236話 緊急事態発生。自分の頭脳の限り逃げた先で
森の中を、進んでいく。
避難路には含んでいませんでしたが、致し方ないというもの。
木々が立ち並び、木の根があちこち盛り上がる悪路を、自分の後ろにいる数百人の避難民に歩かせるのは申し訳ない。
ですが、仕方ない。
想定通りの事態でしたが、ここまで執拗に追いかけてくるのは想定外でしたから。
「コマチ幹部、護衛の武装構成員が数人撃たれました」
「安否は」
「生きてます。ですが足を撃たれた者が一人」
「無事な者で担いでいって下さい。他国の連合軍兵は?」
「まだ十数名がついてきています。ですが銃を所持しているのは2人のみ」
「迅速に全員戦闘不能にしてください。もうすぐ海に出ますから、遮蔽物の多い今のうちに」
「承知!」
黒い服を着た構成員は、すぐに後ろへ走って行った。
月光国の構成員は、ミクサが育てた精鋭ぞろい。
指揮系統もしっかりしているので、助かります。
伝令役の彼には、この状況になってから何度も走らせている。
疲れているでしょうが、そうしないと全体の生存率は落ちてしまう。
ただでさえ、自分の後を必死でついてきている戦えない避難民たちは疲れてきているのだから。
「コマチのおねえちゃん、まだトモエさんのとこつかない?」
「こわいかおの人たちが出てきたの、こわいよぅ」
「つかれた!足痛い~」
「コマチ幹部さん、あとどのくらいですか…?少しだけ休みたくて」
状況判断をミスしてはいけない。
全員を無事に避難させることと、全員が避難できる体調を維持することは同じだ。
このまま無理をして、怪我人が増えたら逃げることが難しくなってしまう。
ですが、今は止まっていられない。
避難民全員に、現在の状況を共有しなくては。
「では、みなさん後ろを走る方にそれぞれ間違えず伝えてください。『他国兵から逃げるため、船を使って逃げる。海が見えるまでは耐えてくれ』と」
「でも、事前に聞いていた道じゃないのに」
「運悪く、自分たちの脱出ルート上に他国連合軍の拠点がありました。陸路では追いつかれます。あと15分ほど走っていただければ貿易港ですので、適当に船を買収します」
「わかった!!みんなー!」
「申し訳ございませんが、小さな声でお伝えください。大声で敵に作戦がバレるといけませんので」
自分がたしなめれば、大声を出そうとしていた子供はバッと口を押えて頷いた。
そして、自分の指示を聞いた先頭の者が振り向き、小さな声で内容を伝える。
その後ろのものは、またその後ろに指示を伝え……連携の取れた静かな指令が、避難民に広がっていく。
皆さん素直で助かります。
このまま全員に意図が伝わればいいのですが。
このまま森を抜け、船に全員を乗せて遠回りにトモエの領地まで行ければいい。
それが難しくても、海上であれば手出しはできないだろう。
ディオメシアの侵略に、海軍はまだ使われていないのだから。
考えながらも足を止めずに道を切り開いていたそのとき。
ガサガサガサッ!!
明らかにある程度の大きさがあるものが、目の前の茂みを揺らした。
そして堂々と現れたのは……
赤銅色の髪、体のラインに沿った黒い特別製の戦闘服。
両手にナイフを持った、頼もしい彼女だった。
「おいコマチ!何が起こってやがる」
「アテナ!?あなたどうしてここに」
「お前がまだトモエのとこ来てないってシズがいうから探した。最悪の緊急ルート進んでるってことは、行くのは海か?」
メリーとアテナにはそれぞれ、様々な状況を加味した避難ルートをすべて覚えてもらった。
もしディオメシアの住人が大勢で攻撃してきたら?
もし避難民が一斉に体調を崩してしまったら?
もし想定していたルートがつかえなかったら?
そして、もし殺人を厭わない勢力に追いかけられて、直接トモエの領地に行けないときは?
良かったです。
アテナが様々な回避ルートからここに来ることを選んでくれて。
「はい。他国連合軍の臨時拠点と当たってしまって」
「運なかったな。ひとまず、あたしが加勢してくるからそのまま走れ」
「自分の目の前から来たということは、先に海のほうを見てきましたか?」
「おう、なんかバカでかいオールシー船団の船が一隻見えた。エラが乗ってるかは知らねえけど」
「上出来です。買収して全員乗せてもらいましょう」
「じゃ、行ってくる」
「くれぐれも」
「殺すな、だろ。しねえよ」
アテナはそのまま目にもとまらぬ速さで後ろへ向かう。
月光国の構成員は戦いに慣れたものばかりですが、多くの避難民に攻撃が向かないように動くのは難しい。
その点、アテナならなんとかしてくれるでしょう。
とんでもなく行動早いですし。
銃弾すら避けられますからね、その気になれば。
そのまま、走り続けた。
アテナが来てくれたから、月光国の構成員たちもそれぞれ避難民を助けながら進むことができ、一気に風向きが変わってきた。
そして、ついにたどり着きました。
人の往来が多く、潮の匂いがする貿易港に。
「動ける構成員は避難民の状態確認!すぐ船を確保します、それまで休ませてください」
「はい!!!」
「アテナ、敵はどうなりましたか」
「ついてきてた分は気絶させた。だけど、場所を知らせる狼煙あげてやがったから追手は来るかもな」
「わかりました。オールシー船団の船は…」
「あっちだな。一緒に行くぞ」
「ありがとうございます、アテナ」
自分は休んでる暇などない。
曲がりなりにも月光国の幹部として皆を守る責任がある。
オールシー船団はタイタニ―と合併、今はオールシー船団としてすべて稼働していたはず。
うまくいけばエラの口利きで好きな場所まで連れて行ってくれるはずです。
アテナの視力で探し出してくれたオールシー船団の船は、なぜか人目につかない桟橋に停泊していました。
大きな船のそばにはいくつもの木箱。
隠れるようにするその船に少々疑問はありましたが、積み荷を載せている乗組員らしき男たちがいたので、そちらに駆け寄った。
「すみません。自分は月光国の者ですが、オールシー船団の船で間違いありませんか」
「悪いが、今は取り込み中だ。商売なら後にしてくれ」
「金は払います。ですので、今すぐあそこにいる人間を全員載せていただけませんか」
「あそこ?……おい、すげえ数だな。無理だ、他当たってくれ」
「そんなこと言うなよ。あたしら、オールシー船団のエラ、じゃなくてライラと知り合いなんだ。礼は弾むからさ」
「この船はライラさんの管轄じゃねぇんだよ。今貸し切りなんだ、部外者乗せられるかよ」
「貸し切り?でしたら貸し切っているトップの方にお願いしたいので、会わせていただけませんか」
「何度も言わせるな!!俺たちは急いで」
「何の騒ぎかしら?」
船首のほうから、女性の声がした。
その瞬間、弾かれたように自分もアテナも上を向く。
間違えようがない声だからだ。
探し続けて、見つけて、また見失ったかのお方。
赤銅の髪が太陽の光に照らされて、神々しく現れるそのお姿。
「ディアーナ様…!!」




