297話 ボクと彼女が背負う重さ
地下教会を出て、教会の扉を開ける。
そうしたら、爽やかな冷たい風が吹き抜けた。
ほんの十数分ぶりの外なのに、なんだかとても久しぶりな気分になる。
背中にいるレオンも、風は感じてるだろうけど……。
返事は無理だろうな。
さっきエラ嬢に『嫌い』って言われて気絶してしまったから。
エラ嬢に刻まれた頬の手の跡。
思い出すと少し面白い。
そんな場合ではないことくらい、わかっているんですが。
「すみません、計算上レオン王子の体躯では大怪我には当たりますが、命に別状はないんです。お伝えする場面を逃してしまって」
「言ってくれたらよかったじゃないですか……!コマチさんとアテナさんが深刻そうにするから、死んでしまうのかと思って!わたし、もう恥ずかしい!」
「自分には医療道具の手持ちはありませんし、ルシアン様に止血を頼んだのは応急処置ですから」
「あたしも、それ以上体重かけたら肩の骨ごと折れるかもだから、やめろってだけだ。勝手に死ぬ前提で話し始めたレオンが悪いだろ」
「わたくし、何か余計なことをしてしまったのかしら?水を差してしまったようね」
「ガーネティアさんが言ってくれなかったら、わたし騙されるところだったんでよかったです!」
どうしても、後続の女性たちが姦しい様子を聞いていると、危機感も薄れてしまうので。
先ほどまで命が消えるかもしれなかったのに、本当に女性というものは強い。
レオンを背負ったボクを先頭に、ぞろぞろとみんなで外に出る。
最後尾は、ディセルを抱えたアテナさんだ。
皆一様に、外に出るとほっとした顔をする。
でも、まだ燃え続けている王宮を目にすると、即座に反応が変わった。
女性陣は、すぐに黙して王宮を見つめている。
王宮は黒い煙に包まれて、最上階の謁見の王座がある階のすぐそばまで火が迫っていた。
特にコマチさんは顔が引きつっていた。
ボクも、気持ちはよくわかる。
今、きっと王宮内にはディルクレウス王とディアーナ様とメリーさんがいるはず。
今すぐ向かいたい、二人を助けたい。
だけれど、そうはいかない……ですよね。
ここは、ボクが流れを変えなくては。
「皆さん、この戦いを一時でも止めるのに、ボクらができることをしましょう」
「で、でも何をすればいいのかしら?わたくしたち、止められるようなことは何も」
「ガーネティア様、できますよ。戦いを終わらせるのは難しくとも、停戦には持ち込めるかもしれません」
満身創痍のレオン、捕縛しているディセル、そしてボク。
かなり都合がいいことを言ってる自覚はある。
だけど、ここでできませんなんて言えない。
かなりの無茶で、絶対無理な状態からすべてをひっくり返した彼女たちを前にして。
男を見せる。
ただ血を流すことだけで、報いようなんて思いませんから。
「コマチさん、ディアーナ様のところに行ってあげてください。きっと、待っていますから」
「で、ですが。ディアーナ様の願いを遂げるまでは」
「ルシアン、余計なことはいい。あたしらはちゃんと全うするだけだ」
コマチさんの言葉を止めたのは、アテナさんだった。
暴れるディセルに猿轡を噛ませて、制御してる彼女は細腕とは思えない力だ。
先ほども口汚く罵っていたディセルを、ゲンコツ一発で気絶させたその手腕はこちらも背筋が凍った。
彼女がいなかったら、きっとディセルを連れて外に出られなかっただろう。
でも、専属使用人である二人が、ディアーナ様のことを心配しないはずないのに。
「でも」
「でももいらねぇ。コマチ、あっちにはたぶんジークが行ってるんだ。あいつが何とかするから、行ったら邪魔になる」
「アテナ、自分はそれ聞いていませんが」
「あいつがそっち行きたいってったから、あたしはこっち来ただけだし」
「そちらで話が進んでいるのなら、共有してください。どうしてあなた方は独断先行ばかりするのですか」
「ジークのバカの秘密主義に巻き込まれた側だあたしは!荷台で起きて早々自己中かましたあいつに言えよな!」
「ディアーナ様の命がかかっているのですが?あなた方二人でディアーナ様のもとへ向かうのが最も安全でしょう」
「お前らが一人でも死んだら、悲しむのだってあいつだろ」
アテナさんの一言を最後に、コマチさんは黙ってしまった。
優しいんですよね、ディアーナ様も、専属の方々も。
ですが、あまり長くゆっくりはできません。
門の前に近づくたび、雄叫びや武器を交える音が聞こえている。
戦いの前線が、もうすぐそばにある。
王宮の門を突き破って、中を制圧するのも時間の問題でしょう。
「皆さん、ボクが門の上の見張り台に立ちます。そこで、レオンとディセルを捕獲した旨を宣言し、ディオメシア側として一時停戦を呼び掛ける」
「待ってくださいルシアン様。それじゃ危ないです、攻撃されるかもしれないのに」
「エラさん……では、誰が出られますか?今、この場でボク以上の適任はいません」
レオンは気絶、ディセルは自由になれば自害しかねない。
エラさんは立場上商人、アテナさんとコマチさんは革命軍側には顔が効きますが、使用人であることには変わりない。
ボクが小さく覚悟を決めたその時、隣に誰かが立った。
その横顔に、一瞬息ができなくなる。
赤銅髪の、凛々しくて美しくて、ボクの愛する人になぜか瓜二つの顔があったのだから。
「アテナ、コマチ。わたくしが直々に命令するわ。『今すぐ主のもとへ向かいなさい』」
「は?いきなりなんだよガーネティア」
「先ほどから聞いていれば、あなたたちが本当は助けに行きたいことなどお見通しでしてよ?なのに、わたくしたちを行かない理由にするのはやめてちょうだい」
さっきまでの、影が薄い彼女はどこにもいない。
ボクの隣にいるのは、堂々としている王女様そのもの。
まるで、ボクが焦がれた幼き日のディアーナ様そっくりだ。
「で、ですが」
「くどい。わたくしに何度も同じことを言わせないで!あなたたち二人いないところで、何の支障もないわ!」
コマチさんの反論も言わせる隙を持たない。
本当は、困る。
アテナさんとコマチさんがいたら、心強い。
何とかなる気がする。
でも、心配でたまらないって顔をしたままの二人を、ここに縛り付けてまで安全をとるのか?
それは、王か?
ううん、これはそうじゃない。
ディアーナ様の友人として、ボクは決意しなければならない。
「そうですね。ボクらだけで何とかしなくては、国など到底動かせませんから」
腹を決めた。
ボクは、戦う。
力ではなく、人を動かす力で。
一目散に王宮へ走る二人を、ただ見つめた。
どうか。
どうかディアーナ様が無事でありますように。




