260話 私は夢で青い炎を見た
夢を見てる。
気が付いて初めに思ったことは、それだけだった。
だって、環境が違う。
あまりに、最悪で。
『殺せ!!』
『排除せよ!!』
『抗え!!立ち上がれ!!』
『死ねディオメシウスー!!』
あたりは血だらけで、足元に人がごろごろ転がってて、虚ろな目が砂まみれになって。
死屍累々っていうのは、この状況を見て考えられた言葉って言われても、余裕で信じる。
雄叫びを上げて、人同士がぶつかり合う。
剣が刺さって、血が流れる。
また死体が増える。
だけど、私はなんだか冷静でいられた。
全部が、モノクロだったから。
これは夢で、見たこともないテープを自分の周囲360度で再生されてるみたい。
ただ、これは過去にあった出来事なんだろうってことだけは直感した。
場面は急展開する。
さっきの戦場から、ここは岩づくりの洞窟。
天井もそこそこある、大人が何十人かは入れるような円形の場所。
そこに、男たちが十人くらい車座になって座っていた。
真ん中に焚火を起こして、深刻な顔をしてる。
みんなケガしてボロボロだ。
『まずいです。みんなの士気が落ちてます』
『ディオメシウスのやつ、死なないんです。もう何日も殺しあってるのに、何度も、刺されてるのに……!』
『前線のやつはすっかり怯えちまってます。一緒に戦ってた黒髪のやつらも、どっか行っちまって』
『やつら、何をどうしたのかは知りやせんが、地面の下逃げ込んだらしいです』
『散り散りになって……おれたち、ディオメシウスに従うしかないんですかリーダー!!』
ディオメシウスは、ディオメシアを建国した男の名前。
ってことは、これは彼に対立してた多民族の記憶……?
男たちは、一人の男に目をやった。
片目に眼帯をして、包帯を巻いた右腕の肘から先がない大柄の男。
彼は深刻そうに腕を組み、立ち上がった。
残った左手を握り締めて、張り上げる声には迫力がある。
『ディオメシウスは、悪魔だ。……なら、我らは悪魔に抗うために、団結して戦わねばならない』
『団結……』
『そうだ。我々は、すべてを手中に収めようとするディオメシウスに目に物を見せてやらねばならない』
そして、リーダーの男は右腕の包帯を外す。
痛々しくて、真っ黒に見えるその傷口を、そのまま背後の岩壁に擦りつけた。
全部モノクロにしか見えない私にもわかる。
脂汗を流しながら、一メートル位の長さの太い線を傷口で描くなんか、痛いに決まってる。
『これは覚悟だ!!俺は、俺たちは、ここに集まる者たちは!未来永劫団結し、ディオメシアに反抗する者である!』
ない右腕を突き上げての叫びに、仲間も同調する。
それぞれが、持っていた剣で手のひらや指先を切って、リーダーのように岩壁に血を残す。
儀式みたいだ。
世界史をちゃんと学んでないけど、どこかの部族の戦士たちがやりそうなその光景。
リーダーを中心として、みんながまとまって、ディオメシアという敵に立ち向かうって決めた顔。
そして、その願いに呼応してるように焚火が燃え上がる。
火が大きくなって、そして……
決定的に『異変』が起こった。
『なんだこれは!』
『青い……炎!?』
『こんな、こんなもの見たことない!』
『奇跡だ……俺たちの未来を、これからの団結を祝っている!!』
『そうだ、これは正しい!!何度でも立ち上がる俺たちを肯定する!!』
火が色を変えた。
私も、目を疑うしかない。
さっきまでモノクロだったのに、私の目には炎だけが鮮やかな青になっていた。
しかも、ただの青じゃない。
炎色反応でも、見たことがないキラキラと光る深くて明るい青。
まるで海の底から水面を見つめた時みたいな青は、自然界にあるわけないって私でもわかる。
唯一色を持った炎は、男たちに力を与えているみたいに燃え盛って、その度にボルテージが上がっていって……
(なんだか、気味が悪い)
鳥肌が立つ。
巣窟内が青い炎で光って、元気な男達の声が頭で何度も反響する。
耳を塞いでしゃがみこむ。
だけど、そこで終わってくれなかった。
そしてまた情景はめまぐるしく変わる。
私だけ残して、色々な人が同じ場所で同じように傷つくのを、何度も何度も繰り返す。
戦い、貧困、また戦って、傷ついて、それでも恐ろしいほどに立ち上がる人々。
写真をめくるみたいに、時代が変わっていく。
時間をかけて、私に全部を見せるみたいに。
何度もあの日戦士たちが血の誓いをした洞窟に同じ光景が繰り返されてる。
『ディオメシアに負けるな!』
『先人の覚悟に続け!』
『私達は決して負けない!』
『俺たち住民は、迎合しない!』
『何度だって抵抗する!』
人が変わっても、リーダーとなる人物が誰になっても、同じことを繰り返す。
青い炎だけが、絶えず輝いているのが、なんだか恐ろしく思えてきた。
(おかしい、どうして時代が移り変わるのに、時系列的にこのスラムは特別保護区の扱いを受けるまでになったのに、ここまで熱が冷めないの?)
スラムが特別保護区になった理由は、きっと住民たちの決死の抵抗でもぎ取ったものだ。
王族の支配は受けないけれど、干渉もされない。
そんなのいい住み分けじゃないの?
どうして、満足しないで戦い続けるの?
なんでか何度でも住民たちは決意する。
同じ国なのに、独立しているこのスラム特別保護区で。
夢だ、夢だってわかってるのに……
私は、もう長い間を夢で過ごしている。
スラムの歴史をたどるように。
気が滅入りそうで、涙なんか垂れ流して、やめてよって何度も叫んでいる自分の声が聞こえる。
でもその時、初めて知っている人物が姿を表した。
『ここは、スラムの特別保護区でしょうか』
見ただけですぐにわかった。
だって、今とそんなに見た目が変わらないんだもん。
流れ着いた、この時点ですでに私と同じ未来を知ってるだろう彼の姿。
「シー先生……」
私の声は、誰にも届かないで消えた。




