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292話 俺の自己中仇取り

上に立つ者の剣は重い。

じゃあそうでないものの力は、軽いんでしょうか?


それは割とどうでもいいんですけどね。

この男さえ手にかけられれば、重くても軽くても。



「貴様は、アンナのか?」

「覚えてたようで光栄ですねぇ。ルク殿!!」



偽物王女を火が回らない隅に放れば、メリーがすぐに寄ってくる。

まったくいい信頼関係ですね、泣いてしまいそうです。


ですが、この男相手に油撒きと火打石で挑んだのが悪手。

どうしてこうも詰めが甘いんでしょうかね。


両腕に短剣を持って、構える。

ディルクレウスの後ろには、俺が投げた火炎瓶で火の海。



「気を付けないと、燃え死にますよ?戦場でマントに火が燃え移ったときの貴方は実にケッサクでしたね。ル、ク、ど、の?」

「……我の名を、呼ぶな」

「あっははは!なんだ覚えていらしたんですね!?よかったよかった、殺しがいがあるってもんだ!」



左に持つ短剣でディルクレウスに振りかぶれば、奴は一歩後ろに下がろうとする。

だが残念。そこは火の海!

鉄の鎧で火に入れば、どうなるかなんて、ああおぞましい!


飛び上がって全体重を乗せた斬撃を放つ。

難なく防がれて、剣一本で薙ぎ払われましたけど。


やはりとんでもない力。

先の大戦より、比べ物にならないほど、強い!!


目にも止まらない速さで肉薄して、俺の胴を切り上げようとする。

何とか後ろに回転し、第二撃、そのまた追撃を躱す。

ですがこちらの一瞬の隙をついて、拳が伸びてきた。


つい、手近の左腕で防ぐものの、骨が砕かれる音。

まさかまさかだ。威力が殺してもこれだなんて、想定外!

そのまま吹っ飛ばされ、壁にぶつかる直前でなんとか足を畳み、壁を蹴ってもう一度突撃。


空中で右手に握った短剣を投擲したのに、奴の頬に掠っただけ。

素早い攻撃なら、多少は効くようですね?



「死ねぇ!!」

「愚かな」



防御姿勢ひとつ取らないで、俺の剣戟を受け止める奴。

でもさっきまでの単純なものじゃない。


瞬きの間に、10回は刺突する高速剣戟。

俺にかかれば、20回は刺せるヴァルカンティア式剣術の最高峰。

左腕の筋肉を限界まで酷使する、自滅の剣。


剣先は、ものの見事にディルクレウスを刺した。

1、2,3に4。

肉の刺さる感覚と同時に、剣に防がれた痺れも同時に襲ってくる。

全部刺せるとは思っていないですけどね?

それでもこの速さを片手に掴んだ剣一本で、なんで防げるんです?



「見切った」

「はぁい?」



次の瞬間、俺の左腕にとんでもない重さがかかる。

あと3回刺せる、そのはずだったのに左腕の感覚が消えた。


ディルクレウスの肉を刺した感覚を最後に、ぶちぶちッと嫌な音が俺の体を襲う。

何が起きたのかわからないままに、奴の足が俺のみぞおちに入った。

急所なら予備動作なしでいくらでも耐えられる、次の攻撃を俺も仕掛けないと。


だったのに。

俺の体はまたも飛ばされて、今度は踏ん張って立ったままいられたはずなのに。

気が付けば平衡感覚を失った体は、床に倒れ込んでいた。



「……は?なん、どうして」

「すまない。久しぶりに骨のある相手だったからな、手加減を忘れた」



すまない、なんて顔じゃないだろう。

無感動なくせに、人形壊したガキみたいな顔をしないでください。


立ち上がろうと左手をつく時、また転ぶ。

くそ、出血が止まらない。

胴への攻撃は避けていましたし、多少手傷は負ってますがそこまででもないはずなのに。



「ジークさんもうやめてっ!!立たないでくださいっ!!」

「メリーやめなさいっ!!あなたが行っても足手まといよ!」

「なんで、ディアーナ様、ジークさんが、ジークさんの、左腕」

「わたくしたちが手を出していいものではないの!!わきまえなさい!!」



女子の声ってのは、よく響きますねぇ。

アンナの声も、戦場ではよく通ったっけ。


で?左腕?

左腕……ああ、見なければよかった。


メリーの声も、偽物の声も、的確過ぎて困る。

感覚がなくなったのは、当然のことでした。


左腕の二の腕から下が、ちぎれかけている。

どんなに力を入れても、指が動いていない。

血が余計に流れていく。


はぁと息を吐けば、なんだか体温が下がった気がした。



「痛い痛い!!ひっどいですねぇ、こっち側ルシアンに怪我させられた方なのに~もうぶらんぶらんじゃないですか。いっそちぎって身軽にしましょうかね」

「貴様は、相変わらずのコウモリか。どちらにもならない、道化のまま」

「え、ひどい無視されました。言いたいことあるなら、わかりやすく言ってくださいませんか?言葉が足りないって、アンナから何度も言われてたでしょう。ルク殿」

「その名で呼ぶなと、何度言えばわかる」

「一度でわかってるから呼んでるんですよ。鈍いですねぇ」

「何が目的だ。貴様はディアーナの専属使用人だろう」

「私怨です、言い方変えれば『アンナの弔い合戦』。それ以外ないですから」



右腕が生きていればまだいい。

幸い、こっちはほぼ無傷ですし。


というか、俺あいつの上半身何回か刺してるのに効いてないんですけど。

血出てますし、深く刺したし、なんなら刃に毒仕込んでるんですが?


あ~本当にいけ好かない。

この状況で、下がることは不可能で退路もない。

なのに、焦った様子ひとつ見せない。

マントに燃え移った火すら、煩わしそうに見るだけで外しもしない。


ほんとに、その無感動さどうにかならないんですか?

その、生きながら死んだ目が、吐き気がするほど気に入らない。



「アンナが、どうした。あいつは死んだ、十年は前に」

「お前が殺したんだろ。俺の、大事な家族を!!」



あの日のこと、何度でも思い出せる。

ディアーナの七歳の誕生パーティーが終わって、一人で部屋に戻ったアンナを確認して、あいつはピンピンしてたんだ。


なのに、次に見たときは苦しむあいつの枕元でただそれ眺めてたあいつがいて。


『アンナ!!どうした』

『使用人か。ちょうどいい、医者を呼べ。このままだと死ぬぞ』

『そんなっ!アンナ、おいアンナ!』


それからアンナが危ないってのに、瞬き一つしないで眺めるだけだった。


その瞬間なんか見ちゃいない。

だけど、毒を飲んだのは一目見れば誰でもわかる。


元々体が弱ってたのもあって、死はすぐだった。


ディルクレウスは、葬式にすら姿を見せないで戦いに行った。


『ルクは不器用なんだ。本当は、優しいやつさ』


生前、何度もアンナはそんなこと言っていたな。

間違ってたぞ、こいつは、何も感じない化け物なんだ。



「俺が何で、ディアーナ王女の専属になったと思いますか?アンナの専属でもなかったのに、なんで面倒な小娘についたと?」

「我への復讐か。バカバカしい」

「そのバカバカしいことが、俺を生かしたんだよ。お前を殺せるチャンスが巡ってきたんだ、十年は無駄じゃなかった」



もう一度、足に最大限力を入れて、跳んだ。

右腕で何とか水平を保って、斬撃を食らわせる。

攻撃動作から一度ごまかしを入れ、予期しない方向からの刺突。


狙うは心臓、次に肝臓さらに下腹部!

簡単に殺してたまるか。

何度も何度も苦しんで殺して、蘇らせてまた殺す!



「返せっ……俺たちの、ヴァルカンティアの……!」



ディルクレウスの無防備な胸に、俺の刃が突き刺さった。

とった、と、思ったのに。


バキッと音がしたのは、こっちの剣だった。

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