265話 私の見た記憶と変わる心
過去の記憶の臨場感は、本当にすごい。
シー先生が現れたその瞬間の、スラム民のざわめき、動揺、警戒してる空気感。
全部その場にいるみたいに伝わってくる。
『王族だ、ディセルだ』
『死んだんじゃなかったのか』
『何しに来たんだ!』
住民の反発は大きい。
そりゃそうだよね、憎い王族がいきなりやってくるんだもん。
『私は、確かに王族でした。でも、王族の打倒を望むものです!』
それでも声高々に宣言するのは、若かりし頃のシー先生。
それからの働きはすごかった。
王族として学んだ治水だったり、作物の育て方だったり、病気の対処法を惜しみなく教えていく。
ディセルとして接していた彼が、敵意を向けられてた住民から先生って慕われるのに時間はかからなかった。
きっとこのシー先生は一周目を知ってる。
だけど、この頭脳があったから一周目の彼も二周目の彼も、スラムで支持を集めたんだろうなって簡単に想像できた。
優しくて、頭が良くて、人当たりが良くて、おまけにイケメンと来た。
はいはい、女性陣からも熱烈な視線向けられてるし。
もちろん、この感じなら男性からも尊敬されるのは早いもんだ。
時間は経過して、また青の洞窟になった。
私が知るより若い彼は、洞窟内に集まった大人たちに向けて演説してる。
何度も見てきた、大人数を奮起させるリーダー達みたいに。
コピペみたいな強い意志で、拳を握って熱く語りかけた。
『ここに、私は王族の証であるディーの名を捨てる!私は、その先を行く存在になろう!!皆を、導くために!!』
直感した。
なんで?って言われたら、そんなのわかんないとしか言えない。
この記憶の言いたいことを、伝えたいことを、受け取った。
何度も何度も繰り返される抵抗と奮起と血の歴史。
同じ光景が何度も繰り返される、薄寒い記憶。
(スラムにも、魔法があったんだ)
それは、願いから生まれたもの。
人々が、ディオメシアに負けたくないと、ディオメシウスの不死性に団結で勝ちたいと願ったから生まれた、王家の祝福にも似た呪い。
リーダー達の発言に、それが正しいと疑わずに全力を注いだ住人達。
ようやく合点がいった。
冷静なはずのジャックが、シー先生に妄信するみたいに付き従ってることも。
これだけの人数のスラム民たちが、こんなに連携をとれているのも。
人の感情だけじゃない『何か』が、それに火をつけて、同じ歴史を繰り返す。
真っ青な炎が悪いのか、人の意志が悪いのか、世界の修正力とやらが悪いのか。
そんなもんわかんないけど、自分の中でパズルのピースがハマった。
そして、私の周辺はまた回っていく。
記憶は、まだ私に伝えたいことがあるみたいだった。
場面はまた青の洞窟。
だけど、珍しく人口密度は低かった。
青とモノクロだけの世界で、シー先生はふかふかのベッドを洞窟に運び込んでる。
スラムでそんな寝具なんか、貴重すぎるのに。
そして枕と、なんでか枕元に野花を摘んだ小さな花束まで。
何が始まるんだろうって眺めていると、すぐに理由がわかった。
『ごめんなさい、今からちょっと痛くしますからね』
シー先生がそう呟きながら洞窟にまた入ってきた。
その腕には、頭に矢が刺さった子供。
考えるまでもない。
私がディアーナ王女として替え玉になった後の時間軸か。
シー先生はテキパキ頭から矢を抜いて処置していく。
王家の祝福でのちに生き返るってわかってても、この状態の人間を匿って面倒見ようって普通に考えれば頭おかしいんだけどな。
シー先生は眠るように目を閉じた幼いガーネティアをベッドに運んだ。
頭を撫でるその手つきは、なんだか父親っぽい。
間違いなくガーネティアはディルクレウスの子だから、姪っ子なんだけどさ。
『どうか、許してくださいね。偶然とはいえ、あなたを巻き込むことになる』
『ライラはよくやってくれるでしょう。あの子がそこそこの王女を遂行してくれさえすればいい』
『後は一周目を踏襲して、ライラを動かして、無垢なあなたを王に据えればディオメシアはスラムの思い通りに』
独り言だ。
起きない幼女相手に、今後の夢を語る大人。
怖すぎる。
というかさらっと私を動かしてガーネティアを王に据えるって言った?
どうしよ、私目覚めないのって結構まずいんじゃない?
てかあんなに王族を潰したいって言ってたのに、王に据える?
言ってることとやってることがおかしい……
『違う』
私の考え事を邪魔するみたいに、シー先生の声が響く。
さっきまでの淡々とした言葉じゃなくて、強い拒否の言葉。
頭をブンブン振って、地面に頭を擦りつける様子はどう見ても異様で。
頭をぐしゃぐしゃに掻く彼の目は、戸惑ってるように見えた。
『違う、王族をなくすんだ。王家の祝福から解放しないと、また苦しむ』
『いや、いやだ。違う、この子はディルクレウスの娘なんだ』
『利用してなるものか、あ……ライラ、私は、あの子になんてことを……!』
『なんで成り代わりなんて言ってしまったんだ』
『子供に、私はなんてことを』
シー先生の涙声は切実で、別人みたい。
この人は、何がしたいんだろう。
王族をなくすっていうこの人も、ガーネティアを王に据えて操るっていうこの人も。
同じ人のはずなのに、どうも結びつかない。
シー先生の原作での役割は、スラム革命軍の指導者。
ディオメシア滅亡を大きく助けて、民主制になったディオメシアを一時期率いた賢人。
それだけ。
こんな葛藤、私は書いてない。
「私、なんでここにいるんだろう」
何度目かわからない言葉は、誰にも届かない。
私の物語からもう大きく変わったこの世界で、どう立ち回るべきかなんてもうわかんない。
ただ処刑エンドを免れたくて、必死で生きてきた。
だけど、こうして登場人物達の記憶や、判断、行動を見てると「それでいいの?」って何度も突きつけられる。
「この夢、いつまで続くんだろう」
この声に応えてくれる人はいない。
都合よく誰かが起こしてくれるなんてことは、ない。
何十年分の記憶を旅したのかわからない。
現実世界がどうなってるのかも。
だけど、これだけは思う。
傲慢だろうけど、考えずにはいられない。
「みんなが笑って終われるエンドって、あるのかな」




