290話 私の小賢しいラスボス戦
地震だと思ってた揺れは、一度で終わらなかった。
それどころか、ドカンドカン爆発音が続いてくる。
床がぐらぐらで、なんとか足を踏ん張ろうと足を半歩後ろに引いたとき、ズルっと自分の体がずっこけた。
あっという間に足首からぐきっと嫌な音がして、ちらっと見えた足元。
見栄えをよくするために選んだ高いヒールが、真っ赤なドレスの裾を踏んでた。
まずい、このままコケたら足首折るかも!
受け身、受け身取らないと危な……。
倒れる中で、一瞬ディルクレウスから目を離した。
それだけなのに、一秒もなかったはずの中で、私がまた彼を見た。
見えたのは、真っ黒な壁。
じゃなくて、ディルクレウスの黒い鎧だった。
私達の距離は5mはあったはず。
一瞬で距離を詰めた彼の灰色の目、感情が見えない目。
私に向かって剣を刺そうとする、無常の目だ!!
倒れるその一瞬で、受け身は取り損ねて、足首と背中を勢いよく打った。
痛い、息ができない!
それでも体を横に転がして、ディルクレウスの剣を避ける。
私を刺せなかったディルクレウスは、ゆっくり剣を握りなおしてこっちを無感情に見下ろす。
なんとも思ってないみたいだ。
信じられない。
今の私は『ディルクレウスの娘』だ。
私が偽物だってことも、ディルクレウスにバレてるわけがない。
「お、お父様!ほ、本気でわたくしを殺すのですか!?お父様の娘を!」
「お前は我から王位を奪いたいのだろう。ならば、我が手を抜く理由があるか?」
「で、でもわたくしはこの国唯一の後継ですわ。この国のためにも」
「知ったことか」
ディルクレウスが、倒れる私に剣を振り上げる。
冗談、なわけがない。
本気で、ディアーナ王女を殺す気だ。
なら、こっちだって容赦するもんか。
元々、ラスボス悪王のあんた倒す気で来てるんだから!!
「っ!!メリー弓!!」
「はい!!」
メリーが、自分の近くに配置した糸を切る。
ドンピシャ!!
接近して私を見下ろすディルクレウスの頭の位置。
そこに、鋭い矢が接近していた。
メリーと相談して仕掛けてもらってた、ボウガン!
備品室で切り裂いた布を結んで作った縄で用意した高殺傷力の罠!
ディルクレウスの頭の位置に放たれるように設置してもらったんだ。
さすがのディルクレウスだって、想定外の位置から来る矢に反応できるわけない!
思わずニヤッと口角が上がる。
不死なのは知ってるし、これで殺し切れるとも思わない。
でもこの戦いが止まるきっかけにはなる!
やった!
ドスッ、と、音がした。
ポタポタ流れるのは、血の赤。
矢は、勢いよくディルクレウスに命中してた。
「小賢しいな。この程度では何も残らない」
ディルクレウスの低くて威圧的な声が降ってくる。
さっきと変わらない、何もなかったみたいな反応で。
ディルクレウスの筋肉で太い左腕。
そこに、太い矢が貫通していた。
計算は完璧だった。
なのに、この男一瞬で矢の位置正確に計算して、腕で受け止めたっての……!?
バケモンか!?
いやバケモンだったわ。
武の達人で戦場の英雄設定つけたの私なんだから、これくらいで倒れてはくれないのか!!
ディルクレウスは力づくで矢を引っこ抜いて、じっと見つめた。
怖いのは、本当に怒りも何も読み取れないこと。
すぐに立ち上がって、距離を取る。
それを見もしないあたり、舐めてるのか本当に興味ないのかどっちだよ!
「この矢は、王宮内の備品だな。どこから取ってきた」
「……備品室よ。何かいけなかったかしら?」
「さして興味はない。攻撃がこれだけなのかと、拍子抜けしただけだ」
王宮には、全室護身用のボウガンが一丁ずつある。
私がとっさに思いつく中で調達できる武器だったんだけど。
でも、いい。
これはまだ序章!
ドレスの裾をたくし上げる。
どうしてドレスなんか戦いづらいものを着てるかって?
そんなもの、ものを隠しやすい以外にない!
「なんだ、それは」
「見ての通り、縄ですわ。わたくし、お父様を倒すために頭を何度もひねりましたもの」
ずるっと出したのは、布で作った縄。
勝算は少ないけど、怯ませるくらいはできるはず。
持ちにくいそれを、ひゅんひゅん振り回す。
七年の間に牛飼いの仕事だってしたんだ。
今の私なら、狙ってディルクレウスに飛ばせる。
「やぁっ!!」
声を上げて、縄を投げた。
縄は、ディルクレウスに、当たらなかった。
体の脇を抜けて、後ろに飛んでいく。
「幼稚だな」
「そうかしら!?」
私が狙った先、それは王国旗。
細いけど頑丈な旗の下にいたのはメリーだ。
即座に彼女は両手に持ってた壺をたたき割る。
パサッと床に落ちた私の縄は、壺の中に入っていた液体をよく吸った。
そして、私は思い切り走った。
液体が、扇状になりながら縄で広く塗り広げられていく。
何が起こってるのかわからないディルクレウス。
液体が自分の足元に広がる様子を棒立ちで眺めてた。
「なんだ、無駄なことを」
「無駄なものですか!」
なんでわざわざ厨房に寄ったと思う?
全部そこで調達したものだからな!!
縄を握ったまま、もう片方の手で隠し持っていた短剣を握る。
ああ怖い。
でも、あと一息だから!
「お覚悟!!」
歯を食いしばって、ディルクレウスに向かって走る。
悠然と立ってるディルクレウスに、剣を差向けながら。
「失望だな」
ディルクレウスは避けもしないで走る私を待ってた。
私が刺殺そうとしてるとでも?
違うよ!
ディルクレウスまであと1mまでになったとき、私は思い切り跳んだ。
狙いはもちろん、ディルクレウスに。
目的は思い切りしがみつくため!
「ディアーナ様っ!」
ちらっと、メリーのほうを見る。
ほんの一瞬、だけど彼女顔は泣きそうで。
腕で大きくバツを作るジェスチャーは『失敗』を表していた。
血の気が引く。
だって、私はもうディルクレウスにぶつかるのに!
ドンっと音がして、私の体は受け止められた。
思いっきり助走つけて飛び込んでるのに、足一歩も後ずさらない。
とんでもない体幹で、ディルクレウスは私を抱き込んでいた。
「命知らずになったか。愚かな」
彼の低い声が、頭上から聞こえた。
やばい、殺される。
体が動かない、言うことを聞かない。
ダメだ、だって、ここまで来たのに。
みんなが協力してここまで……!!
目をつむった。
その時……私の背後から風が吹いた。
後ろに、窓なんてないはずなのに。
「あーぶっ殺したい人間1位みぃつけたー!!」
聞きなれた声。
バリンと音がして燃え上がるディルクレウスの背後。
ついでに私を引き剥がしたまま、乱暴に床に放り出されてまた背中打った!!
「やぁどうもどうも。今回あなたの命ちょうだいしてよさそうなんで、数年越しに命くださいディルクレウス様!」
無礼なその態度、でも的確に助けてくれるその手腕、それができるのなんか一人しかいない。
真っ黒なその服装、私が持ってた短剣を奪って肩でトントンしてるそいつは、ムカつくくらいかっこよかった。
「じ、ジークさぁぁぁぁん!」
「メリーどーも。はい、ヴァルカンティアの優秀スパイのジークさん、お命ちょうだいしに参りました」




