柒
コトっと郁はカップを置いた。
「…私…俺様の姿が消えた時、
嫌だって思った。」
「あぁ」
「ひとりぼっちに戻っちゃうってのも嫌だったけど…」
「あぁ」
「この世界に俺様が居なくなったらって
そう思ったら…怖かったよ。」
「そんな世界…いらないって
会えなくても、俺様が居ないと嫌だって」
俺様の顔が真っ赤になる。
片手で顔を覆い呟く。
「おまっ…反則だろそれ。」
「私が寝込んでいた時
ずっと側にいてくれたのは俺様だったんだね。」
膝の上で両手を握り締め話す。
「ありがとう、俺様」
「いや…いい。俺がしたかっただけだ。」
沈黙が落ちる。
郁は俺様黒猫との出会いから、思い起こし
そして今、目の前にいる彼を見つめた。
「猫でも人でも…俺様は俺様だね。」
俺様は何も答えなかった。
ただ、金と銀の瞳だけが、
まっすぐ郁を見つめている。
そして…
「ああああああ!」
「どうした!?」
郁は両手で真っ赤な顔を覆った。
「思い出したぁぁ……」
「何をだ?」
「……猫の時の俺様のお腹に……
思いっきり顔埋めた……」
沈黙。
「……」
「……」
「は、恥ずかしいっ!」
俺様は深くため息をついた。
「それを言うのは俺だな。」
郁は真っ赤な顔のまま俯き、
俺様は耳まで赤くして頭を掻いた。
部屋には気まずいような、
でもどこか心地いい沈黙が流れた。
「ま、何だな」
「ン?」
俺様黒猫は、空のカップを取り、
流しへ向かう。
「私が洗うよ。」
郁もついて行き二人で流しに立った。
「ねぇ俺様…あのモニターって何?」
洗ったカップを拭きながら聞く。
「俺は、あの村を含めて、
いくつかの村を任されてる。」
何か困った事があれば、対応するのが
俺の仕事なんだ。」
「え、領主ってこと?」
「みたいなものか…」
「それでモニターで見てたのね。」
「ひと昔前は、巡回してたんだ…
ただ、お前も見ただろ?
人が消えて行ってしまう通りを」
「うん…」
キッチンの椅子に、かけるように勧められ
二人は向かい合って座った。
「巡回行って戻ってきたら人が消えてる…。
残された猫は気力もなく
ぼんやり丸くなっているだけになった。」
「原因もわからず俺は目を離せられなくなった…」
…郁はあの暗い部屋で
たった一人でモニターを見ている俺様を想像した。
無意識に自分で自分の身体を抱きしめた。
「今も原因がわからないの?」
「多分……惰性が原因だ。」
「惰性……?」
「生きる気力が。」
「張り合いが。」
「楽しみが。」
「少しずつなくなっていく。」
「毎日が昨日の続きになってしまう。」
「そうなると、人はどこにも居場所を見つけられなくなる。」
「俺も…そうだった。」




