288話 自分の考察と蘇生の祈り
地下教会の祭壇は、不気味に静まり返っていた。
まっすぐ続く赤い絨毯、天井や床に配置された燭台、まるで儀式の生贄のように横たわるガーネティア。
相手はエラだったが、全く同じ光景を、自分たちは七年前に見ている。
そして、それをまさか再現しているとは思わなかった。
「ありがとうございます、アテナがいなかったら、ここに来るまでに自分は死んでいました」
「無謀すぎだろ。いくらガーネティアが必要って知ってても、人間一人抱えて突破できるって思ってたのかよ」
「思ってはいません。ですが、命に代えても遂行するつもりでした」
「呆れた。あたしが間に合ってよかったな」
自分のそばにいるアテナは、顔色よく、健康的にため息をつく。
こちらとしては、あなたが生きて戻ってきてくれただけで奇跡だった。
アテナは、そんなことは全くわかってないですが。
『あたしがついて行く。男どもは戦場駆けずり回れ』
戦場で、その言葉と共に現れたあなたが、どれだけ衝撃的だったことか。
自分とガーネティアを両肩に軽々抱えたアテナが、どれほど頼もしかったか。
ミクサの返事も、ジャックの制止も振り切って走るアテナは、まるで風のようで。
力ないガーネティアも、長身の自分も重いはず。
ですがアテナはそんなことは関係ないように走って、敵に遭遇したら蹴りで沈めて、あっという間に王宮の塀を乗り越えていました。
『アテナ、生きていたんですか』
『勝手に殺すなし。ま、いろいろあるんだよ』
『意図が読めません。そんなことをして利点がありますか?あなたが起きていると知っていたらディアーナ様も』
『それはいいだろ!こうして助けに来られたし。……蘇らせる、のでいいか』
『……はい。地下教会まで、行けますか』
『楽勝』
わからぬことをそのままにしておくのは、不得手です。
ですが、そんな暇さえないほど時間に追われていたので仕方ありません。
「これでいいんだったか?よくわかんねぇんだけど」
「自分も確信はありません。不気味に光るところからしか知りませんから」
「光らねぇけど。ちっとも」
「見ればわかります。少し静かにしていてください」
ガーネティアの蘇生に立ち会ったとき、あらゆる準備は済まされていたと考えていい。
ならば、あの様子を再現すべきだろうか。
エラの時は燭台には火がついていた。
だがスラム洞窟内で蘇生途中のガーネティアのそばには、たくさんの燭台はなかった。
何が必要だ?いや考えても理論立ててもこれまでの常識が通用しない事象にこれは無駄なのでは……。
それであれば、もうこれしかないのでは?
自分はガーネティアのそばに跪く。
あえてディオメシア式の両手を組む祈りのポーズをして、目を閉じた。
「何してんだよコマチ」
「蘇ってくるという行為は、何者かが遺体をここに運ぶから起こる行為。であればその根幹にあるのは蘇りへの願い。条件の成立は多数あるでしょうが必要十分条件ではなく十分条件を揃えればいいのでは」
「バカなあたしにもわかるように頼む。手短に」
「……つまり、祈るんです。『王家の祝福』と名がつく以上、それは『どうか生き返ってほしい』という願いが元なのでは、と」
自分の説明がわかったのか、アテナも隣に座って同じように祈り始めた。
いつも雑なアテナですが、今回はとても恭しく膝を折って真剣に祈っているように見える。
ばかばかしいと、ですがバカにできない『何か』はきっとあるのです。
そのすべては、ディアーナ様と、専属使用人の皆でいたから学べた大切なこと。
これが効いたのかはわからない。
ですが、ほんの数秒後。
ガーネティアの体は薄く発光する。
背中を銃で撃たれているのに、仰向けにするのは気が引けたのでうつ伏せにしていました。
そのおかげか、傷の周辺が糸でも紡ぐようにたちまち塞がっていくのがよく見える。
その現象に、息をのみました。
エラの時と、とてもよく似ていたのですから。
「マジでこれか……魔法じゃねぇか」
「これまで、見て来たでしょう。月光国も同じようなものですし、魔法は案外本当にあるものですよ」
「っていうか、なんか早くねえか?エラの時ってもっと遅かったような」
「それを今考える時ではありません」
「じゃあついでに藪蛇なの承知で言うけどよ、なんで『王家の祝福』なのにエラはちゃんと蘇ったんだ?」
「……知らないほうが、幸せなのではないでしょうか」
「……そりゃそうか」
そう、エラがディルクレウス王の娘なのではないかという疑惑は、ない方がいい。
ただでさえ、この乱れた治世をさらに揺るがしてしまう。
王家の祝福も、ディアーナ様のお側を選んだ故に知ったタブーなのだから。
自分たちはただ、ディアーナ様のお力になるために。
大切なもののために動くのみ。
その時、祈るためうつむいていたアテナが即座に立ち上がって、周囲を見渡していました。
祭壇と燭台と、絨毯以外は何もない広い空間ですから、見るものはないはずですが。
「おい、何だいまの」
「どうかしましたか、アテナ」
「なにか、爆ぜた」
「何も感じませんでしたよ」
「いや絶対なんかあった。方角からして、王宮内部」
アテナは弾かれたように扉を開け、地上に上がっていく。
自分はガーネティアの蘇生を守るために、動くことができなかった。
アテナには何がわかるのだろう。
王宮で爆ぜた?とすれば爆発?
爆発を起こせるものは数あるが、月光国の情報的に最も最悪な物品は……。
「火薬……!?」
その考えにいたってようやく動き出した体を、何とか地上へ進ませる。
作りの荒い階段を駆け上がり、地上教会の扉を開けると……。
目を疑う光景が広がっていました。
この王宮内の教会は、敷地のはずれ、小高い丘にあります。
よって、ここから王宮が良く見えるのですが……。
「ごめんなさいごめんなさいー!!!」
「舌噛むぞ黙れ爆弾魔!!」
「わたしだけじゃないのにー!!」
数十メートル先、自分より大きい人間二人を小脇に抱えたアテナが、必死の形相で走る。
そのすぐ後ろに食らいつくように、全力で走るエラ。
ですが問題だったのはその後ろ。
王宮が、一階から大炎上していた。
燃え上がる赤い炎、黒い煙が覆う建物、焼け落ちていく白い壁。
あそこに、ディアーナ様がまだいらっしゃるのでは……?
ディアーナ様は、メリーは、無事ですか!?
思わず足を踏み出す寸前、目の端に捉えた人物に釘付けになった。
本来ならば、今まさに革命軍を指揮しているはずの男。
足を止めた自分を見て、そいつは、微笑んだ。
教会の入り口に立って、まるでずっと前からそこにいたように。
「どうもお久しぶりです。まさか、ここであなた方に会うとは」
「……ディセル、ですか?」
「はい、コマチさんはご機嫌いかがですか」
「どうして、ここへ」
「決まっているでしょう。終わらせに来ました」
アテナとエラの足音がしてきた。
もう、彼女たちにも声が聞こえているでしょう。
そうすると、ディセルはわざと声を張り上げた。
聞かせるように、大げさな先導者のように。
「祝福の根源である地下教会を爆破します。今日、祝福は終わりを迎えるのです」




