298話 わたくしの一歩、王の陥落
見張り台に上がるのは、初めてのこと。
小さなころは、ここに立つ人は人形だと思っていた。
世界はわたくしと、お母様と、お父様だけ。
他のみんなは、わたくしの暮らしのための使用人で、お人形で、わたくしたち家族の悪口を言う嫌なもの。
でも、今ならわかる。
地上で戦う人間の、一人一人に生きてきた時間があること。
この見張り台に立つことが、とっても足がすくむことも。
「た、高いわねぇ……!」
「あの、本当に立たれるんですか。あなたがこの十年空白があったこと、聞き及んでいますから無理は」
「べ、別に問題なんてないわっ!?ちょっと慣れないだけですもの、小国の王だからってディオメシアの王女を侮らないでちょうだい!」
「腰が引けてますよ……やはり、下でエラ嬢と待っていた方が」
下を見る。
エラと、気絶してるレオンと、真っ赤な簀巻きのディセルがいるけれど……。
見なければよかったわ、本当に高い……。
い、いいやダメよ!!
ここで逃げてみなさい、あのライラに負ける!!
それは、許されない。
わたくしは、正統な王女なのだから。
民を、国のために立てなかったら、何のための王族なの?
偽物の彼女がやったことを、わたくしができなかったら。
なにより、悔しいじゃない!!
「バカにしないで。ほら!!あなたが一声かけないと始まらないのでしょう。早く宣言を」
「おいあれ!!見張り台に誰かいるぞ!」
「あれは、ルシアン王!?」
「それにあの赤銅髪、あのお顔は!ディアーナ王女!?」
「……あの、ガーネティア様。しゃがみこんでも見えていますよ」
「わ、わかっているわ!?ちょ、ちょっと驚いただけよ!」
なんてこと、まさか一瞬でわたくしに気づくだなんて。
だって、七年はディオメシアを離れていたんでしょう?ライラは。
それなのに、どうしてすぐバレるの?
勇気を振り絞って、立ち上がる。
そうしたら、すぐに見つけたわ。
見覚えがある、あの二人を。
「お、ガーネティア―!おーい!」
「あ?ああ、王女サマじゃねぇか」
ボロボロの服に、大きな弓を背負ったジャック。
見慣れない服装に、長すぎる黒髪のミクサ。
それに、スラムの……革命軍のみんながいる。
「ディアーナ―!!」
「なんだ、まさか王宮制圧か!?」
「王様死んだか~!!」
「無礼な!」
「クソっ、でもルシアン様がどうして」
「本当に王宮が陥落したのか?」
門のギリギリまで人がたくさんいた。
革命軍の人たちと、ディオメシアの兵士の人たちが混ざり合って、大騒ぎ。
戦いは武器がたくさんで、怪我も絶えないっていうのはわかっていたわ。
だって、わたくし一回銃弾で死んだもの。
なのに、なんだか下で行われているのはそんなものじゃなかったわ。
「やめろ‼寄るな!!」
「な、なんだこいつらさっきから!!」
「いだだだだだ!!」
みんな、武器は持ってるはずなのに、なんでか素手で殴りあってるんですもの……。
ディオメシア兵が銃を持っていても、革命軍側が体当たりで武器強奪して、そのまま体がエビのように反っていく。
い、痛そうね!?
「動くな!ったく、こっちはほんとに殺す気ねぇんだ。おいジャックもっと声出せ!!テメエの指示しか聞かねえんだ革命軍はよぉ!!」
「お、俺の意向に従えねえ奴はいるかー!?」
「ジャックに続け―!」
「ボスの仰せのままに!!」
しかも、ジャックとミクサがみんなを先導してるなんて。
だんだん、何を見せられてるのかバカらしくなってきたわね。
ルシアンを見ると、さっきまでのやる気に満ちた目はどこにもなかったわ。
いったいどうしてこんなことに?
でも、このままだと戦いが終わらないのはしょうがないもの。
わたくしが大きな声を出そうと深呼吸した。
そのとき、背中を強く押された。
ドンっと押しのけられて、横にいたルシアンに思い切り抱き着いてしまったのが、とっても驚いたわ!
「っきゃあっ!?」
「ガーネティア様!」
「貴様らどけぇ!!」
その声は、さっきまで聞いていた声。
包まれていたはずの真っ赤なマントは、どこにもないの。
わたくしが知ってるシー先生じゃない人は、下の人たちのほうを向いていた。
いつもの冷静さも、優しさも、穏やかさも何もないの。
その人は、下を向いて大きな声をあげた。
「何をしている!!殺せ!何のための武器だ!!」
その人の声は、なんだか恨みが詰まっているよう。
ルシアン王がわたくしを抱き留めて背中に隠してくれなかったら、泣いてしまったかもしれない。
それだけ、叫びが血を吐いているようだったわ。
「おい、あれシー先生じゃないか」
「先生だ」
「なんだ、あんな所にいたのか」
「貴様ら……スラムの王は私だろう!?私の、我々の言葉に従え!!殺せ、逆らう者どもを皆殺しにするんだ!!」
わたくしたちは、ただ見ていたわ。
シー先生が、別人のように叫ぶのを。
どうしたらいいのか、ルシアン王もわたくしも必死に考えていた。
けれど、ふいに起きたのは……笑いだった。
さっきまで戦ってた革命軍の人たちがみんな、合わせたみたいに大声上げて笑うのよ。
わたくしたちはもちろん、シー先生は焦った顔をしたわ。
「な、なにがおかしいんだ。これは、王族を打倒するための戦いだろう!?」
「なんだよ!戦う前に逃げた腰抜けじゃねぇか先生!」
「ずいぶん上からモノ言うなよせんせい!」
「誰だおまえ!!」
「俺たちはジャックについていくんだ!」
その言葉が、聞こえたんでしょうね。
シー先生は、膝から崩れ落ちた。
そしてそのまま、倒れ込んでルシアンの足元に転がる。
先生は目を見開いて「バカな」とか「我々の魔法が」とか「ジャックの体になぜいけない」ってうわごとを喋っていたわ。
けれど、いきなり意識を失ってしまった。
何が起きたのか、わたくしたちはわからなくて。
「ルシアン、これはどうしましょう……」
「ボクにもさっぱりです。でも、今なら皆の視線はこの見張り台に集まってます!停戦宣言をするなら、今しましょう!」
「え、ええ!そうね!」
わたくしは、今度こそ覚悟を決めてルシアンの背中から出る。
そうよね。
わたくしたち、威光を見せて事態を収拾しようとしていたんだったわ!?
身を乗り出して、みんなの視線を一身に受ける。
胸が高鳴る、これが緊張、わたくしが本来すべき使命。
ライラが繋いでくれた、わたくしの未来。
下から見えない位置で、ルシアンの手を握った。
目が合った彼の顔は、とても凛々しかったの。
だから、もう何も怖くなかった。
「皆のもの、戦いを止めなさい!!わたくしたちは、指揮官両名を手中に収めたわ!!」
「ステラディア王ルシアン!ディオメシア王女ディアーナの名において、ここに停戦を宣言する!!」
不思議と、皆の動きがだんだんと静かになる。
わたくしの声とルシアンの声に、戦いが止まっていく。
わたくしたちの仕事は、ちゃんと成功したみたい。




