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299話 私の終わり/悪王の弱さ

空が見えた。

下からは、男たちの停戦への歓喜が。

すぐそばには若い王と王女が、未来がある。


頭がひどく痛んで、思わずこめかみに触れたときようやく気が付いた。

私は、スラムの『魔法』から解放されたのだと。



(いやだ、やめろ、まだ悲願が)

(我々の苦渋をここで止める気か)

(殺させろ、誰でもいい、ジャックに人を)

(我々の手で、我々がいなければ)

(今が好機なのにどうして)



ずっと、私の体を乗っ取ってきた過去の亡霊たちの声が、小さくなっていく。

やはり、スラムの王と認定された者が過去に人を殺した場合、過去の呪縛がとり憑くという仮定は、正しかったようだ。


一周目の記憶を持ったままスラムに流れ着いて、よかった。

魔法は想定外でしたが、決定的な今の瞬間まで私が保持し続けられて、よかった。

ジャックを守って、あの子の手を完全に血で染めさせることなく育ってくれて、よかった。


そして、革命軍の皆さんが、操られてしまった私を見放してくれて、よかった。

ライラが、ジャックが、若い未来が希望になってくれて……本当に、よかった。



「私は、自由だ」



あの日、未来のしがらみを得た。

あの日、弟にすべてを押し付けて逃げてしまった。

あの日、利用できると、利害は一致すると間違った判断をして、魔法に操られた。


まだ、王家の祝福から王族を開放できていないかもしれない。

けれど、ずっと見てきた。


若い未来たちが、どんな逆境も乗り越えていく姿を。

そして、一周目よりも美しい終焉に舵が切られたことも。

それはすべて、ライラの、私が作り上げた偽物王女が中心になって起こった異変だということも。


ならば、きっと叶えてくれるでしょう。



「ようやく、眠れる……」



私の声は、誰に届くこともない。

近くにいるルシアン王とガーネティアにも。


今ここに居る私は、ディオメシア元王子でも、スラムの賢人でもない。

ただの、役目を終えた一人の自由人だ。


この先の未来など、もう私の理解の範疇ではない。

不安なものしかないが、それでもこの空のように晴れやかな気分だ。


また、目を閉じる。

周囲はとても騒がしいですが、私にとっては最高の子守歌だ。


随分と久しぶりの、安らかな眠り。

意識が落ちる直前に、ジャックの私を呼ぶ声が聞こえた気がします。


でもそれを無視しました。

私はもう、自由人ですから。





玉座の前で、ディルクレウスは悠然と立っていた。

刺し傷まみれのその体は、それでも不思議と威圧が増すばかり。


ディアーナ王女は、メリーとジークの前に立つ。

手には、何も持っていない。

それでも、彼女の目に絶望はなかった。



「命乞いでもするというのか」

「いいえ。必要ありませんわ」

「ならなぜ我の前に立つ」

「お父様を、止めるために」

「力で我に勝てると?」

「ジークでも倒せないのに、勝てるとお思いですか」

「戯言だな。お前に何ができる」



吐き捨てるようなディルクレウスの声に、ディアーナ王女は手を後ろに回した。

そして目を閉じる。


わずかな時間の無言。

メラメラと燃える炎の中、赤を纏ったディアーナ王女は、まるで炎の化身のようだった。



「お母様が亡くなった日、わたくしは託されましたの。『この国を、ディオメシアを救ってくれ』……お父様は、最期に言葉を交わされましたか」

「忘れた」

「嘘ですわね」

「減らず口だな」

「お母様譲りですわ。……思い出してくださいまし」

「必要性を感じない」

「必要ではないものの中に、生きた証があるとしても?」



そして、ディアーナ王女は目を開く。

ゆっくりと、ディルクレウスに向けた言葉を言うために。


彼女の口が開くのを、ディルクレウスだけが見えていた。



「『ルクは、お父様は不器用だから。お前が助けてやってほしい』」



それは、ただの言葉。

だが、どれだけ斬りつけても、刺しても表情が変わらなかった王の表情を変える武器。


目を見開き、腕がディアーナ王女に伸びる。

眉がわずかに下がり、唇が揺れていた。


それもそのはず。

ディアーナ王女の口が動くたび、懐かしい声がするのだから。



「やめろ」

「『本当は心優しい、お前のことをいつも気にかけている』」

「その声を出すな!!」

「『ルクは私の唯一だ』」

「アンナの声を、出すな!!」

「『この子は私たちの生きた証になる』」



アンナ王妃の声が、一つ一つ燃え盛る玉座の間を満たす。

喋るたびに、何かに苦しんでいるのはディルクレウスだけ。


頭を抱えて、下を向く彼はさっきまでの威圧がない。

息を荒くし、目の前の女を見つめる目は血走っていた。


だが、その視線を向けられてもディアーナ王女は変わらなかった。

後ろ手にまっすぐ立つ彼女の姿が、余計にディルクレウスを苦しめている。



「『さよならだ、ルク』」

「アンナ?」

「『地獄で待ってる』」



その言葉の直後だった。

ガヒュンと特徴的な音が、ディアーナの背後でしたのは。


それを視認したのは、ディルクレウスだけ。

そして咄嗟に、ディアーナの腕を引いた。


わかっていて、彼は避けなかった。


ドスン


鈍い音がした。

肉に、矢が刺さる音。


それは、わかっていたディアーナ王女も、ジークもメリーも、我が目を疑う光景だった。



「……負け、か」



声を出したのは、ディルクレウスだった。

直後、彼の体はメリーとジークを避けて倒れる。


彼の胸元には、太い矢が深々と刺さっていた。

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