エピローグ
『ダメなんです。ディアーナ、ライラ、全部あの人を表す名前じゃなくなっちゃった。私達しかディアーナ様を知らない』
『あいつ、これを見越してエラに自分の名前つけたのかよ。性格悪いな、何も残さねえってか』
『あの方が、このままでは消えてしまいます。忘れるなとのご遺言が、遂行できない』
『考えますか、ディアーナ様を残す方法。俺たちにとっては、あの人がディアーナですし』
名前なんて、くだらないと思っていた。
あの女を表す言葉一つに悩む専属使用人4人を笑ったのは、懐かしい思い出。
その結果が、本を書くことだなんて馬鹿げてるって散々バカにした。
なのに、まさかわたくしまで本になるとは思わなくて、呆れたわね。
二百年以上経った今、あなた達が綴って、作った小さな祭りがここまで大きくなったわよ?
しかも、もう祭りが成立した理由もあやふやになってるわ。
みんな魔女になれば楽しいんじゃないかってバカを言ったエラのこと、歴史にも残っていないのに、慣習にはなったじゃない。
こんなにおかしな形になっているのに、ちゃんとあの女の遺言通り『ディアーナを忘れるな』って命令を遂行するんだもの。
本当に、あの女を好きすぎるのよ。
『あなたもディアーナだから』って巻き込まれて、何十年も夏至と冬至両方独占されたわね。
だんだんと奇跡が使えなくなっても、しつこくわたくしをみんなで追いかけ回して。
あの4人がみんな死に絶えるまで続くから、無くなったときはせいせいしたわ。
静かすぎて、暇すぎたからすぐに飽きたけれど。
「いい名前、ですって。ずいぶんと平和ボケした王様がいたものね」
誰もいない、もう人もなかなか入らない暗い森の中を歩く。
一時間も、何度も続けば暇だから、ついに作ったわよ。
何時間も費やして作った、わたくしだけの小屋。
見せる相手は、一人もいないけれど。
用意したベッドに、寝ころんだ。
「誰も、いないの。なのに、わたくし、もう一時間以上ここにいるの」
すべて暇つぶし。
いつ終わるともわからない半年の跳躍を、やり過ごすだけ。
未来なんて、考えたこともなかった。
なのに、私は今眠ろうとしている。
何百回も跳躍して、一度も眠らなかったのに。
「遅いのよ。わたくし、やっと、やっと……」
二百年前、奇跡が使えなくなった。不死の呪いを知る人が、皆死んだ。
百五十年前、スラムの魔法が、スラム自体が消えて国は平和になった。
百年前、瞬き一つで移動ができなくなった。
五十年前、王族以外のあいつらの子孫が死に絶えた。
そして今日、半年の跳躍が、終わった。
わたくしは、自由だ。
ここで、きっと生きられる。
そして、誰かと一緒に年を取れる。
もう、わたくしだけが見送ることもない。
この国で、わたくしが消そうとしても消えなかった国で。
あの女が願った通り、ディアーナという女を忘れない国で。
2周目の、愛しくなってしまったこの世界で。
魔法を生み出すほどに、強い思いはもう生まれない。
スラムで虐げられた革命軍も、腐った王族も、地下に潜った民族もいない。
戦いの後始末をしてくれた、ヴァルカンティア宰相夫妻。
混乱のディオメシアを助けてくれた、ソルディアとステラディア。
海の商人として名を馳せたエラも、そこに一生くっついていったレオンも。
国をしっかり治めて、助け合っていたルシアンも、ガーネティアも。
忠誠心が高すぎる、おしゃべりな4人のことも。
見送ったこの世界で、わたくし生きていくのね。
わたくしが欲しかったものが何なのか、今でもわからないけれど。
そうね、これだけは言えるわ。
「自分の誕生日を、みんなが祝ってくれるなんて。幸せ者ね」
あの女の誕生日の夏至にも祭りがあるのは、ちょっと癪だけれど。
壁に掛かった時計を見る。
前に拾ってきた、大きな時計。
それが、ちょうど日付が変わる数秒前を指していた。
それを、眺める。
もう、とっくに一時間以上経っているけれど、安心したかったから。
短針と長針が真上を向いた。
涙が、こぼれた。
初めて、心の底からこの言葉が出てきた。
誰に向けて、なんて言わない。
「ありがとう」
目を閉じる。
ただ眠るためだけに。
みんなの紡いだこの世界は、続いていく。
12月23日に、微笑んだ。




