弎
暖かさと息苦しさで
郁は目を開けた。
目覚めてはいるのに、
まだ心はここに居なかった。
…猫触りたい。
頬にあたる柔らかい毛皮。
無意識でそれを撫で…
「ええ?!」
ゆっくり横を向く。
「…俺様?」
彼も半覚醒なのか、半目を開き
尻尾で返事をした。
「俺様だ」
郁は思わず顔を埋めた。
懐かしいお日様のような匂い。
思いっきり吸い込む。
「俺様だぁ」
毛皮に顔を埋めたまま
イヤイヤをするように顔を振る。
『ちょ、お前!!やりすぎだ!
「俺様会いたかった~」
『…おいやめろって』
「すいません。」
ベッドの上で耳を後ろに引いた俺様黒猫。
その前で土下座する郁。
「調子に乗りすぎました。」
俺様黒猫は毛繕いを始める。
半眼で郁を見てため息をつきながら言う。
…人間臭い態度だなぁ
『もう身体は大丈夫なのか?』
「はい。すっかり」
『そっか、じゃ行けるな?』
「え?どこへ?」
『猫の村に決まってるだろう』
「あ、そっか」
『着替えろ。行くぞ』
…お猫さまの言う事は絶対ですな。
リュックを背負い
部屋のドアを開ける。
そこはもう猫の村の入り口。
相変わらずの暖かさ。
花の香り。
よそぐ風、揺れる猫じゃらし。
子猫が飛びつき、
その小さな子猫に別の猫が飛びついている。
大人猫が箱座りで見守っている。
ピンが、列を作って子猫と歩いている。
地流しでは、人の子が水遊びをしている。
どこからかお魚の焼く匂い。
トントンと打ち出す音。
両側に花々が歌うように揺れている。
涙が出そうになった。
「俺様…ここは変わらないね」
『あ?あぁ。』
郁は黒猫を抱き上げた。
温かい。
この温もりが…好きだ。
…ずっとずっと…変わらないで欲しい。
『おい下ろせ。』
郁は渋々黒猫を下ろした。
『なんだよ急に…行くぞ』
「どこへ行くの?」
『……』
門の前を右に向かえば ジャスの店や診療所に
アトリエのある森へや花畑へ行ける
門を左に向かえば 月子の美容室にユーキの花屋
でも正面には行った事がなかった。
俺様黒猫は
まっすぐにその正面の道を進む。
初めての道だ…
…あれ
お日様は真上にある。
それなのに、
俺様黒猫の影だけが、
不自然なくらい長く伸びている。




