303話 わたくしが魔法を生んだ日
みんなが敵だった。
唯一の味方だったお母様も死んでしまって。
お父様はぽっと出の庶民の女と再婚して。
味方の使用人は一人もいない。
何をしても裏目に出てばかり。
エラとの会話も思い通りに行かなくて。
ずっとすべてが気に食わなくて、どうしようもなくて。
敵はたくさん増えていって。
わたくしは何もできなくて。
すべての物は望めば手に入るのに、本当に欲しいものは何一つ手に入らない。
着飾るものも、たくさんの使用人も、王女という立場も、邪魔でしかたない。
処刑台に上がるときだって、それは変わらなかった。
ただただ、すべてが憎かった。
だから、強く強く願ったわ。
目から血が出るほどに、握りしめた拳が真っ赤になるほどに、喉から血が出るほどに。
『こんな世界、わたくしが潰してやるっ!!!!』
そして、首が切られた。
……はずだったのに。
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『おねぇさん、どうしたんだ?うなされてたんだぞ』
目を覚ますと、知らない子供がわたくしを覗き込んでいた。
わたくしを囲んでいた民衆も、断頭台も、王宮だった建物もどこにも見えない。
森の中で、わたくしは子供に助けられた。
その男の子は、見ず知らずのわたくしとたくさんお話をしてくれた。
夏が近づく森の中で、誰に見られることもなく喋る時間はとても楽しかったわ。
『おれ孤児でさ、家族に憧れているんだ。だから、いつか大家族の長になるのが夢で』
『ぼく、剣術褒められたんだ!おねぇさん、みてみて!』
『おねえさんの髪、きれい!おひさまに当たると、火みたいだ』
無垢な彼の話は、とりとめもなくて。
わたくしにそんな接し方をする人間なんて初めてだったから、時間を忘れた。
けれど、ほんの一時間ほど。
目覚めてから時間が経つと、わたくしの体は透けていった。
何が何だかわからないまま、わたくしは少年の『待って!!』の言葉をそのままに、消えた。
わたくしは消える前に、一言彼に言ったわ。
『その夢、叶うといいわね』
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そして、目を開ける。
また森の中だった。
だけど、葉が全て落ち切って寒い。
そこは冬で、雪が降って、誰もいない。
わたくしは歩いて森を抜けたわ。
そこには、村があった。
知ってる風景なんて一つもない、王宮の影すら見えなかった。
でも、わたくしのことを知ってる人は誰もいない。
誰もわたくしに目を向けない。
すれ違ったおばさんを捕まえて、声をかけたときはとっても焦ってしまった。
『あなた!!ここはどこなの?ディオメシアのどこ!?』
『お嬢ちゃんどうしたの?そんなに焦って』
『いいから早く!どうしてみんなわたくしを知らないの!?』
『痛い!や、やめておくれ』
なかなか答えないその人にイライラして、わたくしはつい口にしてた。
『わたくしの尋ねることにすべて答えなさい!!』
その時に、さっきまで抵抗してたおばさんが動かなくなった。
目もどこを見てるかわからない。
なのに、口だけはすごく滑らかに動いていた。
『ディオメシアはありません。王家もありません』
『な、いきなりなに』
『今回の奇跡を行使しました。次の奇跡は半年後になります』
『何よ……なんなのよ!?奇跡って、半年後って、わ、わたくしが何をしたって言うの!!!!』
わたくしが取り乱したそのとき、いきなりおばさんがハッとしたようにわたくしを振り払って逃げた。
何度も叫んだけれど、今度は言うことを聞いてくれなかった。
『何よ……助けて、ねぇ、誰か助けて!』
そのまままた体が透けて、わたくしは消えた。
味方も、何もわからない。
わたくしは、一度目の絶望を味わっていた。
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何度か同じことを繰り返して、だんだんと条件がつかめてきた。
わたくしはどうやら、一時間しか動くことができないらしい。
こちらが指定しなかったら、毎回午後12時から。
指定すれば、夜でも朝でも好きな時間から一時間が始まる。
そして一時間が経てば、体が透けて次の季節が巡っていた。
半年に一度の行動。
わたくしのことを誰も知らなくて、王宮よりもずっと田舎で技術の発展も何もない世界。
はじめの5回までは焦っていたけれど、何度現れても変わり映えのない風景にむしろ安心してきた。
『はぁ……今回の夏至は暑いわね。海沿いに行こうかしら……』
いつものように出現して、村の様子を見てから、瞬きをすればそこは海。
村を覆う森ではない、一面の青い海が広がっていた。
潮風を浴びて伸びをすると、いい気分。
半年に一回一時間なのは難しい条件。
けれど、いい能力も備わっていた。
行きたい場所を願えば、わたくしが知っているディオメシアの領地だったらどこでも瞬き一つで移動できる。
そして、移動とは別にもう一つ。
半年に一度だけ、なんでも願いが一つ叶った。
情報を得ることも、食べ物を出すことも、身綺麗にすることも、他にもなんでも。
一度だけ、村人の家で魔法のようなものを使ったことがある。
招待されて入った家で、お皿が落ちて割れそうだったから。
『止まりなさい!!』
と叫んだら、わたくし以外の時間が止まった。
わたくしが焦ったり、心を乱したらすぐにみんな動き出したけれどね。
『それでも、暇ねぇ……』
たった一時間では何もできない。
魔法使いになっても、半年に一回一時間はその時の時勢を把握することくらいしか使えない。
それも、村人たちに話を聞いても誰かの結婚話だったり、穀物の実り具合だったり、くだらない噂話ばかり。
もう20回以上の出現で、わたくしが得たのは情報収集の力だけ。
『わたくし、何のためにここにいるのかしら』
ディオメシアなんて誰も知らないこの世界は、わたくしが願った『潰したい世界』じゃない。
何のために出現と消えるのを繰り返しているのかわからない。
だから、気まぐれで願ってみたの。
『あの男の子と、また会いたいわね』
奇跡が叶えてくれたのかはわからない。
けれど、わたくしが口に出した直後。
近くで、砂浜を踏む足音がした。
誰かとそちらを向けば、大きなたくましい、精悍な男が剣を差してこちらを見ていた。
ツンツンした黒髪に、灰色の目。
日に焼けて健康そうな彼は、わたくしを見た途端走り出した。
『おねぇさん、か?』
『誰かしら。わたくし、あなたのような不躾な男性の知り合いはいなくってよ』
『おれのこと、忘れたのか?森で、うなされてるのを助けただろう』
そのとき、やっと思い出した。
もうわたくしは20回以上出現をしてる。
だから、実際には10年以上時間が経っていた。
目の前の男は、わたくしがこの世界に来た時に初めて出会った彼だったの。
『よかった……また会えた!』
あの日、わたくしの髪を綺麗だと言った彼の笑顔は、変わっていなかった。
その時に胸が高鳴ったこと、海風が心地よかったこと。
久しぶりに会った彼が語る10年での成長を聞かせてもらったこと。
そしてわたくしは、自分の背負う条件をすべて話した。
とても面倒な条件なのに、すべて聞いた彼はその時に約束をさせてきたの。
『じゃあ、冬至の時にまたこの海で待ち合わせをしよう!』
『一時間しかわたくしにはないのよ』
『その一時間、退屈させないからさ!』
それだけよ。
それだけなのに、わたくしはこの出現に意味が持てたの。
込みあがる思いも、自然と笑顔になるのも、初めてだった。
処刑台で血を吐く思いで願った思いは、塗りつぶされてた。
それからわたくしの出現は、彼の側から始まることになる。
だいたい10回は彼のために出現した。
魔法も何も使わないで、彼とただ一時間を海辺で過ごした。
それは、きっと幸せというものだった。
でも、次の出現の時。
わたくしは、彼の前にはいかなかった。
だって、こう言ってきたんだもの。
『今度、結婚するんだ』
海には、もう行かなかった。
それからまた、村や適当な場所に出現して時間を潰した。
約束を、破った。
そしてまた20回は出現したある冬至の日。
わたくしは気まぐれにあの浜辺に跳んだ。
そこで、目を疑った。
浜辺が、真っ赤に染まっていたから。




