11、婚約披露宴
「まるで、雷が私達の婚約を祝福してくれてるようね」
婚約披露宴当日の朝。嵐で荒れる外を見ながら、ドラセナは呟いた。
「ドラセナ様……。貴族のパーティーの身支度の仕方なんてやったことないです……」
メルは困っていたが、ドラセナは動じた様子はなく、紅茶を飲む。
「適任者は廊下で掃除道具持ってるでしょ」
メルは不思議そうに部屋の扉を開けて、廊下を見ると、元侍女長と目があった。
「侍女長! そんなところで何してるんですか?」
「ドラセナ様の外出時に、掃除を済ませておくつもりで、待機してました。それと、私はもう侍女長ではありません」
メルは、元侍女長を中に引っ張ってきた。
「ドラセナ様が言っていた適任者って、侍女長のことですね!」
「ええ」
元侍女長は、片膝を折り頭を下げる。
「ドラセナ様の命令なら、地獄の果てまで掃除しに行く覚悟はできております」
「違いますー。ドラセナ様のドレスアップをお願いしたいんです」
元侍女長の発言に面食らいながら、メルはドラセナの今日着るドレスを見せる。
「この醜い私なんかが、ドラセナ様に触れてもよろしいのでしょうか……」
「今、この城で一番こういうことに詳しい人は、あなたでしょ? 夜のパーティーまでに、済ませて」
ドラセナがそう言うと、元侍女長は姿勢を正した。
「わかりました。ご期待に添えるよう尽力します。まずは、ドラセナ様に触れる前に、この身を清めるため、消毒液に浸かって参ります」
「えっ? ちょっ……」
元侍女長はそう言うと、止める暇もなく出ていった。メルは首を傾げる。
「あの方って、あんな感じの人でしたっけ?」
「躾済みよ」
メルは更に首を傾げた。
披露宴が始まり、ドラセナはグレンと共に入場し、大きな拍手で包まれた。
貴族が列をなし、次々に挨拶にくる。ドラセナは注意深く観察する。
(この国の貴族の名前は覚えたけど、顔と名前は一致しないのよね)
杖を付く音がした。
「グレン陛下、ドラセナ様。お久しゅうございます。この度は、ご婚約おめでとうございます」
以前会った三大公爵の一人・ルードヴィヒ・フェルンハルトがやってきた。
「ありがとう。フェルンハルト公爵が、こんな悪天候の中わざわざ来てくれるなんて思ってなかったよ。伯爵家も、欠席者が多かったのに」
「とんでもございません。陛下の婚約ほど、嬉しいものはございませんので、這ってでもくるつもりでした」
「嫌みか?」
「まさか」
フェルンハルト公爵は、怪しく笑って去っていった。
「フェルンハルト公爵は、亡くなったヴァルドール公爵と昔から仲が悪くて、私がヴァルドール公爵を信頼してるからか、私のやることなすこと小言を言ってくるんだ」
グレンは小声でそっと耳打ちした。
「そう……」
ドラセナは別のことで頭がいっぱいだった。
(フェルンハルト公爵の指輪、薔薇の紋章だった……)
ドラセナは、あの日のローゼンベルク家を襲った犯人の剣を思い出す。
「……ドラセナ」
心配そうなグレンの声で、ハッとし、首を振った。
(後で確認しなきゃ……)
次に、体格の良い剣を携えた貴族がやってきた。
「グレン陛下。この度は、おめでとうございます。ドラセナ様、お初にお目にかかります。ジーク・クロイツェルと申します」
「はじめまして」
「彼も公爵で、ガレスの父親だよ」
「息子が世話になっております」
「いえ、こちらこそ」
ドラセナは、クロイツェル公爵の剣の鞘を見つめた。
(こちらも、薔薇の紋章!?)
「悪路の中、来てくれてありがとう」
「いえ、前日から町に宿泊しておりましたので。それより、アイゼンヴァルト公爵は土砂で道が塞がれ来られないと……」
「仕方ないな……」
ドラセナは、グレン達の会話をボンヤリと聞く。
(あの薔薇の紋章……似てるけど、違うわね)
「ドラセナ様、私の剣が何か?」
クロイツェル公爵が、ドラセナの視線の先に気づいた。ドラセナが口を開こうとした瞬間だった。
ガチャン!
大きな音と共に、ホールの窓ガラスが割れ、強風や落ち葉や枝などが吹き込んできた。悲鳴があがる。
「皆、落ち着いてくれ! 控え室に……」
グレンが指示を出している最中、天井のシャンデリアの一つが大きく揺れた。金具が悲鳴をあげる。
「危ない!」
装飾の一部が落下してきた。下にいた貴族達を、ガレスが庇って深手を負った。
「ガレス!!」
グレンは、ガレスに駆け寄ろうとするが、ガレスが手で制した。
「こちらは、危険です。陛下達は早く、別室へ……」
周辺は、ガラスの破片だらけで、軽傷とはいえ、それで怪我した貴族達がうずくまって震えている。
「とんだパーティーだ……」
「縁起でもない……」
「呪われてるんじゃないか」
ボソボソとそんな声が聞こえ始めた。
「皆、早く控え室へ! 衛兵、誘導灯を! ドラセナも、早く控え室に行くんだ」
グレンはドラセナに言い残し、各扉を開くよう指示に走り回る。貴族達は大慌てで避難を始めた。
「本当に、私は呪われてるのかしら」
ドラセナは一人、ゆっくりガレスに近づいていった。
「ガレス、立てるか?」
クロイツェル公爵が、ガレスの腕を肩にかけようとしていた。
「待ちなさい。出血量が増えるわよ」
「ドラセナ様、こちらは危険です! それに、移動させないと……」
クロイツェル公爵を無視し、ガレスに手を翳した。すると、光がガレスの傷を包み込み、瞬く間に癒していく。
「これが、聖女の力。先代の第一王妃をかなり上回る……」
クロイツェル公爵は、目を見開いていた。
「ガレス、立てるわよね」
「はい。ドラセナ様、ありが……」
ガレスの礼も聞かず、ドラセナは背を向けて別の方へ歩き出した。
足を引き摺りながらヨロヨロと歩く、フェルンハルト公爵の前に立つ。
「これは、ドラセナ様。恥ずかしながら、ガラスを踏んでしまったようで……」
ドラセナは黙って、フェルンハルト公爵の手を取る。すると、光が包んだ。
「これはっ……」
フェルンハルト公爵は、足に力が入ることに気づいたが、その時にはもうドラセナはいなくなっていた。
ホールからやっと出てきたドラセナを見つけ、グレンは駆け寄ってくる。
「ドラセナ、何故すぐ避難しなかったんだ!?」
グレンは、少し怒ったように言う。
「あなたも、人のこと言えないでしょう? 陛下」
「大切な人を危険な目に合わせたくないのは、男のさがだ!」
グレンはドラセナの肩を掴んで強く言ったが、ドラセナは一瞬驚いた顔をした後、グレンの両頬に触れ微笑んだ。
「女もよ」
グレンが赤くなって固まったのを放置して、貴族達がいる控え室の戸をそっと開けて、中を覗く。中は、医療隊が怪我人の手当てをしている。
「貴族も使用人も怪我人は、この部屋で待機してもらっている」
「そう」
ドラセナは、戸の隙間から中に手を翳した。部屋全体が一瞬光る。
「今、光らなかった?」
「見て! 傷が消えてる!?」
「まさか、聖女様!?」
中の人々が、戸の方を見た時には、もうそこには誰もいなかった。




