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307話 わたくしを離さないバカたち

今回は海がいい。

夏に近いから、きっと水が気持ちいい。

時間は昼間で、午後の昼下がりなんかいいわね。


目を開ける。

そこには、見慣れた砂浜と青い海が広がっていた。


さっきまで葉が落ちた冬だったのに、緑が騒がしいこと。


でも時季外れだからでしょうね、人もいなくて、気分がいいわ。

適当な流木に座って、ため息をつく。


けれど、それも長くは続かなかった。



「あー!!魔女さんだよ!!」

「どこ?あっ、黒い布被ってる!」

「魔女さーん!!」



わたくしの姿を見て、子供たちが駆け寄ってくる。

いつかみたいに、砂浜を走る音。

そちらを向けば、そこにいたのは二人の子供だった。


日に焼けて、小麦色の肌がなんとも懐かしい景色。

でも、わたくしはムッとした顔をする。

あんまり喜ぶと、悔しいから。



「もう、あんまり大声で呼ばないでちょうだい。居場所がバレてしまうわ」

「だって、魔女さんの服よく見えるもん!」

「ほらみてみて!これと一緒!」



子供の一人が持っていた、くたびれた絵本。

その表紙には、わたくしの着ている真っ黒なローブ。

赤い髪に、灰色の瞳の可愛らしい絵の女の子。

『つよいまじょ』と書かれたその本は、第7巻と印刷されていた。


気に食わないわね。

わたくしは赤髪ではなくて、赤銅色の髪よ。



「また新しく本が出たの?まったく、物好きがいたものね」

「オールシー書店で買ったんだ。みんなで読んでるんだよ」

「魔女さん、頭が3つある犬を倒して、猛毒の川を渡ったんだろ!?どんなだった!?」

「……な、なかなか手こずったわよ……たぶん」

「あ、魔女様!こんにちはー!」



今度は違う方向から声がする。

次は何よと反対を向けば、エラが手を振って走ってきた。

相変わらず女を捨てたような恰好なくせに、妙に目を引くんだから。


面倒なのに見つかったわね。

逃げようと立ち上がるけれど、子供たちがしがみついて放してくれやしない!



「ちょっと、放しなさいよ!」

「えへへー、魔女様にあったら逃がすな!ってディオメシアじゃお約束だもん」

「誰の差し金かしらっ!?」

「『魔女様を見つけたら幸せになる』って噂なんだ!……おーい!ライラさーん!!」

「はーい!!あ、この間出版した本だ!買ってくれたの?」

「うん!今度のも絶対にお母さんに買ってもらうんだ!」

「そっかぁ、今後ともオールシーをごひいきに!」



わたくしを捕まえたエラは、子供たちに別れを告げてそのまま歩いていく。

全く離れない腕の力に驚くわ。

彼女、もういい年なはずなのに。


『海のライラ』といえば、もう知らない人はいない大商人。

世界中を回って働いているらしいのに、夏至と冬至にはディオメシアに現れるんだから。

本当、迷惑。



「じゃ、早いとこ王宮行きましょう!はやくはやく!」

「わたくしの瞬きを便利扱いしないでくださる?」

「1時間しかないんですから!ほらほら、仕事しないと」

「もう話し尽くしたわよ。わたくしは用がないもの、放っておいて」

「まんざらでもない癖に~」

「なんですって?」

「だって、それならトレードマークの黒いローブ、脱げばいいのに。そうすれば、うまく逃げきれますよ」



もう何度も跳んできた。

あの女が死んで、墓に入ってからも。


なのに、毎回毎回、誰かがわたくしを見つける。

一人にしてくれない。

飽きずに、ずっと、黒いローブを目印に。


ここ数回は、小さな子供までわたくしを見つけて王宮に連れていこうとする。

その理由が、トレードマークにされてしまったこの格好にあるのはわかっているけれど。



「……別に。わたくしがわざわざ変えてやる理由はないもの」

「ふふっ、よく似合ってますよ」

「ふん、この世界のエラは調子がいいわね」

「わたしは『ライラ』です。ディアーナ様にもらった、素敵な名前ですから」



腕にしがみつくエラをそのままに、瞬きをした。


目を開けると、大きな部屋。

長机に、椅子、豪華な模様の壁や、絨毯。

いい香りの紅茶と、甘い香り。


王宮の一室。

すでに役者は揃っていた。



「あ、魔女さんお久しぶりです!」

「おう、今回は早い方じゃねぇか?」

「現在時刻は午後15時12分……あと38分しかありませんが」

「あ、椅子はご自分で引いてくださいね。俺、片腕なもので」



あの日、わたくしがあの女を殺した時にいた4人。

メリー、アテナ、コマチ、ジーク。

それに、わたくしと共に来たエラ。


今日は5人が待ち構えていた。


わたくしからすれば、ほんの数分前まで顔を合わせていたのだけれど。


紅茶は、夏らしくすうっとしたミントが微かに香る。

茶菓子は、素朴なクッキーに優しいバニラのにおいがした。



「あなたたち、あの絵本やめてくださらない?もうほとんど嘘でしょう。子供たちの教育に悪いんじゃなくって?」

「嘘?人聞き悪いですねぇ、俺が片腕で必死に書いた暇つぶしを酷評するなんて。大の大人の全力号泣見せましょうか?」

「大丈夫だろ?あれ、一応あたしら全員で検閲してるし。それに大好評だぜ?今日も子供たちに捕まったんじゃねぇの」

「こんな性格の悪い男から、子供たちを喜ばせるものが生まれるのが不思議ですよね。自分も同感です」

「私は好きだなぁ。それに、みんな魔女様大好きって言うんです。半年に一度、魔女様を見つけた人は幸せになれるって言ってて」

「『つよいまじょ』シリーズはオールシー新業態の目玉商品ですから!今度の冬至には、ディオメシアをあげてお祭りなんてどうですか?」



ひとつ話題を落とせば、十、二十に話が進む。

あの女の仲間たちは、おしゃべりすぎるわ。


お祭りなんて開かれたら、ディオメシアのどこにいても見つかってしまいそう。

今でさえ逃げ場がないのに、全く困った執念ね。

でも、止める気にならないのはどうしてかしら。



『自分の本当に欲しいものも、わかんない?』



あの女の死に際の言葉が、いつも頭をめぐっている。

欲しいものなんて、復讐を遂げる以外にないはずだった。


それなのに、今わたくしは違うことをしている。

憎らしいはずの、彼女の『遺言』を遂行している。

逃げても逃げても、何度もわたくしに頭を下げる専属使用人達がいるから。


まぁ、付き合ってあげるわよ。

クッキーは悪くないもの。

あの女は憎いけれど、使用人は使用人だしね。


おしゃべりの中、メリーがわたくしの近くに寄ってきた。

紅茶のお代わりを差し出して、隣に座る。



「みんな白熱しちゃったので……じゃあ、今回の分いいですか?」

「約束だから、やってあげるわ。そうしないと、あっちの3人にいつまでもなじられるもの」

「ディアーナ様が亡くなったのは、私も許せません。でも、ディアーナ様の遺言ですし。それを叶えられるのは、魔女様の協力あってこそですから」

「遺言って……あれから、あなた達15年は経つでしょう。お人好しが過ぎるわ」

「それでもお願いします。私たちの、ディアーナ様のために」



呆れた忠誠心。

もうわたくしよりも見た目が上なのに、みんな変わらないのね。


でも、毎回のお茶のお礼くらいはするわ。

メリーに向き直って、彼女の頭に手をかざした。


そして、この世界に唯一の魔法で奇跡を使う。



「『わたくしの記憶を、彼女に伝えて』」



いつだったか、王族の男にしたものよりも短く。

彼女の心に負担がかからないように短い記憶を。

いつものように。


だけど、しばらくして目を開けた彼女は首をひねって目を開けた。

こんなことは、初めてのこと。



「あの、やってますか……?」

「ええ。しっかりとね、問題があるかしら」

「なんにもなくて。いつもだったら魔女様の記憶が流れ込んでくるのに」



その言葉の意味が分かるのは、もうわたくししかいなかった。


魔法が、使えないということ。


奇跡が消えた。

便利なものが一つなくなった。


だけどわたくしの胸には、希望が生まれていた。

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