捌
「…俺様…も??」
「あぁ」
郁はスッと立ち上がり、
自室へ向かう。
「おい、郁!!」
黒猫は初めて名を呼んだのも気づかず後を追う。
「おい、どうした。」
郁はリュックからスマホを取り出した。
「俺様…見て。」
郁はスマホを差し出した。
そこには猫の村で撮った写真が並んでいた。
「…俺様…いつも笑ってるよ。ほら」
ソファの隣の席をポンポンと叩いて、
座るように伝える。
輪になっている猫の横で、卵焼きを頬張る黒猫。
カップに残ったプリンを舐める黒猫。
放り投げた洗濯物から顔出す黒猫。
オムライスの前で首を傾げる黒猫。
絵を眺めて尻尾を揺らす黒猫。
子猫によじ登られる黒猫。
…そして花畑の中から顔出す黒猫。
一枚。
また一枚。
画面をめくるたび、
俺様の表情が少しずつ柔らかくなっていく。
「お前…こんなに撮ってたのか…。」
「目が離せなかった…。あまりにも人間臭くて。」
クスクスと郁は笑った。
「だからね。」
「俺様、ちゃんと笑ってる。」
「こんなに笑ってる人が、惰性で生きてるなんて思えないよ。」
「だから、消えない。」
「消えるもんか。」
俺様は郁の手を包み込んだ。
「郁。」
「お前がいる限り。」
「俺は消えない。」
「ありがとう。」
二人は黙って肩を寄せ合っていた。
窓の外では、
夕日がゆっくり窓を赤く染めていく。
その日から。
郁の日常は少しだけ変わった。
…………
郁は時間に追われていた。
今までの保育園から、
近くの大型店舗内の保育園に移動したのだ。
3歳までの子どもを預かっている保育園。
人数は少ないが、
そのショッピングモールで
働く人のお子さんのため保育園。
朝は比較的ゆっくりだが、
登園がまちまちになる。
「先生は大変だわ」
さつまいもをマッシュしながら、郁は思った。
…給食もおやつの数も、
登園人数によって量が変わる。
土日が一番子どもの数が多いのだ。
そして今日は土曜日。
365日休みのないショッピングモール。
大人も、子どもも大変なのだった。
「ただいま~」
誰も居ない部屋に戻る。
水筒を洗い、シャワーし洗濯機を回す。
今の保育園のいいところは、
余ったおやつや惣菜を持ち帰れるところ。
実のところ、先生達も食べてる暇がないのだ。
バラバラの登園。
バラバラに帰宅。
今日は素朴なスイーツポテトもどきを
タッパ~に詰めて貰った。
リュックにそれを入れ、
郁は、一度閉めた部屋の戸を見つめた。
小さく笑う。
ドアノブにもう一度手を掛けた。
ガチャ。
「ただいま~」




