16、少年王子
気づくと、ドラセナはまた城の中庭に立っていた。しかし、ドラセナの知る城とは違い、寒々しく感じる。
東屋の方で人の気配がして、ドラセナはそっと近づいた。夜だというのに、少年が膝を抱えて座り込んでいる。
ドラセナの足音に気付き、少年はビクリとする。
「お前は誰だ!? 名を名乗れ!」
少年はドラセナを睨んできた。
「名を名乗るような者ではありません」
「俺が、アルディア王国の第一王子と知っての態度か!?」
(じゃあ、この子がグレンなのね)
「……私は聖女よ。だから、安心して下さい」
「聖女だと? 俺は幼い頃、聖女に会ったことあるが、銀髪で緑の瞳の可愛い子だったぞ! お前みたいな、カラスのような奴が聖女のわけない!」
(……コイツ)
ドラセナは、怒りを抑えるように深呼吸する。
「殿下。聖女と言っても、色々な人がいます」
「でも、俺が信用するのは、アーヴィンとクロイツェル公爵とガレスと、あとあの時の聖女だけって決めてるんだ!」
「……面倒くさいわね」
ドラセナはため息をつき、ボソッと言った。
「ああー! 俺のこと、面倒くさいって言ったー!」
「聞き間違いですよ。それより、殿下。殿下の母君から、解毒薬を受け取ってはいませんか?」
「しっ、知らない!」
少年グレンは、胸ポケットを手で押さえて、庇うように背を向ける。
(それじゃあ、胸ポケットにあるってバレバレよ……)
「お願いします。お譲りいただけませんか? 私の大切な人が毒で苦しんでいるんです」
「聖女なら、解毒魔法使えるだろ!?」
「基本なら……。ただ、上級解毒魔法は、勉強を怠っていたため極めておりませんでした」
ドラセナが苦しそうに答えると、少年グレンは少し迷いを見せる。
「でっ、でも……」
「母君の形見であるのは、理解しております」
ドラセナは片膝を折って、頭を下げた。少年グレンは、同情した顔をするが、まだ躊躇う。
ドラセナは困ったように笑った。
「……仕方ないわね。本当は、もう捨てた姿だけど……」
ドラセナはそう言って、指を鳴らした。すると、一瞬のうちにドラセナは、銀の髪と緑の瞳に変わる。幻影魔法を解き、本来の姿に戻った。
少年グレンは、目を見開く。
「以前あの森で、殿下に会ったのは私です」
「でも、あの子はこんな年増じゃなかったぞ!」
(……言ってくれるわね)
ドラセナは思わず拳を握るが、深呼吸し落ち着かせる。
「……未来から来たのです」
「未来から? 本当に?」
「はい」
少年グレンは、身を乗り出す。
「ねえ! 未来の俺はどうなんだ!? この城から、追い出されてたりしてないか……」
「……殿下は、とても優しく、賢く、強い、良い男になっていますよ」
ドラセナはそう言って、少年グレンの頭に手を乗せ、優しく微笑んでみせた。少年グレンは、ドラセナを見上げボーッとする。
「……ひょっとして、あなたは未来の俺のお嫁さん?」
「えっ?」
「だって、あなたは未来の俺に惚れているだろ?」
(……私がグレンを?)
ドラセナは一瞬動揺したが、平静を装う。
「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」
「やっぱりそうだ! 未来のお嫁さんなら、仕方ないからあげるよ!」
少年グレンは、薬をポケットから出した。ドラセナは安堵したように受け取る。
「ありがとうございます」
「これで、大切な人を助けるんだぞ。あと、勉強は怠らないように!」
ドラセナは苦笑した。
「肝に命じます。殿下の母君に負けないくらい、毒を勉強して、国一番の解毒魔法の使い手になります」
「ああ!」
ドラセナは、魔方陣に戻ろうとして、足を止める。
「……殿下。いずれ、あなたは重責ばかりの人生を歩むこととなります。もし陰謀に巻き込まれ、あなたに危害が及び、人を傷つけなければいけない場面がくるかもしれない。その時は、躊躇わず、ご自身を大切にして下さい。殿下は、私にとって……この国にとって、必要な方です」
そう言い残し、魔法陣へ駆け出した。
夜中だったが、グレンの眠る寝室の扉に駆け寄る。扉の前にはガレスがいた。
「ドラセナ様、こんな時間に……」
「お願い! グレンに会わせて」
必死なドラセナを見て、ガレスは黙って部屋の中へ通した。グレンは、力なく眠り続けていてピクリとも動かない。自力では薬を飲めそうになかった。
ドラセナは、薬を自身の口に含むと、そっとグレンの口に移した。
しばらく見つめていると、グレンがうっすらと目を開いた。
「グレン!」
「私の……お嫁さ……ん?」




