300話 私の罪と彼の最後の仕事
矢は、見事にディルクレウスを撃ちぬいていた。
鎧の隙間に見事挟まって、貫いて、倒れ込んだ胸元から何かがこぼれた。
カチャンって、銀の台座に緑色の石がいくつもちりばめられた、髪飾り。
かなり頑丈にできているはずなのに、それがバラバラになっていた。
「汚いやり方を、覚えたものだな。我が、お前を庇うと見越していたか」
「賭けよ。わたくしを、お父様がどうでもいいと判断していたら、成り立たなかったもの」
「まさか、もう一つあったとはな……」
「お父様相手に、正攻法で勝てるわけがないでしょう」
メリーと準備をしたとき、私たちが入った部屋は2つ。
そのどちらもでボウガンを入手して、仕掛けを施した。
でも、この作戦の肝はそんなところじゃない。
彼をそうさせたのは、メリーが見つけた髪飾りで、私の背後で後ろ手に出してた指示通りアンナの声帯模写をしてたジークで。
私は、このラスボス悪王の愛とかに賭けて、ボウガンの標準をディルクレウスじゃなくて私の頭を打ちぬける位置に直しただけ。
あとはジークが喋るアンナの言葉に口パク。
振り向けば、ジークを何とか抱え起こしてるメリーと目が合う。
だけど、二人とも、やってやった!なんて顔なんてしてない。
暴力事が嫌いなメリーはともかく、ジークでさえ信じられないって顔をしてる。
そうだよね。
メリーには『交渉を有利にさせたいから、ジークにアンナの声帯模写を頼んで』って指示を出しただけだもん。
これは、私の独断だ。
膝を折って、ディルクレウスを見下ろす。
あんなに強大なラスボスが、これで倒れるなんて皮肉な話。
「お願いがあるの、お父様。この戦いを終わらせましょう?このあと蘇生を行って、わたくしに王位を授けるように宣言してくれれば」
「嘘はつくな。この戦いは、我の死の周知なしに、終わりはしない」
ディルクレウスは、血を吐いた。
どんなに痛がるそぶりを見せない彼でも、心臓を打ち抜かれたら致命傷のはず。
だけど、彼は動いた。
腕だけで体を起き上がらせて、私と視線が合う。
化け物だ。
もう死んでてもおかしくないのに、こんなに喋った挙句まだ動くの?
まずい、本当に殺されるかも。
ディルクレウスは、地下教会に行けば蘇生できる。
でも、私もメリーもジークも蘇れないのに。
「ディアーナ様……!」
「クソ、体が動かな……」
メリーとジークの声がする。
私は、咄嗟に二人の前に立ち塞がって両手を広げた。
だけど、ディルクレウスがとった行動は思いもよらないもの。
彼は何とか座ると、両手で床に触れた。
そして、エメラルドの髪飾りの破片を、一つ一つ集め始めたんだ。
「なにを、しているの」
「我は死ぬ。蘇生はするな、そのまま王となれ」
「そんなのこちらに都合が良すぎるわ」
「我の願いは、ようやく叶う。それだけでいい」
致命傷を負ってるとは全く思えないほど。
体中から血を流して、それでも指先も声音も震えない。
大きな体躯と、細やかにパーツを拾う姿がちっとも似合わない。
だけど、私たちは何も言えなかった。
邪魔しちゃいけないって気持ちでいっぱいだったから。
そして、すべてのパーツがディルクレウスの右手に収まる。
その時、彼が私を、まっすぐに見た。
右手を、私にそっと差し出すその姿。
服装も違うし、あの頃とはシチュエーションも何もかもが違う。
それでもデジャブを感じた。
十年前、成り代わってすぐの頃。
アンナに言われて、二人でワルツを踊ったときの、あの不器用な顔を。
「手を出せ。おまえのものだ」
その声に、私は逆らえなかった。
無防備に近寄って、大きな手を掬うように支える。
私の手が、パーツを受け取る姿を見つめられている。
攻撃の意思なんて微塵も感じられなかった。
「すべて、受け取ったわ。でも、どうしてこんな……お父様?」
大きな手が、落ちた。
パタンと、彼の膝の上に。
ようやく思い至った。
十年前の同じ日に、アンナで同じものを見ていたから。
ディルクレウスは、こちらを見ていた。
だけど、その瞳はもう命がなかった。
座ったまま、目を細めてこちらを見たまま。
強大で、傲慢で、戦ばっかりで嫌われてて、この戦いを引き起こすくらい恨みを買っていた悪王。
彼の最期が、こんな形になるなんて。
「お父様……ディルクレウス王」
「死んで、しまったんですか……ディアーナ様、わた、私たち人を殺し」
「メリーは無関係よ。すべては、わたくしが思案したことで、あなたは何もしていないわ」
「……バカな男ですよ。最後にすることが、アクセサリー集めなんですか」
私だけじゃない、メリーとジークが証人だ。
この戦いを終わらせるピースが完全に揃った。
死を悼みたいけど、今はできない。
戦いを、一刻も早く終わらせるんだ。
そうしないと、そうじゃないと。
「ジーク、足が動くなら今すぐディルクレウスを抱えてちょうだい。わたくしとメリーは自力で脱出できるから」
「無茶言いますねぇ、片腕ないのに大男運べと?できますけど」
「さっさとしてちょうだい。蘇生はするなって言っていたけれど、遺体をそのままにはできないわ」
「ディアーナ様、わ、私は」
「メリー、落ちついて。事態の収拾を急ぎましょう、ここまで邪魔は入らなかったけれど、もし魔女が出たら」
「出たら、何かしら。『すべてが無駄になる』とでもいうつもり?」
声がした。
私と、メリーとジーク以外の声が。
不思議と聞き覚えがありすぎる、女の声が、私の背後から。
ぞっとする気配。
これまで感じた何よりも強い、何か。
それが、私の後ろに、いる!!
振り向いた、けど姿を見る前に私の体は突き飛ばされて、床を滑る。
周りの音は不思議と聞こえない。
私が倒れた音すら、聞こえない。
それなのに、その声だけが嫌に耳についた。
「もっと事態が動くのは遅いと思っていたのに。跳ぶ時間を間違えたわね……あなたのこと、もっと早くに殺しておくべきだったんだわ」
よく聞いたことのある声。
私の、ガーネティアの声にそっくりで、目を開けた私は信じられなかった。
「まさか、魔女……」
夏至と冬至に現れる、邪魔者。
彼女の姿は、予想もつかないものだった。




