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256話 ソルディア・ステラディア統治王の苦悩

数日後……

ステラディア領内、王の居城。


ルシアンは忙しく書類にサインをして腕を痛める。

国民からの訴えを臣下と共に聞き、メリーはいないのかと残念がられる。

へとへとになりながら、適当に切ったパンにチーズをのせた簡単な食事を自分で用意して口に運ぶ。


とても豪華とは言えないが、これがステラディアの王。

身の回りの世話をする家来たちは、ディオメシアとは比べられないくらい少ないので、ルシアンにはもう慣れたもの。


書類や資料が積みあがっている彼の机の上。

『ルシアン王へ』とメリーの字で書かれた手紙が広がっている。

彼女の報告と、しばらく戻らないという決意にため息をついて、パンをもう一切れナイフで切っていると、廊下からコンコンコンコンとリズミカルな音が耳に届く。


扉が開いているルシアンの部屋に、ぬっと顔を出したのは老女だった。

皺の多い顔は険しく、腰が曲がって杖をついているのに、きびきびした動きでルシアンの部屋の中へと踏み入る。



「坊ちゃん!!またそんなご飯食べてらっしゃる!ばあやが用意すると言っていますのに!」

「むぐっ!?ばあや、坊ちゃんはやめてほしいな。もう大人だというのに、示しが付かない」

「あなたのお父様の、そのまたお父様にもお仕えしたのですよばあやは!今更何を言いますか!!ほら、温まるスープを作ってきましょうね」

「いいよ、もう食べ終わっているし、ばあやも大変だろう?」

「老女扱いはおやめなさいな!!まったくまったく、メリーが叱り飛ばさないと途端にダメになってしまいますねぇ!!」

「い、いそがしいから。それに、質素倹約はいいことだし」

「大の大人、それも王になられたのですよ!?ソルディアのレオン様のためにも、いつまでもそれでは困ります」



ルシアンがソルディア・ステラディアを統治してから、外交が活発になったことでずっと裕福になった。

それでも変わらず、質素で簡単な食生活をしてしまうところは、いつも身の回りのことをしてくれるばあやに怒られている箇所である。



「坊ちゃま、ついでですがお手紙ですよ。これは……ふん、ディオメシアに偵察に行かせた兵からでしょうね」

「ばあや、ボクのごはんよりも大事なことなのに、そんなに雑に扱わないでおくれよ」

「まーっ!ばあやは戦争なんか知りませんけどねっ!?こ~んなに小さいときから知っている坊ちゃんの健康以上に大事なことはありませんよ!」

「わかった、わかったから。手紙を読むから出てくれないかな?」

「坊ちゃんはディオメシアにご執心ですね。ディアーナ王女はお嫁に来てくれそうですか?」



ばあやの言葉に、一瞬で顔を赤くしたルシアン。

それもそのはず、ディアーナ王女がステラディアに一時保護されていたことは皆知っているが、ルシアンが彼女を好いていることはメリーにしか言っていないのだ。


ディアーナ王女に告白したあの場にいた専属使用人たちが知っているのはしょうがない。

ルシアンを赤子の頃から知る、他のステラディアの臣下や使用人には、絶対にバレないようにと細心の注意を払っていたというのに。



「どうしてディアーナ様のことを!?ぼ、ボクはそんなことは」

「ばあやに隠し事はできませんよ?七年前、ディオメシアからお戻りになってから直感しておりましたとも!坊ちゃまが恋をされているなんて、どれほど嬉しかったか!ばあやに感謝なさいまし。結婚を急かす大臣たちを『もうお決めになった人がいる』と押しとどめているのは大変だったのですからね!」

「ばあや……どうりでボクに見合いが来なかったわけだ。助かっていたけれどね」

「そうですとも!ばあやに頭が上がるものはもうステラディアにはいませんよ。み~んなとっくに墓の下ですからね!!長生きはするもので」

「わかったわかった、わかったから」



年寄りは話が長いという言葉に漏れず、ばあやの話は長くなりそうだった。

何とか宥めて出ていってもらうのに力を使い、部屋に一人になったルシアンはガリガリと頭を掻く。


立ったままディオメシアの内情を書いた手紙を開けば、そこには現在の勢力図とディオメシア国内の情勢が書かれている。

ステラディアだけでなく、各国が密偵をディオメシアに放っていること。

レオンが、なりふり構わず武力行使を行ってディアーナ王女を捕えようとしていること。


そして、ディアーナ王女の姿はわからなかったが、彼女の専属使用人4人がスラム特別保護区で目撃されていること。



「もし本当に戦いになったら、あなたは間違いなく立ち向かうでしょうね。ディアーナ王女」



部屋の中で一人呟いた言葉は、誰にも拾われずに消えた。


男としてのルシアンは、恋した相手に助力したい。

自分に王としての自覚を芽生えさせた憧れ。

胸を焦がすほどに凛としているのに、無邪気な笑顔を見せてくれた王女のために。


王としてのルシアンは、ディオメシアに助力して国益になる判断をすべきだ。

ソルディアの港を開き、ステラディアの産業物を輸出するようになってから国は力を持った。

既に、彼の私欲だけで動くことはできないほどに。


目を閉じて、拳を握り締める。

そして、雑多な机の中から紙を引っ張り出して、文字を綴っていく。


現在の状況がどうあれ、動きを予測して指示を出すのが王の仕事。

それが失敗に終われど、成功に終われど、世界情勢に影響を与えるだろう大国ディオメシアの戦乱に行動を起こさない決断はできなかった。


ちりんちりんと呼び鈴を鳴らす。

即座にやってきたのは、ルシアンよりも若い衛兵だった。

槍を片手に持った青年に、ルシアンは命令した。



「待機している兵たちに、遠征準備をするよう通達してくれ。この書状を使って、金に糸目をつけずに調達していい」

「はっ!」



先ほどまで綴っていた書状を衛兵に託し、胸に手を当ててため息をつく。

これから先、ソルディア・ステラディアが誰の力になるのかをようやく決意したのだった。



「坊ちゃん!!ニンジンのスープですよ。好き嫌いせずに食べてくださいましね」

「……ばあや、ボクはもうニンジン食べられるよ」



腰が曲がった老女が空気を読まず、アツアツの器を持って戻ってきたのを見て、ルシアンはまた頭を掻いた。

彼が坊ちゃんを抜け出すのは、まだまだ先になりそうだ。

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