302話 私の崖っぷちを突き抜けろ
ドレスが濡れる。
自分の血で、濡れていく。
刺された瞬間はお腹が痛かった。
なのに、今はそこ以外の全身が脈打つみたいに痛い。
さっきから脂汗がひどい。
お腹を押さえるけど、ドクドク血が逃げる。
命が流れてる感覚が、寒い。
唇が震えて仕方ない。
「なぁに?ずいぶんと簡単に刺されてくれるのね。もっと逃げ回っても……いえ、早く死んでもらうのがいいかしら」
「あなた、が……動けなくしたんでしょう。魔法なんて、チート」
「チート?わたくし、跳んだら一度しかそんなものは使えなくってよ。動けなかったのは、あなたが臆病だからでしょう」
魔女は玉座に座って、足を組んで、頬杖をつく。
だらけて気だるげそうな姿が、ドレスも相まって女王様みたい。
なんて、考えるしかできないけど。
「そうだ、あなた遺言はあるかしら?わたくしとしては、このままあなたが死ぬまで待ってから時を動かすつもりなのだけれど……面白そうだから、遺言を残す時間はあげてもいいわ」
「なんの、つもり」
「わたくしはあなたより優しいもの。」
「趣味が、悪い」
「あんなどろっどろの一周目を書くあなたほどじゃないわよ!!」
ふん!って彼女はそっぽ向いた。
こっちは普通に死にそうなんだけどな。
でも時間が止まってる以上、誰の助けも借りられない。
ああ、頭使うとぼーっとする。
こちとら普通の人間なんだ、何とかしないとほんとに死んじゃう。
「でも、時間ないのよね……願いは時間を止めるのに使ってしまったし」
「なにが、目的なの?バッドエンドって、もうこの戦いは終わるわよ」
「それはいいわ。どうせ、わたくしが一時間だけでできることなんて限られているもの」
「一時間?」
「ええ。あなたもわかっていたんじゃなくって?わたくし、太陽の最も上る日と落ちる日の一時間だけ好きに動けるのよ」
夏至と冬至の日だけ入る邪魔は、そういうことか。
というか、謎に目的一致してるからって12/22の今日、この戦い起こしたディセル本当恨むわ。
見事に私に、全部おっかぶさってきてるじゃん。
でも、そうか。
いろいろとつながった。
彼女の条件は、まだあるんだろうことはよくわかった。
一時間、それだけ分かったならもう十分。
「なるほど……あなたが邪魔をしてきたのは、行動制限つきだったのか」
「おかげで毎回苦労したのよ。半年ごとに跳んでしまうから、情勢の把握が大変だったわ。あなたが好き勝手に動くから、一周目と変わったところがとっても多くて」
「随分とおしゃべりだね……」
「あなた、そのまま死ぬじゃない。ただ待つのは暇なんですもの」
や、まぁその可能性は大なんだよね。
もう助からなさそうって、案外予感できるみたい。
要らない発見すぎるなぁ。
でも、私このまま死ねない。
未練はたくさんある。
みんなでまたお茶したかったし、全部終わって安心出来たら恋模様とかを野次馬したかったし。
それに、この先のディオメシアは完全に未知数だから。
私が作った世界のお話がまるで役に立たない、みんなで紡がなくちゃいけない未来が来る。
このまま魔女を野放しにしておけない。
彼女を好き勝手にさせたら、台無しにされる。
ここで、止めなきゃ。
「これまでも、そうやって人を殺してきたの?時間を止めて、いたぶって……」
「そちらこそ偽物のくせに、わたくしのお父様を謀殺した気分はいかがかしら?気分がいいでしょう?目的のために、重要人物を殺せたんですもの」
「それは、あんたもでしょ」
指を確認する。
大丈夫、動く。
怖い、人に向けるの。
人殺しになりたくない。
だけど、自分の命と引き換えに大切なもの守れるなら?
それなら、きっとできる。
「アンナを毒殺したの、あんたでしょ」
「……どうして」
「私は完璧にやった。ジークも見張ってたはずなのに、大胆な毒殺なんかできるわけない。時間を止めて、毒盛ったとしか考えられないんだよ」
「それがわかったって、誰もわたくしを裁けないわ!」
「だから代わりに聞いてあげる。……大好きだった母親を、殺した気分は?」
みるみるうちに、魔女の顔は赤くなる。
気だるげだったのに、目を吊り上げてこっちに歩いてくる。
右手には逆手に握った剣。
殺意しかないな。
そう仕向けたのは私だけどね。
本当に、感情で動く人はまっすぐで助かる。
「貴様に、何がわかる!!」
「二周目だからって、よく実の母親毒殺できたね」
「お前がこんな世界にしなければ!!」
頭上から、鋭い切っ先が降ってくる。
やっぱり剣以外に武器はないんだ。
立ち筋もまっすぐ、怒りに任せた振り下ろし。
フェイントもない、これなら。
「かかった」
力を振り絞って、腕をあげる。
震える両手だけど、ここまで近かったら当たる。
頭上約70cm、狙うは右手。
バン!!
銃弾一発。
狙った的は、見事的中して魔女の右手を貫く。
痛みで剣を落としたのを拾われる前に、力いっぱい蹴って遠ざける。
これで攻撃の目は消えた!!
あと一発、急所を狙って撃てば。
でも、気を取られ過ぎた。
「貴様ぁぁぁぁ!!!」
私の頭を、左手が掴んできた。
爪を突き立てて、頭皮が肌が、血が出てそうなくらい引っ掻かれる。
痛い、痛い!!
爪が引っ掛かる、削られる!!
なんて握力だよ!?
「はなせやぁぁぁぁあ!!」
銃を構える。
引き金を、狙って引いた。
その時だった。
ぐにゃんと、世界が歪んだのは。
頭が痛い、目がくらむ、床が揺れている。
周囲の環境が、目まぐるしく変わる。
頭を掴んでいた腕も、燃える玉座の間も、メリーもジークもいなくなる。
目が開けていられなくなって、きつく目を閉じた。
この感覚、知ってる。
前も、不思議な感じがあった。
そうだ、スラムの魔法に触れたあの時の……。
『みんな、敵よ』
声がした。
幼い、子供の声。
その声から、世界が構築されていく。
パズルが組みあがるみたいに、出来上がった空間はよく見知ったものだった。
ディオメシアの王宮の一室。
白黒のその世界。
天蓋付きのベッドの上に、唯一の色があった。
赤銅色の、美しい髪を持つ幼女。
誰か?……ディアーナ王女だろうな。
これは、彼女の記憶か。
なんとなく、自分のおなかを触る。
体の傷がない、どこも痛くない。
でも、また動けない、棒立ちのまま。
私は、彼女のこれまでを見るしかないんだ。




