284話 わたしが見たのは王宮内の血の道
久しぶりに入った王宮内は、とても寒く感じた。
わたしがこの王宮で過ごした冬は短かったけど、こんなに寒かった覚えはないのに。
はぁと息を吐いてみると、白くなった。
もしかして、どこも暖炉がついてないのかも。
「寒くないですかエラさん。……いや、ここでは偽名のほうがいいとディアーナ様が言っていましたね」
「寒いですけど、海の上に比べたらへっちゃらです。でも、なんでライラのほうで呼べってディアーナ様言ったんでしょう」
「レオンには、その方がきっと効きますから。偽名を名乗ったぐらいで本人が気づけないなら、それまでということでしょう」
人がいない広い廊下をルシアンさんと歩くのは変な気分。
七年前も一緒に歩いたことはあるけれど、必ずディアーナ様かレオン様が一緒だったから。
まさか、また王宮に来られるなんて考えたこともなかったし。
それもレオン様の説得なんて、わたしたちにできるの?
『あなたたちが最もレオンの心を揺さぶるのだから、それ以上の適任はいないわ』ってディアーナ様は言ってたけど……。
「ライラさん、あなたのお部屋ってどこにあったんでしたか」
「はっ!?あ、ごめんなさいぼうっとしてて。こっちです、階段上ってすぐの客室で」
「無理されてますか。レオンのことで」
ルシアン様はわたしを見下ろして、優しく聞いた。
この人は、知ってるから。
わたしが、レオン様に手籠めにされそうになったのをディアーナ様達に助けてもらったこと。
もう七年前のことなのに、今でも体格のいいひとに隣に立たれると、心臓がバクバクする。
震えそうなのは、寒いからじゃない。
「無理は、してます。でも、大丈夫です」
「辛いなら、王宮から出ていて構いませんよ。ボクが話を付けて」
「ほんとうに大丈夫なんです!たぶん、ディアーナ様もわかってて託してくれましたんで!……あ!この階段上ったらわたしの使ってた部屋です!」
最後までディアーナ様は『本当にいいのね?』って聞いてきた。
でも、行くって決めたのはわたし。
いつまでも、昔を怖がってちゃ前に進めない。
それに、もう七年経ってるし、レオン様にわたしってバレないかもだし。
ルシアン様はすごく腕が立つって有名だったから、そばを離れないようにしよう。
階段を上り切って、目の前。
目的地を一瞬見た。
だけど、その途端ルシアン様がわたしの前に立って視界を遮る。
「ルシアン様、どいてください。見えないです」
「いえ、あなたは見ないほうがいい。ご婦人には刺激が強いので」
「……問題ないですよ。七年も商人やってたら、荒事もたくさん目にしてますから」
そういって、ルシアン様を避けてそこに近づく。
わたしの使ってた部屋の扉は、開いていた。
人の気配はなくて、中は昼間なのにカーテンが閉まってて、真っ暗。
でもそれよりも目が行ったのは、床。
一面の、血。
わたしの部屋から出て、廊下を右に曲がったんだろう、濃い血の道。
血がこぼれて、多分足を引きずって、かすれてるところもある。
誰かがこの部屋で深手を負って、移動したのがすぐにわかった。
「血の跡を追いましょう。負傷者がいるなら放っておけません」
「で、でもわたしたちはレオン様を探さないとじゃ」
「この王宮には今ほぼ人がいないとミクサさんが言っていました。なら、この血はレオンかもしれない!」
ルシアン様が廊下を走るから、わたしも全力で駆ける!
血の道はしばらく廊下に垂れてから、別の階段で下に続いていた。
勢いそのまま、ルシアンさんと転びそうになりながら駆け抜けて、追って追って。
そして、たどり着いたのは来たことのない薄暗い扉の前。
上のほうに窓があるけど、さっき一階からさらに階段を下ってるから、半分地面に埋まってる場所。
カギはついていない。
ただ引けば中が見える、大きな扉。
ルシアン様は、その取っ手に手をかけた。
「いいですか。もし危険だと思ったら、すぐに逃げてください」
「それは嫌です」
「あなたはボクほど戦えないでしょう」
「ディアーナ様があなたといれば安全といったのだから、従います」
息が上がってるわたしとは反対に、ルシアン様は落ち着いた顔。
もしかしたらって、ちゃんとわかってる。
あれだけの血を流してこれだけ動けるのは、きっと強い人。
たぶん、ディルクレウス王かレオン様。
そして、あの部屋に行く動機があるだろう人は、ひとりだけ。
「おそらく、レオンがここに居る。今も、あなたへの強い執着を生きる糧にして。それを前にする覚悟は?」
「ルシアン様こそ、大切な幼馴染を手にかける覚悟はあるんですか?」
「……それだけ口が回るなら、問題ないですね」
今更だけど、わたしは手に拳銃を持った。
ルシアン様は、剣を抜いて構える。
目が合った。
不思議と、何を考えているのかわかる。
体は、突入の準備ができていた。
「1、2、3!!」
一気にルシアン様が扉を開けた。
すぐに部屋の中に入り込んで、同時に武器を向けた。
だけど、誰もいない。
ううん、とても広い部屋だから、いないって言いきれないけれど。
中にあったのは、いくつもの素焼きの壺。
大きくて、2~3人は立ったまま入れそう。
それが3×3の9本ずつまとめられて、きれいにレンガみたいに並んでいた。
「なんだ、これは。こんなものどこで」
「火薬。これ火薬です!しかも……やっぱり。見たことあると思ったら、タイタニ―って彫ってある。ウチの船団が引き継いだ『消えた13番倉庫』のモノ」
「じゃあ、まさかここは火薬庫では」
「その通り。お前にとっては効かなかった方がいい情報だぞ、ルシアン」
声が、扉の方からした。
それを理解したその時には、わたしの体はルシアン様に抱えられて右へ跳ぶ。
元居た場所には、男が剣を突き立てていた。
だけど、いきなりで着地がうまくいかない。
火薬壺の一つが、わたしたちとぶつかった衝撃で割れちゃった。
「大丈夫ですか、ライラ!」
「待って、今わたしに話かけない方が」
「女連れとは、随分とこの王宮を舐めているのか?いや、俺を、か?」
太くて、声が大きくて、どこかトゲトゲしたような声。
久しぶりなのに、一瞬で思い出した私は固まった。
ルシアン様の背後、わたしからよく顔が見える位置。
その人は、七年前とほとんど変わらない姿で、剣をルシアン様の首に添えている。
咄嗟にルシアン様の手がわたしの顔を隠すけれど、一歩遅かった。
わたしと、レオン様は、目が合っていたから。
「……エラ?」
「ちがう、彼女はライラだ」
「エラ……エラ。どうして、なぜ、生きて」
「彼女は商人だ!ライラという名前でエラ嬢ではな」
「俺が間違うわけがないだろう!!!!」
ガギイン!!
金属がすごい勢いでぶつかった音がした。
目の前で火花が散って、ルシアン様とレオン様の剣が競り合いを始める。
何とかルシアン様の下から抜け出したわたしが見たのは、血走った目。
ディアーナ様、偽名作戦は全然効かなかったみたいです。
レオン様は、まるで化け物みたいでした。




