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267話 不思議なジャックさんとわたくし宛のドレス

寒い寒い夕方のこと。

もうすぐ日が沈みそうな夕焼けがきれいで、思わず見とれてしまう。


その明かりを頼りに家で一人、薬草をより分けていると戸口に人の気配がした。


顔をあげれば、そこにいたのはジャックさん。

背中に弓を背負った彼の手には、何か平たくて大きな箱を抱えていて、じっとこちらを見るからつい「どうされたのかしら」と声をかけたら、家の中に入ってきた。


珍しいこともあるものね。

いつもは「簡単に男を家の中に入れるな!危ないだろ」っていうのに。



「何をしていたんだ?」

「子供たちと薬草を取りに行ったの。見てちょうだい、ちょうど気つけにいいって草がこんなにあったのよ。ちょっと噛んだだけでもとっても酸っぱくて、みんな大笑いで」

「そうか。傷やけがに効く薬草は?もうあまりないか」

「それはもう十分あるのよ。どうしたの、訓練中に怪我でもしたのかしら?」

「……いいや、それがわかっただけでいい」



なんだかいつもと様子がおかしい気がするわね。

でも、見た目はいつもの彼。

きっと疲れているのね、ディアーナもどこかに行ってしまったし、専属使用人の人たちが抜けてしまったから頑張っているのかもしれないわ。


もうすぐ戦いが始まるってみんなが言ってるもの。

わたくしには、誰も何も言ってくださらないけれど。


『ガーネティアには内緒にしろってシー先生が』

『ガーネティアちゃんはおとなしくしていてね』

『全部私たちが何とかするからね』


みんながそう言うから、それを飲み込むしかないわ。



「何かあったのかしら。あなたがわたくしを訪ねることなんてあまりないのに」

「これを、ガーネティアに。シー先生からの贈り物だ」

「わたくしに?」



ジャックの手にあるその箱を受け取る。

その時にふわっと何かが香った。


スラムではまず嗅がない、花のような甘くて、でも辛い香り。

なんだか懐かしい。

これは確か……



「香水……?ジャックあなたそんなもの持っていたの?」

「早く中身を確認してくれ」

「ねぇったら」

「あなたが確認したら俺はすぐに戻らなきゃいけないんですよモタモタしないでくださいとろいですねぇ」

「え……?」



いきなり、ジャックの口調が変わった。

いつもちょっとぶっきらぼうなのに、彼から聞いたことないような言葉。

それに、この匂い。


わたくしが何かをわかる前に、ジャックは箱を開けてみせた。


そこにあったものに、わたくしは驚いて口を覆った。

だって、こんなもの王宮でしか見たことがないもの。



「これ……なんて素敵な深紅のドレス。どうしてこれを」

「どうしてだと思いますか?わざわざ今、あなたにこれを贈ったディセルは何を考えていると思いますか?」

「もうすぐ、わたくしの誕生日だから?」

「明日この国が変わるからです。さ、決断の時間ですよ」

「明日?それに決断ってどういうことかしら」

「言ったでしょう?ちゃんと合図をすると。俺、そこまではできないんですよ。あとは、あなたに任せます」



ジャックは箱に入ったままのドレスを地面に置いた。

その瞬間、白い煙が家の中一面に広がる。

砂埃?でもこの地面にそんなものなかったのに。


しばらくして煙が晴れたときには、誰の姿もない。

ジャックの匂いも、気配もなくて、でも真っ赤なドレスだけが箱入りのまま地面に放置されてた。


なんだったの?

明日この国が変わる?

決断?

最近、そんなことを誰かから言われたような気がする。


……思い出した。

一か月くらい前の、洞窟の前。


人がいっぱい倒れている中で、ジークさんがわたくしに言ったこと。


さっきジャックから香った、香水のような香り。

わたくし、あの匂いを嗅いだことがあるわ。


ずっと昔、見上げるほど背の高いお父様とすれ違ったとき。

いつもねだれば本を読んでくれたお母様からもした香り。


王宮の中での、数少ない思い出を。



「ガーネティア!いるか?さっきドレスが……あれ、なんだ届いてたのか」



わたくしが考え事をしていると、また戸口に人が来た。

目を向ければびっくり。

だって、さっきまでわたくしの家に来ていたジャックだったんだもの。


冬なのに汗をかいていて、鼻の頭と耳が真っ赤。

さっき消えたジャックは、どこも寒そうではなかったのに。



「ジャック?どうして……」

「ああ、シー先生がガーネティアに用意したドレスがなくなってて。でも、ちゃんと届いてたんだな。誰か俺の代わりに届けてくれたのか」

「誰かって……あなたは?今まで何をしていたの」

「なにって、訓練だよ。もう明日だからな……あ!明日は朝一番にガーネティアはシー先生の家に行ってくれよな」

「どうしてなのか聞いてもいいかしら」

「聞いてどうする?シー先生の言うことは正しいんだからそれ以上はないだろう」



いつもの爽やかな笑顔も、絶対に家の中には入ってこないところも。

全部ジャック。


じゃあ、あの彼は一体……



「ねえジャック、あの」

「じゃあな。明日は忙しくなるぞ~」



わたくしの言葉を待たないでジャックはいなくなってしまった。

何もわからないのに、何も教えてくれないで。


いつまでもこうしてはいられないから、ドレスと片付けようと布に触れる。

そのとき、カサッと何かが擦れる音がした。


ドレスの裾部分、フリルのあたり。

何度も触って、布をめくるとそこに隠されるように、紙が縫い付けられていた。

何も書いていないように見える、すぐに破れてしまいそうな紙。


丁寧に取り外して、裏表を確認してもただの紙。

紛れ込んでしまったのかしらと見ていると、夕日が沈む直前の日光が紙を照らした。


その光を浴びて、紙に何かが浮かび上がる。

黒い字で、ほんの数行。


『その時はきた。ディアーナとともに誰にも見られないよう二人で港へ逃げろ ジーク』


声をあげそうになった。

すぐに両手で口を塞いだけれど、心臓がどきどきとして口から出てしまいそう!


手紙はなぜかぼろぼろと黒く崩れてしまって、あとに残ったのは燃えかすのような破片だけ。



「どうしましょう……」



だって、ジャックから朝一番でシー先生を訪ねろって言われたのに。

ジークさんは、あの子と共に逃げろという。


何が正しいのかはわからない。


だけどわたくしは気が付けば、ドレスを大きな布に包んで、手あたり次第にいろいろなものを一緒に入れ込んで背負い、家を抜け出していた。


こわい、こわいわよ。

だって、何が起こってるのか、何があるのか、洞窟に何があるのかもわたくしにはわからないもの。


それでも、このまま朝になればわたくしはきっと後悔する。


こんな思いはいつぶりかしら?

十年前、一人でスラムに降り立った時以来かしら。


その時に通った道を、人目を忍んで今度は走る。


スラムの秘密洞窟に。

わたくしが十年蘇るのを待った不思議な場所へ。

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