12、ナイフ
「ドラセナ様、もう少しお休みになっては?」
朝の準備に来たメルが、心配そうに言ってきた。
昨夜の披露宴の後、ドラセナはとても疲れた様子で戻ってきていた。
「もう疲れは取れたわ」
ドラセナは、窓に目をやる。昨日の嵐とは打って変わって、快晴だった。
ノックの音がする。メルが出ると、執事長が立っていた。
「ドラセナ様、昨夜は、お疲れ様でございます。ドラセナ様にお客様がいらしているとのことです。もし疲れているようなら、客人を待たせるから、ゆっくりで良いと、陛下からの言伝です」
「わかったわ。……すぐ行くわ」
ドラセナは身支度を済ませ、客室に向かった。
中には、フェルンハルト公爵とクロイツェル公爵、そしてガレスが待っていた。三人とも、ドラセナの姿を見るなり立ち上がり、深々と頭を下げた。
「昨夜は、せがれの傷を治していただき、ありがとうございました」
クロイツェル公爵が言った。
「ドラセナ様、希少な治癒魔法を使っていただき、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
ガレスは頭を下げたまま言う。
「私も、ありがとうございます。決して、私に良い印象などなかったはずなのに、惜しみなく魔法を使っていただき……」
フェルンハルト公爵も続いた。
「別に……。ついでですから、礼には及びません」
ドラセナは興味なさそうにそっぽを向く。
(昨夜、治癒魔法を使う際、フェルンハルト公爵の指輪を確認した。……ローゼンベルクを襲った家紋じゃなかった。少し、探ってみようかしら)
ドラセナは少し躊躇いながら、二人の公爵を交互に見た。
「……お二方の家紋は、似ているのですね」
「ああ、薔薇の紋章ですか? アルディアの公爵家は、薔薇をモチーフにしているんですよ」
「ややこしいですよね。アイゼンヴァルト公爵家も、また別の薔薇の家紋です」
(……っ! 残りの三大公爵家の一人!)
「アイゼンヴァルト公爵も、道が復旧次第、挨拶に来ると思います」
「……そうですか」
ドラセナは胸元にしまっているナイフを、服の上から押さえた。
ドラセナは、温室のベンチに座りながら、錆びたナイフの鞘を指で撫でていた。
「そのナイフ……」
いつの間にか、後ろにグレンが立っていた。
「何!?」
ナイフを庇うようにドラセナは即座に反応する。
「驚かせてごめん」
「いっ、いえ……」
「……そのナイフ、前に言ってた大事な物なんだろう?」
「ええ。……私の想い出が詰まってるの」
ドラセナはまた切なそうに、ナイフを撫でた。グレンはしばらく、そのナイフを見つめる。
「……王宮専属の鍛冶師に直してもらおうか?」
「……えっ?」
「よく見ると、装飾とか凝ってるし、かなり良い物だったんだろう? 鍛冶師の腕は保証する」
「こんな小さなナイフ、依頼して良いの?」
グレンは大きく頷く。
「もちろんだ。絶対に傷つけないと約束する」
ドラセナは、躊躇いながらナイフをグレンに預けた。
「大事にお預かりします」
グレンがニッと笑い、ドラセナの表情は少し綻んだ。
翌日、グレンはナイフを持ってドラセナの元を訪れた。
ナイフは錆が綺麗に落とされ、かつて父に託された時のような輝きが戻っている。
ドラセナはその場から動かず、ナイフをしばらく見つめる。グレンが差し出すと、やっとドラセナは震える手で受け取った。
「……っ。ありがとう……」
ドラセナは目を潤ませ、ナイフを抱きしめる。
「ドラセナ……」
「なあに?」
「……いや、何でもない」
グレンは言葉を飲み込み、そっと去っていった。
グレンは執務室の椅子に座り、深いため息をついた。
「聞かなくてよろしかったんですか?」
ガレスがそう言い、グレンはうつむく。
ナイフを受け取りにいった時のことを思い出す。
『陛下、頼まれたナイフです。とても精巧な職人が作った物で、高価な物ですよ。それに、ここに国外のものと思われる、家紋が彫られています。これは、どちらで手に入れたんですか?』
王宮鍛冶師はそう言った。
『鍛冶師、その紋章だけ記録しておいてくれ。本人にはまだ聞かない』
グレンはまたため息をついた。
「彼女の過去や正体が何だとしても、大切にするつもりなんだが、無関心は違うよな……」
(でも、追及したら、警戒心の強い彼女は逃げてしまう気がする……)
グレンが頭を抱えて悩んでいると、執務室にノックが鳴り、レオンが入ってきた。
「兄上、ドラセナが兄上にお礼がしたいって、ティータイムに誘ってた」
「ドラセナから!」
グレンは、ニヤーと笑ってから、ハッとする。
「……何でレオンが、ドラセナから言伝てを受けたんだ?」
「ああ、たまたま会ったから、一緒にランチしてたんだよ。ティータイムも、俺も一緒に参加するから」
グレンは持っていたペンを折ってしまった。
「……ガレス、ドラセナと二人きりでディナーできる日を確保してくれ。なるべく早くな」




