19、白の王妃
ドラセナが目を開くと、そこはよく知るアルディア城の庭だった。ドラセナの足元には、不安そうに見上げるいつもの小さな犬がいた。ドラセナは、安心させるかのように、そっと撫でてやる。
「ドラセナ……」
グレンが近づいてきた。
「…………」
ドラセナは、黙ってグレンを見つめる。
「おかえり」
グレンが微笑んだ。
「……っ!」
ドラセナの瞳から、涙が一つ落ちた。そして、堪えきれず溢れ出す。
「うっ、わああああぁ……!!」
声をあげて泣き崩れるドラセナを、グレンは優しく抱き締めた。そして、いつまでも黙って背中を撫で続けるのだった。
温室のベンチで、二人並んで座った。
「アーヴィン・ヴァルドールは、アルディアの財源欲しさに、ローゼンベルク家を襲い、過去に戻って荒れたアルディアを直すために、エルシアの魔法陣を狙ってたようなの」
「魔法陣……。あの犬か」
「普段は、犬の姿をしているけど、聖女以外の者が使おうとしたら、たちまち聖獣の姿になって使用者を排除するの。私が行った時には、もう手遅れの状態だったわ」
「……そうか。何故、急にヴァルドール公爵家が火事になり、亡くなったのか納得いかなかったんだ。それによく思い出したから、あの犬はあの火災以降から、ここで姿を見るようになってたな……」
しばらく沈黙が降りる。
「わからないの。私にとって、アーヴィン・ヴァルドールは憎い仇だけど、あいつの正義で救われた人達もいる。この、気持ちの落としどころがわからないの」
「ああ……。私もだよ」
グレンは、両手で顔を覆う。
「とりあえず、広場名は変えて、そこの像は潰すか」
「……そうしてちょうだい」
「後は、歴史書にエルシア王国での略奪の記録と、それによって得た財の寄付だったことを付け加える」
「ええ……」
「あと、お手柄の犬にご馳走を用意するよう、料理長には手配しておく」
「ふふっ」
ドラセナはそこでようやく、小さく笑った。そして、頭をグレンの肩に乗せた。
「どっ、ドラセナ?」
グレンは、真っ赤になる。
「お願い、グレン。今日は、もう少し一緒にいさせて……」
(お父様……お母様……、復讐はできませんでした。これから、私はアルディアで生きていきます)
翌日、グレンは号外を出し、国中にヴァルドール公爵の略奪を知らしめた。英雄と呼ばれた男の所業に皆動揺していたが、グレンは容赦なく広場の像を潰した。
「こんなに早く手配してくれてありがとう」
「いや。書記官達にも、今、歴史書一つ残らず書き直させてる」
「あら、可哀想」
薔薇園でドラセナとグレンがそう話しながら散策していると、レオンがやってきた。
「兄上ー! 城下町の広場の像、潰したんだって? それなら、兄上とドラセナの像を建てて、ドラセナ広場とかどうだ?」
「良い案……」
「やめなさい!」
レオンの案に乗ろうとするグレンを、ドラセナは止める。レオンは、まだ話したそうにしていたが、「デート中だから」とドラセナは追い払った。
グレンはニコニコしている。
「ところで、ドラセナ。結婚式のことなんだが……」
「……ねえ、あなたは本当に私で良いの? 復讐のためにあなたを利用しようとした女なのよ?」
「でも、あの森で助けてくれたのは、復讐とは関係ないだろ?」
「昔の私と、今の私は違うわ」
「わかってる。それに、未来から解毒薬を取りに来た時、私のことを『大切な人』と、子どもの私に言っていたじゃないか」
「なっ……!?」
ドラセナは赤くなる。
「あれは、ああ言わないと、警戒心の塊のあなたに響かないと思ったから!」
「それに別れ際、私が必要だと……」
「もう言わないで……」
珍しくドラセナが恥ずかしがっていて、グレンはニヤニヤする。
「グレン様! 只今、納品されました」
ガレスがやってきた。
「今行く! ドラセナも来てくれ」
グレンはドラセナをエスコートして、廊下を歩く。
途中、執事長がやってきた。
「陛下、結婚式の予算出しました。この他に、魔法使い部隊で花火を上げるのはどうでしょう?」
「それ、いいな! ぜひ、その方向性で進めてくれ」
「かしこまりました」
「そんなに、気合い入れるもの?」
「当たり前だろ! 君は、ずっと捜し続けてたお嫁さんなんだ」
グレンはムキになり、ドラセナはやれやれと首を振った。
ある部屋の前まできた。
「実は、君のウェディングドレスをオーダーしていたんだ。気に入ってもらえると良いんだが」
ドラセナは身構える。
(さすがに、どんな奇抜な物がきても、今回は着なきゃ駄目よね……)
部屋の中では、メルと元侍女長が待機していた。
部屋の中心には、シンプルだけど細かく上品な刺繍が施された、マーメイドラインの白い美しいウェディングドレスが置かれていた。
「……綺麗」
ドラセナは、思わず呟く。
「数ある白の中でドラセナ様に似合う色を選ばれていて、美しさをより引き立てるドレスだと思います」
侍女長にまた昇進した、元侍女長がにこやかに言う。
「ええ……。素敵だわ」
「やっと……、やっと君に気に入ってもらえた」
グレンの瞳は潤んでいる。
「そんなに、ドレス選び気にしていたの?」
「今まで贈ったドレス、どれも拘って選んでたんだ」
ドラセナは、過去の贈り物のドレスを思い浮かべる。
「そもそも、よくあんな悪趣味なドレス売ってるお店があったわね……」
「えー、そうですか? グレン陛下が選んでくれたドレス、私の実家でデザインして仕立ててたものなんですけど……」
メルの発言に、ドラセナは開いた口が塞がらなかった。
結婚式は、派手に行われた。シンプルが良いドラセナだったが、グレンの熱量に敵わなかった。
浮かれて仕事のミスを連発するグレンの尻拭いに追われるガレスはすっかりやつれ、メルがお色直し用に持ってきた奇抜なドレスは全力で却下。ヘアメイクでは侍女長をはじめとする侍女たちの意見が真っ二つに割れ、誰よりも号泣するレオンには参列者がドン引きした。執事長率いる魔法使い部隊は花火を上げすぎて城下から苦情が届き、挙げ句の果てには、あの犬がリングドッグとして乱入してくる始末。
そんなトラブル続きの結婚式だったが、ドラセナは終始笑顔だった。
アルディア王国に、新しい王妃が迎えられた。黒衣の聖女は、白いウェディングドレスを着て王妃になった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
【ドラセナ達の後日談、少し書いてみました】
結婚式が終わり、ドラセナとグレンは部屋に戻る。
「思ったより、式って上手く進まないものなんだな」
「面白かったから、良かったと思うけど」
「犬とか、リングボーイから奪い取って、どや顔で持ってきたぞ」
「ふふっ。そうだ! 犬の名前、やっぱり変えてもいい?」
「ああ。元々、ドラセナに『犬』て名付けられたんだし。何て名前にするんだ?」
「エルシア、よ」
「良い名前だ」
グレンは微笑んで頷く。
「ところで、髪と瞳の色はどうするんだ? 元の色は違うだろ?」
「そういえば、結婚式も黒のままであげてしまったわね」
「ドラセナ、また元の姿見せてくれないか?」
「また?」
「私が子どもの頃見せてくれただろ?」
「ああ……」
ワクワクした表情のグレンを見て、ドラセナは苦笑する。
(私、この人には弱くなったみたいね)
ドラセナが幻影魔法を解き、銀髪と緑の瞳になった瞬間だった。
「陛下、ドラセナ様、すみませーん! 部屋に水差し置いておくの忘れてましたー」
いきなり扉を開けて、メルが入ってきた。そして、ドラセナを見て固まる。
「きっ、きゃー!?」
メルは悲鳴を上げた。
「グレン陛下! この女性は誰ですか!? 結婚式当日から、浮気なんてドラセナ様になんて酷いことを!」
「おっ、落ち着きなさい! 誤解だから!」
「男の人は、そう言い訳するって侍女長が言ってましたー」
メルの悲鳴を聞きつけ、数人集まってきた。侍女長とガレスは、グレンに冷たい視線を送る。瞼を赤く腫らしたレオンは、また泣き出す。
「兄上……、俺、兄上の初恋が実って、あんなに感動したのに……」
「どうしました!?」
執事長が入ってきて、ドラセナに目をとめる。
「おや、ドラセナ様。幻影魔法解くなんて、珍しいですね。……いや、野暮な話ですな……」
執事長の言葉に、一同目を丸くする。ドラセナは思わず笑う。
「良かった……」
グレンは腕を組み、頬を膨らませる。
「だから、私はドラセナ一筋だからな!」
グレンは、皆の反応に怒り、翌月の給料を少し減らしたという。
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改めまして、最後までお付き合いいただきありがとうございました。




