266話 12月のディオメシアは堆積の冬
12月になると、ディオメシアは気温が下がる。
元々温暖ではなく、雪も多く積もりはしないがそれなりに降る土地柄仕方がない。
そして今年は国民の暮らしに「争い」というものが密接に絡む年。
ちらちらと雪の降る中、ディオメシア国内の夜は静かに過ぎていった。
敵の目をかいくぐるように生きる家庭の一つでは、小さな息子の枕元に母親が座っている。
国内で襲撃を受けている町や村もある中で、数少ない何事も起きていないのどかな村だ。
「ほら。早く寝なさい、悪い子には怖いものが来るわよ」
「怖いものはパパがやっつけてくれるもん」
「パパは王様の軍に集められて行っちゃったから、まだまだ帰ってこないのよ」
「いつ帰ってくる?ディアーナ様が王宮に戻ったら?」
母は現在の国の状況がわかっていない小さな子供に、どう説明したらいいかと悩んでいた。
だが、母もすべて知っているわけではない。
夫が戦いのために召集されたことも、他国からの勢力がなぜか王国軍と手を組んだことも、どうしてディオメシアが緊張状態なのかもわからない一般人。
だから、寒くないようにと子供の掛布団をしっかり整えた。
彼女にできることは、それくらいしかなかったのだから。
「さぁ……最近物騒だから、それが終わったらかしら」
「ぶっそう?」
「あぶないってこと。でも、大丈夫よ。この村の近くには、トモエ様の領地があるからね」
「トモエ兄ちゃんのとこ、守ってくれるもんね。明日ね、そこの子たちと鬼ごっこするんだ!それでね、いっしょにおしゃべりも」
「はいはい、なら明日のためにも早く寝なさいな」
どこかの村で母親が子供を寝かしつけている。
一方、一般の国民から召集された男たちも同じ夜を過ごしていた。
王宮の敷地の端に簡易に建てられた、とても簡易な木造建築。
ほぼ馬小屋と変わりないそこに、支給された外套や毛布をぐるぐるに巻いた兵たちが寝転がっていた。
青年も、壮年も、よく動ける年代の男も、中には十代に見える者もいる。
彼らは軍人ではない。ほんの一ヵ月前まで家族や故郷で暮らしていた。
だから、寒い上にいいとは言えない環境に愚痴をこぼす。
「なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……おれたちを集めたのは王様なのに」
「若造だなお前は。こんなのはまだマシだ、野戦になったらこんな馬小屋すらない」
「爺さん、戦いに出たことあるのか」
「あるとも。先の戦争でソルディアの兵士に刺されたこともある……昔の話だがね」
「あーあ。帰りたいな……娘がもうすぐ一歳になるんだ。それまでには」
「どうだかな、ディアーナ様を王宮に戻すためには手段を択ばないとは言うが、最近スラムがきな臭いって話もある」
「ディアーナ様さえ戻ればいいんじゃないか?」
「でも、七年前に娘を追い出したのはディルクレウス王だぞ?そんなの、戻りたくないに決まってるだろ」
口々に発展する話に、男たちは希望を見いだせずにいた。
寒い冬の夜、警備の寝ずの番でもないのに眠れない日は、こうしてとりとめもない話に花を咲かせるくらいしかすることがない。
誰かのため息が、白く空気に消えた。
「王様が勝手に軍のやつらと戦争してた時のほうが、平和だったな」
「俺の母さんも戦いばっかりってグチグチ言ってたけど、王様が戦ってディアーナ様が王宮にいたときはそこそこよかったよ」
「これから、どうなるんだろうなディオメシアは」
「いざとなったら、逃げてやる」
「やめとけ。レオン様が執念深く追いかけてくるって噂だぞ」
「あの人も怖いんだよな、目が冷たくてよ」
「怖くない人間が王宮にいたかよ」
「違いない!」
男たちが寒さに耐える。
そのさらに同じころ、スラムではチラチラと雪が降り始めていた。
ディセルの家を訪ねたジャックは、以前仲間がとってきた獣の皮でできた防寒具を着込んでいる。
鼻と耳を赤くした彼を見て、毛布を着込むように座っていたディセルは満足そうに頷く。
「シー先生、今日の訓練終わったぜ。みんなの出来がすごいんだ、連携が取れてる!今日は訓練でシカが何頭も獲れた」
「そうですか。それは良かった、アテナさんとジークさんに訓練をつけていただいていた甲斐がありましたね」
「あいつら、薄情だよな。スラムに一ヵ月も世話になってたのに、みんないざとなったら逃げだしやがって」
「悪く言ってはいけませんよ。ディアーナの『軍勢』はまるまる皆さんを置いて行ってくださったんですから」
「ライラもライラだぜ!自分の味方放ってどこ行ってんだよ。あいつはそんなことする奴じゃ」
「ジャック!」
いきなりのディセルの大声に、ジャックはビクッと体を震わせた。
だが、すぐに目を和らげて「滅多なことは言うものではないよ」と諫める。
ジャックはその様子を見て力を抜き「ごめんなさい……」と弱弱しく呟く。
一瞬小さな子供のようだったが、ディセルの前に座った彼は納得いかないとばかりに声を上げた。
「シー先生だって知ってるだろ、あいつは人をほっとけない奴だって」
「違うだろうジャック。『ディアーナは来るべき日のために隠れて時を待っているだけ』だ。何度も言っているだろう?いい加減聞き分けてくれ」
「でも!」
「七年、専属使用人だった4人を切って国を出たこともあるだろう?ディアーナは冷徹なところも持ち合わせている女性だよ」
「そうだけど、それだってあの時は王様の軍に追いかけられて仕方なかったし、今回みたいによくわかんねぇ理由じゃなかっただろ!?」
ジャックの声はもう大人のもので、ディセルに守られるほど弱弱しくはない。
だが、ディセルは聞き訳のない子供に言い聞かせるようにジャックの肩に触れて目を合わせた。
最初は抵抗したジャックだが、ディセルの目を見たとたん挙動が止まる。
それを確認したディセルは、彼の頭に手を置いた。
「『私の言うことが信じられないのかい?』」
「そう、じゃないけど」
「なら、聞いてくれるね?大丈夫、彼女は無事にいるさ」
「……うん」
「だから、ちゃんと言いつけ通り『洞窟には近づいてはいけない』よ」
「……わかった」
「じゃあもう休みなさい。温かくして眠るんだよ」
ディセルの言葉に、どこかぼうっとしているジャックは言われるがままに立ち上がるとスタスタと家を出ていった。
その様子に何一つ疑問を抱かないディセルは「あの子はしぶといですね」と漏らす。
事態が変わったことは、当事者達しか知らない。
そのまま時間が経過していく。
寒さの中に、それぞれの時間を積み重ねながら。
その中で、誰のどんな思惑が積みあがっているかも知らぬまま。




