最終話 祭りの夜に祝福を
12月22日。
太陽が早く沈むこの日に、ディオメシア王国では祭りが行われる。
町でも村でも、すべての人がそわそわと落ち着かない。
黒いローブを纏って、日が沈むのを今か今かと待つ子供たち。
蝋燭で町中に灯りを作り、なぜか筋肉トレーニングを行う男たち。
たくさんのクッキーを朝から作り、髪に赤いアクセサリーを付けた女たち。
そして王宮では、昼に戴冠式を終えた新たな国王が私室でたそがれていた。
若き王の名は、ディオメシウス。
始祖の名を与えられているが、実に穏やかそうで戦いを知らない青年だ。
彼は王冠と共に授けられたものを手に、笑顔を浮かべていた。
「あら坊ちゃま。どうされたんですか?もうすぐ祭りが始まりますよ」
「ばあやか……僕が、代々伝わる『エメラルドの髪飾り』を継承できたのが、信じられないんだ」
「まぁ。幼いころから伝説ばかり諳んじて『ディアーナ様みたいになるんだ』ってうるさかったではないですか」
「そうなんだけど、だって、平和な世界とはいえ王になるんだ。僕は、ディアーナ王女のように賢く立ち回れるかな」
「ディアーナ『女王』でしょう。ディアーナ王女では、創作の人ではないですか」
「でも、僕が憧れたのは、本の中の彼女だったから」
彼の本棚には、びっしりと古い本が納められている。
もう二百年以上昔に刊行された、老舗のオールシー書店の印が入ったプレミア物。
現在も子供の心を掴む『つよいまじょ』シリーズの初版本。
それに、同じ書店から刊行された隠れた名作。
『偽物王女ディアーナ』シリーズ。
「王族の権威を示すための創作物ですよ、坊ちゃま。王女のすり替えだなんて、あるわけがないでしょう?いい加減現実を見なさいな」
「でも」
「でもじゃありません!魔法なんて、おとぎ話ですよ」
ばあやの声に、ディルクレウスはちょっと悲しそうな顔をして立ち上がった。
手には黒いローブ。
フードを被った彼の顔は、もう見えなかった。
「じゃあ、行ってくるよばあや」
「ちゃんと12時前にはお戻りを。衛兵も紛れているからといって、羽目を外してはなりませんよ!」
「はいはい」
日が落ちて、王宮近くの町にオレンジの明かりが灯る。
今日は、王族である彼も町を歩ける日。
黒いローブを被れば、誰でも初対面なのがお決まりのお祭り。
町に降りたとき、兄弟や両親とすれ違ったが、双方わざと知らないふりをする。
仲が悪いわけではない。
今日は『戦いが終わった日』を祝う日。
そして『ディオメシアが多くの国々と和平を結んだ日』。
知らない人達との交流を深めるのが、醍醐味だ。
「こんばんは!王様!」
「違うでしょ。ちゃんとお祭りのご挨拶は?」
「あ!はーい。『こんばんは。魔女様』」
幼い少女と母親が彼にすれ違う。
そして、今夜だけの挨拶をした。
ディルクレウスも「こんばんは、かわいらしい二人の魔女様」と返す。
男も女も、黒いローブを被っていれば『魔女様』だ。
目を向けると、王宮の大門のそばでは力自慢の男たちが半裸で取っ組み合いをしていた。
二百年以上前の大戦で、武器を使わずに勝敗を決めたという無血の争いを再現しているらしい。
だが、平和な世にあってはただの筋肉自慢だった。
出店で甘い紅茶と、祭り定番のクッキーをもらって木の根元に座る。
王族である彼も、ディオメシアに住む国民にとっても、もはや日常で手に入るセット。
それでも、ディオメシアではなぜか夏至と冬至の日はこれを食べるお決まりなのだ。
「あら、人気のいないところを探していたのに」
ゆっくりとクッキーを味わっていた彼の背後から、女性の声がした。
気配も感じなかった彼は、猫のように少し飛び上がって振り向く。
そこには、若い女がいた。
祭りらしく、真っ黒なローブに、時折見える髪はきれいな赤。
断りもなしに「隣、失礼」と腰掛けた彼女は、ディオメシウスをじっと見ていた。
「あの、何ですか……?」
「挨拶はないのかしら。今夜の」
「え?ああ。『こんばんは、魔女様』」
「はい、よくできました」
彼女はそれで満足したのか、自分は挨拶をしない。
ディオメシウスは、緊張していた。
あまり女性と関わってこなかったこともあるが、何よりも彼女の見た目に。
彼は心臓の鼓動を押さえながら、彼女に話しかけた。
「あの、すごく素敵な赤銅色の髪、ですね」
「あら、久しぶりに言われたわ。よくその色を知っているのね」
「絵本に出てくる、魔女様を再現したのかと思って」
「最近の絵本は赤毛表記だったはずだけれど」
「でも、初版に近いものは赤銅色ですから。僕、その時代の物語が大好きなんです」
「へぇ……じゃあ『偽物王女』は?」
「大好きです!!もしかして、ご存じで?そんな、最近じゃ歴史マニアしか読んでないのに」
「……まぁね。生きている誰よりも知っている自負があるわ」
ディオメシウスは、夢中になって語った。
いかにディアーナ王女がかっこいいか。
ずる賢いとも言われるが、泥臭く勝利を目指す彼女の気高さも。
赤銅色髪の彼女は、相槌を打ちながらたまに反論していた。
「そのへんはさすがに脚色でしょう」
「作者はとんだ嘘つきたちですもの」
「嫌な女だけどね」
など、少々ずれていたがディオメシウスは気にしなかった。
「嬉しいなぁ。こんなに語れる人がいたなんて……みんな、おとぎ話からは卒業しろとしか言わないから」
「わたくしは、いい気分だけれどね。あの女の遺言が、歪んでもちゃんと残ってるんだもの」
「え?」
「いいえ、なんでもないわ。ねぇ、そのクッキーと紅茶、どうして冬至と夏至に食べるのか知っていらして?」
「えっと、知らないです」
「あの女が専属使用人達とお茶するときのお決まりだったんですって」
「でも、それは『偽物王女ディアーナ』に登場する創作ですよね?」
ディオメシウスがそう答えると、彼女は心底楽しそうに笑った。
笑う理由をいくら聞いても、答えない。
それでも、どこか寂しげだった彼女の笑顔に、ディオメシウスも微笑んだ。
ふと、ディオメシウスは懐から懐中時計を出した。
そして、あっと声を上げた。
「ごめんなさい、話し込んでしまいましたね」
「あら、そう?」
「はい、もう2時間も経ってしまっていました」
「え?……そんなに、経っていたの」
「女性一人、夜に長い時間外出するのも良くないでしょう。送りましょうか」
呆けた表情の彼女は、余裕のある女性から、無防備な少女のような顔になる。
それが面白くて、ディオメシウスは笑った。
笑われた彼女は、ちょっと拗ねたような顔で「笑わないでちょうだい」と抗議する。
「送るのは、結構よ。どうなるか、わたくしにもわからないから」
「そんな、危ないですよ」
「でも、そうね。一つだけいいかしら」
「はい、なんでしょう」
「あなたのお名前を、教えてくださる?」
ディオメシウスは首をひねる。
ディオメシアの民であれば、今日戴冠を終えた王である彼の名を知らないはずがないのだ。
それでも、誠実な彼は胸に手を当てて名乗った。
真正面から向き合った彼女の瞳が、暗い中でも自分を見つめていることに気づきながら。
「僕は、ディオメシウス。王としてはディオメシウス三世になります」
「わたくしはね、ディアーナよ」
「……驚いた。素敵な名前だ」
「そうでしょう?……これをね、ずっと昔にやりたかったの。ディオメシウスと」
「えっ……」
「『またね』。今度は、夏至でも冬至でもない日に会いたいわ」
不思議な言葉を残して、赤銅色髪のディアーナは闇の中に消えていった。
心が奪われたディオメシウスは、呆けた顔でそれを見送る。
不思議な人だったなと。
いつか、また会いたい同年代の女性は、彼にとって初めてのことだった。
この日、すべての魔法が消えた。




