251話 これが、私の出発、私の選択
編み籠の中には、簡単な食事が入っていると聞かされていました。
ですが、地面に落ちたその音はあまりにも鈍い。
がしゃっと、カトラリーでもないような金属の音。
ぐしゃっと、紙のような何かが形を変えた音。
そしてそれらが地面にぶちまけられた時、思わず私は声をあげました。
だって、そこにあったのは価値のあるものばかりだったからです。
資金はもちろん、王族紋の入ったハンカチ、指輪、私が愛用していた本などなど……。
それに加えて、普段大事にしまわれている宝石の付いた装身具も。
色は黄色がかっている不透明な石。そして、すべて見覚えのあるもの。
間違いなく、私の宝石があしらわれた、私の王族としての正当性を示すモノたち。
『これ、これは一体』
『我は約束は守る。一人増えたが、問題はない。これを最後に、どこへなりと消えるがいい』
『逃がして、くれるのか』
『5分だ。それだけ待ってやる……それまでに行け。次まみえたときは、わかっているな』
ディルクレウスがそういって剣をしまった。
そして、私は編み籠をひっつかんで、兄の手を無理やりにでも引いて岩場を駆けた。
剣をしまったのだから攻撃すればよかったと思いますか?
できるわけがないでしょう。
すでに剣がなくとも強い弟。無謀に突っ込めば命は簡単に消える。
見逃された機会は、ありがたく乗るに限ります。
だって、私も、兄上も、まだ生きていたかったのですから。
渓谷を越え、野を越え、山を越え。
あれほどわき目もふらず走ったことはない。
5分以上、優に一時間は走り続けた私と兄は、港を前にして崩れ落ちました。
もう、ディルクレウスは追ってこない。
ようやく息をついた時に出たのは、未来の弱音でした。
『でぃ、ディセル。これから、どうする』
『どう、する……?兄上は、なにか?』
『……ディオメシアを、このまま出る。もう、この国には怖くていられない……ディセルも一緒に行こう。せっかく生き延びたんだ、広い世界を一緒に旅しよう』
未来への夢を語る兄が、輝いていました。
私とは、正反対に。
だって、私は未来を知っているんです。
この先、ディルクレウスは反旗を翻されて、ディオメシアは滅び、最期は味方もおらず、その死すら嘲笑されて終わる。
そしてその反勢力の中に、私も加担している。
無力にも、大きく事柄も変えられなかった私はどうするべきか?
このまま、楽しく兄と旅をしたい思いはありました。
弟が投げてよこしたものは、金目の物ばかり。
王族である証のものは売るのにかなり苦労はするでしょうが、別の国なら取り扱ってもらえるでしょう。
そうすれば、しばらくは遊んで暮らせる。
素敵な出会いを探して、人生の伴侶を得るのもいい。
戦わず、穏やかに、何の義務もなく、すべて忘れて。
王族では得られなかった幸せを、享受したっていい……。
でも、私はそれを選びませんでした。
選べるわけがない。
『兄上、この中の金目のものをすべて使ってください。旅には、きっと必要です。私には、いらないものだ』
『ディセル、お前何を言い出すんだ』
『この国に、残ります。兄上はどうかお元気で』
『そんなの危険だ!見つかったら今度こそディルクレウスに殺される!!』
一周目の未来で私は、スラムに逃げ延びて安全に暮らしていた。
そして、ディルクレウスへの憎悪を燃やして反旗を翻していたが……
今回は違う。
弟は、私との約束を守ってくれた。
そのまま放り出してもいいのに、こんなに貴重なものをすべて詰め込んで。
私だけではなく、生きたがっていた兄上も見逃してくれた。
死にたがっていた兄上達を……苦しまぬよう殺した。
どうしても、私には一周目の悪王と二週目の弟が同じに見えない。
二周目のディルクレウスは、私たち兄を、姉を、何かから守ったのではないかとすら思う。
自分は王家の祝福に、王族の責任に、血に、武力に、自らの運命に雁字搦めのままだというのに。
『兄上、私は生き延びたんです。そして、ディルクレウスを討った』
『なんのことだディセル』
『ここではない未来の話です。……皮肉ですね、あんなに道を変えたいと願っていたのに、今はその道に沿った方が願いを叶えられそうだ』
兄上に、すべてを打ち明けた。
ディオメシアの行く末、ディルクレウスの末路、私が一周目で何をしたのか。
……私の、今の望みすらも。
到底信じられるわけがない。
そう思っていたのに、兄はあっさり『なら心配はないな』と受け入れてしまった。
『信じるのですか、こんな話を』
『そうだ。お前は嘘を言ったことがないし、きょうだいの中でもとても賢い。そのお前がやりたいって言うんだから、止める理由はないだろう』
『王族を潰すなんて、先祖代々の方々に反逆する行為だというのに』
『この国にもう帰らないこの身が、どう役に立つかは知らない。が、手紙で頼んでくれればなんでも協力しよう。弟のためならな』
これで共犯だなと、兄上は笑った。
そして、兄上は編み籠の中身を半分に分けてくれたが、私は宝石の付いたもの以外突き返した。
着の身着のまま、私は歩き続けました。
目的地は、ずっと前から決まっている。
王族を潰すため、ディルクレウスを解き放つため。
もっとも考えられる中で、有力な場所を。
そして私はたどり着いたんです。
一周目の私と同じ目的地、ここ、ディオメシア国内スラム特別保護区へ。




