305話 わたくしは……見てしまった
『あ~……悲惨な話がいいよなぁ』
パチ、パチパチパチ、タタン。
軽くて、聞いたこともない音。
それに、知らない女の声。
それ以外感じない。
危ないものはないのかしらと、ゆっくり目を開ける。
そこには戦場も、外もない。
見たこともないものであふれた、狭い部屋があった。
柔らかそうな寝具、本棚には高価そうな本。
火でもないのに明るく部屋を照らす灯り。
知らないものばかりで、怖くなって、女に話しかけた。
『こ、ここはどこなの。あなた、誰』
『悪役令嬢はマストかな。主人公が映えるし、ざまぁできるよね』
『ねぇ、返事をなさいな』
『なんか同情要素入れとくか……誕生日に母親死亡させとこ』
『あなた、殺すわよ!?』
手に持っていた剣をそのまま、彼女に突き刺して驚いた。
すり抜ける。
わたくしは、彼女にも、よくわからない物たちにも触れられない。
それに、声も届かない。
まるで、ここに居ないみたいに。
悔しくなって、女が何を見ているのか知りたくて、横からそれを見た。
そこには光る箱があって、それを見つめながら見たこともない服を着た女が、何かをひたすら叩いている。
なんだか文字みたいだった。
それは、わたくしの知らない文字。
何が書いてあるのかわからない。
なのに、わたくしは読めた。
内容を完全に理解できた。
そしてそれは、わたくしが生きたあの王宮を、あの戦いの時代を書いたもの。
目の前の女が、まるで見てきたようにわたくしたちの生を綴っている。
『でもぶっちゃけ、意地悪以外でさせることないんだよな。いっか、王宮内で適当にふんぞり返って生きててもらお』
彼女がそういって、文字を生んでいく。
光る箱に文字が溜まっていく。
その度に、わたくしが生きた世界が作られていく。
誰に言われたわけでもないけれど、何かが胸に落ちた。
そのまま、わたくしは彼女が綴っていくのを見ていた。
見させられた。
動けないまま、部屋から出られないまま、ただ世界が出来上がっていくのを見ていた。
そして、1年が経つ頃。
彼女は、あの場面を作っていた。
『殺すか。うん、そうしよう』
『待ちなさいよ、わたくしが、何をしたって言うの』
『適当にヨーロッパ風に斬首でいいか』
『やめなさいよ、どうして?お母様も、お父様もわたくしも、あなたに何もしていないでしょう!?』
声は届かない。
そうして彼女は、わたくしが死ぬ運命を決定づけた。
何も残せず、無意味で価値のない人生と、民衆の望むまま殺される終わりを。
ようやく、わかった。
わたくしが壊すべき本当の物。
それは、ディオメシアじゃない、王族でも、民衆でもない。
この女の書いた世界そのものだ。
だからわたくしは跳んでいたのか。
この女が深く介入するより前の、ディオメシア建国から関わることができたのか。
どうやら、わたくしの強い思いは、しっかり形になったみたい。
『お前も、苦しめばいいわ』
言葉が、口から洩れる。
もう、わたくしがここに留まって一時間以上は経つ。
半年に一回の魔法は、奇跡は、わたくしに聞いてきた。
どうしたい?と
願うことは一つだった。
『わたくしの世界で、生きて、苦しんで、死になさい』
言葉は煙になって、女を包んだ。
苦しそうに呻く顔は、滑稽でみっともなくて、見るに堪えなかった。
瞬きをする。
今度は、ちゃんと跳べた。
・
・
・
わたくし、何でもしたわ。
気が付いたらまた半年後の世界で、戦いはまだ終わっていなくて。
ディオメシウスは生き返っていて、不死の呪いが生まれていた。
何度もディオメシウスと、彼の子を殺した。
戦いの邪魔をした。
ディオメシアを倒したいと願うスラムの人間たちに『強く願えば魔法ができる』と助言をした。
永遠に王族に反乱する魔法がかかった。
どこにも居場所がなくて、王族に飼い殺しにされる民族がいたから、同じように助言した。
地下に魔法のような空間ができて繁栄した。
わたくしの半年に一度の奇跡がきっかけか。
それとも、本当に強い思いが魔法を生むのか。
わたくしは恨みだけで不思議な願いを叶えたから、この世界はそういうものなのかもしれない。
何度邪魔をしてもディオメシアはなくならない。
何年、何十年邪魔しても、まるであの女の作ったとおりにするんだと世界が抵抗しているみたいに。
なぜか修正される。
わたくしの2度目の人生で起こした出来事は、わずかな傷にしかならない。
それに、わたくしはディオメシアから出ることができなかった。
制限がついていることが恨めしくて、国外で戦いをするようになったディオメシア王族を、殺すのも苦労するようになった。
そして、そうこうしているうちにお父様とお母様が結婚して、わたくしが生まれて。
本当はわたくしも殺してしまいたかったけれど、不死の呪いがある以上もはや無駄で。
でも、あの日。
わたくしの7歳の誕生日の日。
不思議なことが起こった。
お母様が亡くなるのは夜だったから、何とか死なせないようにしたくて夜に跳ぶ。
そうしたら、わたくしがお母様を死なせないように動き回っているじゃない。
『よし、パーティーでの暗殺は回避できた』
『もう安心ね』
『ジークはきちんとアンナの護衛しているといいのだけれど』
だけど、それはわたくしじゃなかった。
自分だもの、見ればわかるわ。
彼女の話し方も、変えていたけれど憎たらしいあの女のものにそっくり。
考えたくなかったけれど、わかったの。
あの女が、わたくしに成り代わっている。
そして、どうやら自分が死にたくないがために、お母様の生存を図ってる。
『……やらせるもんですか』
わたくしに成り代わったのに、お前の裁量で最悪な結末が変わる?
わたくしはみじめに死んだのに、お前は幸せに生きる?
許せるわけがない。
だから、魔法を使った。
時間を止めて、お母様が毎晩寝る前に飲んでいたお茶の中に、毒を仕込んだ。
毒は、面白いくらい簡単にお母様を殺した。
『わたくしは悪くない、悪くない』
『あのお母様は、わたくしを産んでいないもの』
『わたくしのお母様は、もう死んでいるもの』
『あれは、違うんだから』
『2周目のあの人は、お母様じゃない』
ずっと、部屋のそばで息を殺していた。
お母様が死ぬまで。
死んでからも、消えるギリギリまで。
そして、半年後の世界にまた跳んで。
泣いた。
どうして涙が出るのかなんてわからない。
胸に湧き上がる思いが、ドロドロで掻き出してしまいたいのにそれもできない。
それでも、わたくしは後には引けなかった。
『邪魔してやる……あの女の全部、わたくしが……!!』
もうなにも怖くなかった。
お父様を前にしても、それは変わらない。
小さくてもいい、変化は必ずあの女の筋書きにほころびを産む。
そこを積み重ねて、そして確実に。
それ、なのに。
わたくしが跳ぶ日に起こった戦いは、この女の策略通りにハッピーエンドになりかけている。
わたくしは何でもできるのに。
長年、半年に一時間だけだけど、抵抗していたのに。
無意味なんかにはさせない。
お前は、わたくしがどん底まで落として殺す。
うまく生きられるはずだったのに、刺されて痛いでしょう?
お父様はわたくしがなんとか地下教会まで運べばいい。
そうすればディオメシアはまだ終わらない。
お前の思い通りなんかさせない!!
これで勝った!!
なのに、それなのに。
『大好きだった母親を、殺した気分は?』
わたくしが、これまで何回殺しただろう。
ディオメシウスをその子供を、関係者を、見知った誰かを。
全部、あなたのせいなのに。
わたくしが生きる意味は、復讐しかないのに。
誰のせいだと思っているの。
思い知りなさいよ。
わたくしがどれだけ辛かったか!!
痛くて苦しくて、後戻りもできなくて、お前に想像されてたまるか。
女の頭を、強くつかむ。
魔法が、女の頭から広がる。
この女から魔法が溢れてすべて暴かれていく。
手が離れない。
わたくしの記憶に、入り込まれていく。
……いやだ。
いやだいやだ、みるな!!
わたくしの、たいせつな、これまでを。
おまえに、奪われてたまるか!!




