔法陣は聖女の力で発動すると執事長から聞いた」
ドラセナは立ち止まり、じっとグレンを見つめた。
「それで……、過去で人を傷つけたら、魔方陣は閉じ、過去に閉じ込められるんじゃ……」
「グレン」
ドラセナは微笑む。
「ありがとう」
ドラセナはそう言うと、魔法陣に飛び込んだ。
「ドラセナー!!」
グレンは魔法陣に手を伸ばすが、見えない力で弾かれる。
「ドラセナ! お願いだ! 戻ってきてくれ!」
グレンは魔法陣に向かって、叫び続けた。
ドラセナは、知らない屋敷にいた。辺りは、業火に包まれている。人々は脱出を心掛け、炎に中へ消えて行く。
「ここは? それに、この炎……」
ドラセナは、煙を吸い咳き込みながら周囲を見回す。
薔薇の家紋見つけてドラセナは納得した。
「ここが、ヴァルドール公爵家。そして、これが滅んだ原因」
ドラセナは火の粉も気にせず、屋敷の中を駆け出した。
(どこ!? どこにいるの!?)
寝室、居間、客室一つ一つ部屋を見ていく。
(いないの!?)
どこからか獣の唸り声が聞こえた。
(犬……? 下から?)
地下室に降りる階段を見つけ降りていった。
そこには、黒い巨大な犬に噛みつかれている男がいた。町の広場の像で、何回も見た男。
「アーヴィン・ヴァルドール!!」
ヴァルドール公爵は、呻き声をあげている。体中火傷や、噛み傷や引っ掻き傷で血塗れだった。
「たっ、助け……てくれ……」
巨大な犬は、ドラセナに気づくと、公爵を放し一歩下がった。
(これが、犬の本来の姿……? 魔法陣の聖獣……)
ドラセナはゆっくり近づく。大量の血を流した公爵はぐったりして、虫の息だ。
「アーヴィン・ヴァルドール。答えなさい。かつて、レイモンド・アルディアを唆しエルシア王国を襲わせ、それに便乗してローゼンベルク公爵家を襲ったのはお前か!?」
「……そ、んな……、昔……のこと……」
「言え!」
ドラセナは、公爵の喉元にナイフを突き付ける。
「そう……だ」
「何故、英雄と呼ばれてたお前がっ!」
「……私、は……英雄では、ない……」
公爵は血を吐きながら、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「何故、ローゼンベルクを! 何故、エルシアを!」
「ロー、ゼン……クは、いちば……財……持って、から……。エルシ……アは、か……こ……に戻……魔法じ……ん」
「何故、財が必要だったんだ!?」
「アル……ディアの……民を、ゆた……かに、するため……」
「なっ、なら魔法陣は!?」
「過去……に、戻れたら、アル……アが、酷く……なる前に……すく、える……。レ、イモン……ド王にも、過去を変え……ば、病に、ならない……と、言って……」
「つまり……過去を変えてアルディアを救おうとしたの?」
「ああ……。だが、……発動、の仕方が……、分からず……、数年ずっと……調べ、やっと……叶えられる……思ったが……」
「……馬鹿ね。魔法陣は、聖獣に守られている。資格がない者が使えば、こうして何もかも滅びるのよ」
「本当……、ば、かだった……。ただ……、お……ぜい、犠牲を……出しただけ……だ……」
ドラセナは、ナイフを握りしめた。公爵の息は、もう絶えそうだった。炎も、だんだん迫ってきている。唯一の退路の階段も、もう既に炎に飲まれていた。
(どうせ、もう戻れない。復讐するなら今しかないっ!)
ドラセナは、ナイフを振り上げた。
「ドラセナ!」
遠くでグレンの声が聞こえた気がする。
「ドラセナ! どこにいるんだ!?」
ドラセナはナイフを、喉に突き立てる直前で止めた。
「ドラセナ! 返事をしてくれ!? 無事なのか!?」
グレンの声は、巨大な犬から聞こえていた。
「そっか……。あなたも、魔法陣なのよね……」
(今こいつを消したら、もう私は聖女の力を使えなくなる。そしたら、もう完全に元の時代に戻れなくなる)
ドラセナのナイフを持つ手が震える。
(それでも構わない! 例え、ここで命を落としたとしても、もう未練なんてないっ!)
「ドラセナ!!」
(未練なんて……)
脳裏には、ここ最近の記憶が甦る。グレン、レオン、メル、ガレス、色々な人の顔が思い浮かんだ。
(何で……)
「何で……、思い出しちゃったんだろう」
カラン。
ナイフが音を立てて落ちた。ドラセナの頬には、涙が伝っていた。ドラセナは震える手で、巨大な犬に手を伸ばし、顔を撫でた。
公爵は、もう動かなくなっていた。




