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254話 ガーネティアの家の裏で

ガーネティアの家は、粗末な土壁でできている。

ところどころ隙間もあるし、均一された色でもなく、壁に入口の穴が開いているので風は入り放題だ。


そんな一般的なスラムの家の裏、小さく窓のように開けられた穴から会話を聞き取ろうとしている影が一人。

耳に手を当てて、目をつむって集中している何者かは、光のない闇の中で蹲っていたのだが……。



「盗み聞きはいけませんよぉ?コマチ」



と男の声と共に、肩をポンと置かれる。

コマチは瞬時にその手をはたき落として、立ち上がり振り向く。

そこには、小さな蝋燭に火をつけたジークがいた。


大げさにはたかれた手をさすっているのを無視し「起きたんですね」と小さくコマチが呟けば、ジークは「俺のこと見えていたんですね。感心感心」と煽りに行く。



「声を落としてください。中に聞こえます」

「ここ、ガーネティアの家ですよね。一瞬見えましたが、二人きりにしていいんですか?偽物と本物を」

「ガーネティア様の申し出です。二人で話したいと」

「でも、心配でこうしてコソ泥のような真似がやめられないと?メリーもアテナもやらないというのに、過保護ここに極まれりですね」

「何か文句でも?」

「文句は積もるほどありますよ。あなたが俺の口車に乗るから、気絶させられたじゃありませんか。せっかく大事な話しだったというのに仲間外れですか~?」



コマチの額に青筋が立つ。

だが、ここで舌戦をしては声が大きくなってライラとガーネティアにバレてしまう。


コマチは一度深呼吸してから、自分を抑え込んだ。



「話の概要はメリーかアテナに聞いてください。自分は忙しいので」

「そんなに心配ですか?あの偽物王女は、ガーネティア位であれば簡単に制圧できるのに」

「それは」

「当ててあげましょうか。信用してないんでしょう?このスラム全体を」



ニヤニヤと歯を見せているジークの顔は、その表情とは裏腹に何かを見透かしていた。


コマチは、一等嫌いな彼のその表情に拳を握り締める。

手を出すまいとする必死の行動にジークは気づかず、無遠慮に言葉を続けた。



「俺は昏倒していたので、さっきすれ違ったメリーに聞きましたが……ディセルの過去話でしょう?引っ掛かるのは」

「内容、知ってるのですか」

「いえ、詳細は知りませんが」

「なのにどうして」

「俺達は用心深くて、小心者で、多くの人と接してきた『ディアーナ王女の専属使用人』ですよ?」

「何を当然のことを」

「では、飼い主に似てあからさまな『いい話』を信頼できないのは当然ではないですか」



コマチは目を見開く。

今ここにいないメリーもアテナも、ライラとも目があったあの時。

猜疑心があったのは間違いなかったのだから。


まさか、昏倒していたはずのジークがそこを突いてくるとは想定外だったのだろう。

忌々し気なコマチの視線を、チシャ猫のようなニヤケ面で返したジークは、家の中を覗き込む。


暗闇の二人とは裏腹に、家の中ではわずかな火の灯りを頼りにライラとガーネティアがおしゃべりに興じていた。

はじめは固かったものの、今はガーネティアの緊張がほどけてきたのか無邪気な声が届いている。



「それで、どうやって裏カジノを配下に収めたんですの!?」

「配下ではないけれど。コマチがロシアンルーレットで直接対決をして」

「まぁ!まるでロマンス小説のようじゃない。幼馴染の二人が、守りたいもののために銃口を向けあうだなんて」

「ロマンスよりも現実しかなかったわよ。結果的にうまくいっただけで、もっといい方法があったはずだもの」

「でも、もう過ぎたことでしょう?」

「だとしても、そのような状況になってしまった時点で普通は詰みよ」

「使用人であれば、王族のために命を懸けることは当然ではなくって?」

「それを当然と思ってしまったら、わたくしはわたくしではなくなってしまうもの」

「難しいことをいうのね。やっぱりあなたは面白いわ」



同じ顔、同じ声、同じ人間にしか見えない二人。

だというのに、話の返答だけでガーネティアとライラの違いは明白だった。


ガーネティアの楽しそうな顔に、ジークの目元はわずかに緩む。


ちらとそれを目に留めていたが、コマチは別段何も言わなかった。



「なんだか、危機感がないですね。このようなら、俺がここにいなくてもいいですか?」

「お好きにどうぞ」

「で、メリーとアテナは?」

「メリーはルシアン王にしばらくスラムにいると手紙を出しに行きました。アテナもヴァルカンティアへ一度帰るとのことで」

「コマチはいいんですか?月光国は」

「自分がいなくても何とかなります。あなたと違って、性格が良くて優秀な者が多い」

「ミクサのことは?」



コマチの返答をわずかに遮るジークの問い。

覆いかぶせてくるような話し方は、コマチの嫌いなもの。


それでも騒ぐわけにいかない。

なので端的に「彼の心配をするだけ無駄です」と答えた。



「そうですかぁ?もしかすると、今も涙でいっぱいになって助けを求めているのかも」

「ミクサに限ってそれはありません」

「今何をしているか、わからないのに余裕ですね」

「自分はミクサの適応力を何より信じていますので」

「適応力?そこは愛の力ではないんですか?」

「泥のような裏カジノも、今の月光国も、彼の適応力があるからあそこまで大きくなりました。愛などという不定形なモノより余程信頼できる」



コマチのそっけない返事に、ジークは一つ頷くと一歩、二歩と後ずさる足音を立てた。

そして、コマチが振り返ったとき、その姿はどこにもなかった。


元々足音もなくどこか得消える癖の多い男。

コマチは何も気にせず護衛に徹した。


楽し気な声に、暗闇で一人耳を澄ませながら。

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