10、帳簿
ドラセナは中庭で、犬をワシャワシャ撫でていると、ニヤニヤしたレオンがやってきた。
「ドレス選び聞いたぞ。兄上、相当ショック受けてたぞ」
「仕方ないじゃない。さすがにあれを着る勇気はないわ」
「兄上も、何であそこまでセンスないのかな……」
「……もしかして、グレンはわざと私に恥をかかせて何か企んでいるの……」
ドラセナが真剣に考えるのを見て、レオンは笑う。
「ないない。兄上は、あんたにゾッコンだよ」
「……やっぱり、そうよね」
「兄上、政略結婚以外でも、国内はもちろん外国の王族からも、結構縁談くるくらいモテたんだぞ」
「この歳まで、未婚だったのが不思議よね」
「顔良し、性格良し、文武両道の賢王が、結婚どころか恋人もいないことで、元老達が跡継ぎ問題で嘆いててな……。俺がいるから大丈夫って言ったら、涙を流して黙ったぞ」
「……」
(嘆きの涙ね……)
レオンは、犬を撫でようと手を伸ばした。すると、犬は唸り声をあげたので、手を引っ込める。
「この犬、全然人に懐かないんだ。唯一、兄上には威嚇しない程度だったんだが、あんたにはずいぶん懐いてるんだな」
ドラセナは、尻尾を振って見上げてくる犬を見つめる。
「わん!」
犬は何か見つけたように、どこかに走り去ってしまった。
ドラセナは図書室で、執事長がこっそり持ってきた国庫金の帳簿を隅々まで確認していた。大なり小なりの贅沢や不正はあるが、一先ず放っておく。
(エルシア王国……ローゼンベルク家から強奪した金品はどうなったの……)
それらしい金品の動きは見つからない。
(やっぱり、あの時の薔薇の紋章の貴族が、私腹の肥やしにしたようね……)
図書室の戸が開く音が聞こえ、ドラセナは慌てて帳簿を閉じ袋に隠す。
「ドラセナいるかい?」
入ってきたのはグレンだった。
「ここに……」
ドラセナを見つけ、グレンは笑顔で隣に座った。
「婚約披露宴の衣装、君のドレスと合わせてもらったよ! 僕なりに、君のドレスに合いそうなの選んだんだが、ガレスに止められて、レオンに選んでもらったんだ」
(うっかりしてたわ……。隣に立つ人の衣装が、可笑しなことになる可能性もあったんだわ。止めてくれてありがとう、ガレス、レオン)
ドラセナは顔をひきつらせながら頷く。
「図書室で、何か読んでたのか?」
「……ええ。歴史書とかを」
「君は本当に勉強熱心だな。今でも毒の治癒の勉強をしているのか?」
「毒? 私は、解毒魔法は苦手で、基本しか習得してないですわ」
「えっ? ……あっ」
グレンはハッとして慌てる。
「そっ、そうだったか! 何か勘違いしていたようだ」
「……ひょっとして、違う聖女のことと勘違いされていたのですか?」
「ちっ、違う!」
ムキになるグレンを見て、ドラセナは眉間に皺を寄せた。
(何か、隠してるのかしら?)
「それより、城の生活は慣れたか? しばらく、使用人の部屋に住まわせてしまったが……」
「別にあの部屋も悪くなかったわ。元々私、町娘だし……。野宿生活もしてたことあるし」
「町の治安は、そんなに悪いのか?」
町の治安を真っ先に気にするグレンを見て、ドラセナは優しく微笑んだ。
「あなたが王になってから、とても住みやすくなったわ」
グレンは、真っ赤になった顔を逸らしたが、ドラセナはそんな様子に気づいてなかった。
「あなたは、本当に良い王だわ」
ドラセナは、グレンが王になった頃の物から、帳簿に贅沢や不正は見当たらなかったのを思い出した。
「……私は、そんなに言われる程、良い王ではないと思う。今の地位も、皆から推されたわけでもなく、残虐な奪い方をした」
「あら、レオンは生きているわよ? 一番、地位を脅かす存在でしょう?」
「アイツは……、無害だよな……」
グレンは苦笑しながら言う。
「それに、町の復興や支援もガレスや執事長、ヴァルドール公爵の助言や支援があってのことだ」
「ねえ、町の広場の彫像や、城の中でヴァルドール公爵って聞くんだけど……」
「私が王に就任する時に、色々助けてくれたんだ。町の整備や病院や孤児院設立などに尽力し、英雄と呼ばれた。5年前、屋敷が全焼に巻き込まれ、公爵家一族は完全に途絶えてしまったが……」
「ふーん。惜しい人を亡くしたのね……」
「ああ」
そう言ったグレンの瞳は潤んでいた。




